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異種族の王達は杯を交わす

作者: ぼーし

 高い高い、雲よりも高い山があった。人では到達できないその山の名は、龍獄山。人からは天災だと恐れられる、伝説の種族、龍たちの住まう山。その山を治める龍たちの長は、龍神と呼ばれていた。


 龍獄山、その最も高き頂こそが、龍神の住まう場所。酸素も薄く、人が生活などとてもできないその場所に、一人の青年が居た。青年は大きく立派な和風の座敷の縁に座り込んでいる。彼は、人ではない。件の龍神である。


 足首に届かんばかりの真っ白な美しく長い髪、目は水のように澄み切った青。ここまでは美しい青年に見えなくも無い彼だが、人には絶対に無い部位がある。それは、左右の目の上辺り、その額から円を描くように後頭部の方に流れる金の美しい角。二対の角は、白の髪の上を通って首元辺りまである。遠目から見たら、髪飾りか何かに見えるかもしれない。


 ともかく、彼が人では無く龍であることは一目瞭然。彼が身に纏っているものは、白と青の袴のような、浴衣のような物。彼に時の流れは通用しない。生れ落ち、数千年経ち龍神となった彼は、その後『数』として数えるのが不可能な程長い年月を生きている。見かけによらず彼が身に纏っているものは丈夫で長持ちがいいのだ。なにせ、彼は生涯をこの着物と共にしているのだから。


 彼はほぅ、と儚げに息を吐き出し、ゆるりと地面に足を付ける。優しげな瞳である一点、木々の隙間を見つめる彼は、柔らかな笑みを浮かべ口を開いた。


「そこに居るのは誰かの? 今、私は暇である。心配せずに出てくるが良い」


 龍神の言葉に、恐る恐る姿を見せたのは、人で言う五、六歳の少年少女。だが、良く良く見れば髪の隙間からひょっこり見える角に気付く事だろう。少年は一つのスイカ程度の大きさの球を持っていた。


「あの、龍神様……あ、遊んでくださぃ……」


 体を震わせながら、上目遣いでそう言った少年を、龍神は優しく見つめ、


「良いであろう。しかし、私はこう見えて強いぞ?」


 悪戯っぽく笑うのだった。





 これが龍神の日常。時に若き龍たちに戦いの術を教え、時に古き龍たちと酒を酌み交わし、時に幼き龍たちと遊戯の応じる。

 龍神は静かに微笑み、我が子同然である彼らを見守るのだ。

 しかし、どうやら今日は違うようだった。



 幼龍との球遊びに応じていると、一頭の若き龍が真剣な表情で風を切り裂き龍神の下へと急いでいた。直ぐに気づいた龍神は、幼龍との球遊びを一時中断し、若き龍が何の用で来たのか視線で問う。若き龍は龍神の足元に跪き、


「龍神様! 大変でございます!」

「何用だ?」

「はっ! どうやら、人がこの山に入り込んだようです」

「なんと……人とは。それはまた、随分と久しい事だ」

「それで、いかが致しましょう」

「ふむ……」


 龍神は顎に手をあて暫し悩んだ後、朗らかに微笑み、


「私から会って来よう。お(ぬし)にはこの子たちの面倒を頼みたい」

「なっ! ……いえ、失礼しました。なにかあれば、及びください」


 龍神の言葉に、一瞬だけ驚きの表情を浮かべた若き龍だが、すぐさま表情を変え頭を下げる。龍神とは龍たちにとって父であり、王であり、神であるのだ。例え納得がいかなくても、龍神の言葉に逆らう龍はこの山には居ない。龍神が黒を白といえば、その瞬間から、龍たちにとって黒は白になる。まさに絶対の象徴。それが龍神であった。


 では行って来る。そう微笑みつつ言った龍神は、背から大きな翼を広げた。その翼は、この山に居るどの龍とも違う龍神だけの翼。鳥のような翼では無く、天使のような翼でもなく、蝙蝠や蟲、悪魔のような翼でも無い。龍神の翼を一言で表すならば、まさしく『雲』だろう。空を悠々と浮かび流れる雲のように、決まった形を持たず常に変化し続ける翼。


