超人と依頼人と私、空へ。
その後私達の間に会話はなく、ほぼ無言の状態が続いた。それぞれが模型の意味などについて考えているのだろうが――どうも居心地が悪い。小森先輩や岩戸先輩――全く勉強しない癖に秀才の二人の先輩――が考えて分からない事は私にも分からないのだから、なんとなく考える気が起こらないのだ。こんなだからいつまで経っても最下位なのだろう。
「じゃあ、私達はここで」
終始無言を貫き通していた岩戸先輩は、駅前に到着してようやく声を発した。どうやら何か用があるそうで、小森先輩と二人で駅を素通りし、多くの人々で溢れかえる街中へ消えていった。
「……どうします?」
さっき岩戸先輩に呆れられたのがショックだったのか、少し怯えた様子で私に尋ねてくる。近くのファストフード店に引っ張りこみ、いくつか商品を注文し受け取った後、テーブルにつく。未だ萎縮する伊藤くんにとりあえず、私が同学年である事を今更ながら伝えると、多少うろたえてたものの、私の頼みに応えてすぐに丁寧語を無くしてくれた。
「いやあ、こう言っちゃ悪いけど、知らなかった」
ポテトを頬張りつつ頭を掻く伊藤くんに、私と黒野くんは苦笑する。
「いえいえ。私も伊藤くんの事知らなかったし」
「まあ、長谷川は大人しい方だからな。クラスも違えば部活も違う、知らなくてもおかしくはないだろう。
ところで、僕のロズウェル事件についての研究が最近落ち着いて来たんだけど――」
ロズウェル事件は――確か、どっかで宇宙船が落ちたとかいう事件だっけ。大戦後だった気がするけど……まあ関係無いしいいか。
UFO話で盛り上がる男二人をほぼ無視し、窓の外に目を遣る。暗い街が、人工的な光で照らされている。亀吉の金色の光には到底及ばないなあ。ああ、もうすぐ七時かな。
例の模型。
私の思考は、それでもそちらに流れる。
誰が、何の為に。
警察に通報が行ってもおかしくなさそうな惨状なのに、未だニュース沙汰にも成っていない点も納得できない。
そうだ、あの死体はいつまで残っているのだろう。目撃者が去った後に犯人が持ち去ったとすれば? 通報を受けて警察がその場所に向かったとしても、既に模型は無い。
そしてそれが何回か続けば?
『動物の血塗れの死体が落ちている、何か小さいUFOみたいな物も一緒だ』。
毎回寄せられる奇妙な通報に、警察はいつしか、その重い腰を挙げるのを躊躇う様になるのでは?
しかし、と傍らで議論に熱中する二人を見遣りながら思う。
何の為。これが最大の謎だ。あの模型は、もちろん作るのは難しいだろうが、時間を掛ければおそらく誰にでも可能だ。だから少なくとも、それだけで犯人を絞り込む事は難しい。模型を放置することも、時間と場所を選ばないならば誰にも発見されずにできるだろう。
しかし。
私の想像が正しいとしても、そんな事をする道理は――必要性は、ない。
警察が犬猫の死体についての通報に耳を貸さなくなったからといって、一体何の利点が?
ん?
いや、でも、もしかすると――
「――川、長谷川」
いつの間に思考に集中してしまっていたのか、私は肩を叩かれて我に返った。黒野くんだ。
「何、どうし……」
黒野くんの表情が堅い。
「まずいぞ」
黒野くんが顎で示した先には――、血走った目をしてこちらを睨みつける、伊藤くんの姿があった。今にも襲い掛かって来そうだが――、時々痙攣を起こしたようになるだけで、席を離れない。周囲の客も、まだ異常には気付いていないようだ。
「長谷川」
「了解」
彼の、伊藤くんの手を素早く掴む。抵抗はされない。ただ、さっきよりも――痙攣の間隔は減り、激しさは増している。
(おかしいおかしい。動かない。動かない。ああ、動、い。う、あ……痛、い。頭頭頭頭頭頭頭がががががががが。あああ。あああああああ。あああああああああああああああああ。ああああああああああああ―――)
思考が、途切れた。痙攣も、不自然に治まる。
「黒野くっ」
咄嗟に手を放して叫ぶ。伊藤くんは既に思い切り