 その翼をゆるりとはためかせ、龍神は地面から足を離した。空中で回転し、未だに頭を垂れる若き龍と笑顔でぶんぶん元気に手を振る幼龍たちを見て、龍神は柔らかな笑みを浮かべる。


「では、行って来る」


 羽ばたき、空気を裂きながら龍神は静かに龍獄山に入り込んだ人間の下へと飛んだ。




 


 この龍獄山に人が迷い込むなど、凡そ数千年ぶりの出来事。龍神は一体どんな人間が入り込んだのか、少しばかり胸を高鳴らせながら、同時に『もしや……?』と一つの予想を付け、その予想が当たっているのを願いながら、人間の元へと飛んだ。


 数分の飛行の末、龍神の目に件の人間の姿が見えてきた。一人ではない、合計四人の人間が、この龍獄山を登っていた。四人のうち三人が女であり、紺色のローブを着たちびっ子、甲冑に身を纏った勝気そうな子、最後に修道女の服を着た背の高い子。その三人を引き連れ歩くのは、真っ赤なマントをはためかせ、金と銀に輝く甲冑を着た美男子。


 そんな一行を見た龍神は、自信の予想が当たっている事を直感で理解した。

 龍神は笑みを深くしながら、少年の前に現れる。少年は飛んできた龍神に気付かなかったのか、驚きの表情で言葉を投げ掛ける。


「な、なんだお前は!?」

「私はこの龍獄山の(あるじ)、龍神だ。お(ぬし)たちは何用でここに参った?」

「りゅ、龍神……! 流石は勇者様! あの伝説の龍神が勇者様の前に自ら現れるなんて!」


 修道服の、僧侶の少女が手放しに勇者を褒める。勇者には様を付け、龍神には様を付けない所を見ると、彼女の中では龍神より勇者のほうが位が高いらしい。そしてそれは他の二人の少女も……いや、勇者と呼ばれた少年ですら同様の様だった。


 数十年しか生きていないであろう少年等に馬鹿にされたとも取れる言動だが、龍神が特に怒りを覚える事無く笑みを浮かべたまま、己の質問に答えが返ってくるのを待っていた。


「俺は勇者だ! お前も知っているだろうが、あの魔王が復活した! 世界を救うために俺の仲間となれ龍神よ!」


 壮大な態度ではっきりと、大声で叫んだ勇者。瞬間、龍獄山から視認できるのではないだろうかと言うほどの殺気が立ち上る。どうやら勇者の言葉はしっかりと全ての龍の耳に届いたようだった。だが、勇者は気付かない。龍神が断るなど微塵も考えていない勇者は、これほどはっきりとした殺気が辺りを埋め尽くしているのに、全く気付いた様子は無い。それは他の勇者一行も同じだった。


 龍神はテレパシーを使い龍たちの怒りを静めながら、目の前に勇者に対し少しばかり呆れた。ともかく、この自分が最強と信じて疑わない勇者に現実と言うものを見せ付けるのもまた一興だろうが、ここは自信の感情を押し殺し、役を演じる事に徹する。


「すまぬ、私には守るべき子たちが居る。お主の誘いには乗れん」

「なっ!? 勇者様の誘いを断るだと!? 貴様、殺されたいか!」

「待て、むやみやたらに力を振るうものではない。俺たちは強い、弱者は守るべきものであって敵ではないからな」


 ピシリ、と確かに空間に亀裂が入った。

 それは龍獄山に存在する龍たちの気持ちが一つになり、ただでさえ圧倒的な力が数千倍にまで跳ね上がったことを示す。彼らの気持ちはただ一つ、この無礼者どもに地獄の苦しみ及び死を!


 龍神は苦笑しつつそれすら止めた。しかし、早いところこの無知な人間達を遠くに追い払わなければ、と思案する。既に龍神の取るべき行動は決まっていた。何故なら、今までも、何度も何度も繰り返ししてきたのだから。


「勇者よ、お主に我が子の中で最強の力を持つ者を使わそう。それで手を打ってくれぬか?」

「仕方が無いな。それで良いだろう」

「うむ、暫し待て」


 龍神は飛ぶ。勇者一行に背を向け、とある龍の元へと。

 龍神の行く先に、一頭の碧く美しい龍が居た。龍神を除いた龍の中で、最年長の龍、白龍だ。白龍は自信の元に飛んでくる龍神の姿を見ると、慌てて自ら龍神の下へと飛んだ。


「龍神様、私に何か御用でしょうか?」

「うむ、お主に頼み事がある」

「はい、分かっております。聞いておりましたから」

「そうか、では……」

「龍神様の頼み、断るなどという選択肢はございません。これより私は、勇者が死に至るまでの百年間、勇者に偽りの忠誠を捧げます」

「うむ、頼む」

「はっ!」


 白龍は龍の姿から人の姿へと姿を変える。真っ白な着物を着た、碧き髪の美女。それが人状態の白龍だ。白龍は両翼を操り、勇者の下へと飛んでいった。その後姿を見守りながら、龍神はぽつり、と虚空に囁く。


「やはり勇者であったか……しかし、もうそんな時期か。こうしては居れぬ、早急に宴の準備をせねば」


 龍神は飛んだ。最初の行き先は秘の森、ハイエルフの王の下。遠く離れた秘の森だが、龍神は恐るべき速さで風を切る。人にとって龍獄山から秘の森に行くにはそれこそ一年以上の年月をかけねばたどり着けない場所だとしても、龍神にとって秘の森はまだまだ近所の範囲に入る。


 瞬く間に秘の森上空に辿り着いた龍神は、一本の大きな、山のように巨大な木の上に降り立つ。既にそこには翠の髪をなびかせた耳の尖った美男子……ハイエルフの王が待っていた。


「どうした突然。なにか今日はイベントでもあったか?」

「ああ妖精王よ、特大のイベントよ。勇者が私の前に現れた。この意味が分かるな?」

「おお、そいつはこの数千年待ちに待ったイベントじゃねーか」

「うむ、そろそろ奴が目覚めるであろう。宴を開く、場所は我が龍獄山だ」

「おっしゃ、森中のエルフ、ハイエルフと一緒に直ぐ行くぜ!」

「うむ、よろしく頼む」


 妖精王は素早く魔術を使い森中のエルフ、ハイエルフへと知らせを伝える。今にエルフ、ハイエルフたちは宴の会場、龍獄山目指して飛んでいくだろう。


 龍神もその様子を眼にし、再び飛んだ。帰るのではない、次に行くのは地底帝国、ドワーフの長の下。

 音を置き去りにして龍神は飛び、地底深くに存在するドワーフたちの国にたどり着く。ドワーフの長の工房は見つけやすい。何故なら、最も巨大で立派な工房こそドワーフの長の工房だからだ。龍神は金槌を振るうドワーフの長の下へと降り立った。


「んん? おめぇは龍神じゃねーか。儂になにかようか?」

「ドワーフの長よ、宴が始まる。奴の復活だ」

「ほほぅ! それはそれは、待って居ったぞ! 直ぐに全てのドワーフを引き攣れ流獄山へ行こう」

「うむ、よろしく頼む」


 ドワーフの長の返事を聞き、龍神は足早にその場を去る。何故なら今日は人間を除く全種族の長に知らせなければならないからだ。獣人、人魚、天人、ホビット、ありとあらゆる異種族の長に知らせを伝えた龍神は、漸く龍獄山へと帰って来た。

 既に龍たちは知らせを受け、宴の準備を進めている。龍神もまた、早速宴の準備に取り掛かる。


 龍神が向かうのは龍獄山の天辺の、さらに上。龍獄山の真上に辿り着いた龍神。今からこの龍獄山に多くの種族が集まる。巨大な龍獄山だが、流石に一杯一杯になるだろう。龍神はその事を予想して、あらたに宴会場を造ろうとしていた。


「ふむ、ここらでよいか」


 大きく、肺一杯に息を吸い込む。肺に溜め込んだ空気に魔力を混ぜ、ブレスの容量で口から放出した。ブレスとは本来全てを薙ぎ払い破壊しつくす死の息吹。しかし龍神にのみ、ブレスの特性を変化させる事ができる。


 口から出たのは雲。本来なら目標全てを蹂躙する雲の息吹だが、特性が変化した雲のブレスは、ゆっくりとその場に停滞する。凡そ直径三キロはあるであろう巨大な雲の宴会場が完成した。


 それを満足気に見た龍神は、やって来たエルフ、ハイエルフやドワーフに人魚などと共に宴の準備を進める。





 宴の準備がおえた頃、それは現れた。足首まである金の髪が風に煽られ、夜空の星の如く煌く。左右の目の上の額から大きく飛び出した銀の角はぐるぐると渦巻き、紅の双眸が夜の暗闇の中で怪しく輝く。紫と黒のローブに身を包んだ青年は、勇者が空くと決め付けていた、魔人の王、魔王である。


 魔王はゆるりと、作り上げた雲の宴会場の中でも、最大の、そして天辺にある場所に降り立った。その雲の宴会場に居るのは、それぞれ異種族の王や女王、長たち。彼らは主役の登場に大きな歓声を上げる。歓声の中、龍神はまるで長らくあっていなかった古き友人と再会したかのように、暫し目を合わせ、お互いに抱き合う。


「待っていたぞ、友よ」

「待たせたな、友よ」


 静かに言葉を交わす。それこそが真実。龍神は、魔王の友であった。どころか、他の異種族たちも、人間を除き一切魔王を悪などと考えた事は無い。それは何故か。


 人は魔王を敵とみなし、殺そうとする。それが全種族の悲願だと勘違いをして。

 だが、それは違う。魔王は悪などではない。魔王は生贄なのだ。魔王は勇者の手によって死ななければ、世界が崩壊する。だからこそ、魔王は何度も何度も勇者に討たれる。人間側に『魔王は悪』などと言う根も葉もない噂を流し、魔王を勇者に殺させるのだ。


 これは人だけが知らない、世界の秘密。噂を信じきった人間は、自らが世界を救える至高の種族と勘違いをし、世界を我が物顔で闊歩する。それはある意味正しい。魔王は死しても何度でも蘇るが、勇者は違う。勇者は死んだ後、数千年後人間の中から現れるのだ。だからこそ、異種族は人間がどんなに見下そうとも、決して手を出さない。


 異種族は秘密を知っているからこそ、そんな人間を哀れみの目で見つめる。

 だが、龍神やそのほかの異種族の王達は魔王の非常な運命を初めは受け入れる事ができなかった。運命を覆そうと、消し飛ばそうと何億、何兆にも及ぶ長い年月をかけ努力に努力を重ね、その結果――――その苦労は全て無駄だった事を悟る。


 無駄だった事を悟り、魔王は死なねばならないことを理解した龍神たちは、幾たびもわざと討たれ、そしてまた復活する哀れな友を、復活してから討たれるまでの僅かな時間だけでも精一杯持て成すのだ。


 異種族たちによる、秘密の宴が幕をあげる。


「今回は何時まで楽しい時間が続くかな?」

「此度の勇者はアホそのもの。暫しは宴を続けられるであろう」


 酒が杯に注がれる。龍神が丹精込めて作り上げた、取っておきの世界一の美酒が。

 異種族の王たちは、世界を自らの命をもって救う本物の勇者へと、杯を捧げるのだ。

読んで下さりありがとうございました。

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[気になる点] 「ほほぅ! それはそれは、待って居ったぞ! 直ぐに全てのドワーフを引き攣れ流獄山へ行こう」 龍獄山が、流獄山になってましたよ。 [一言] 人間が世界のシステムに組み込まれた道具み…
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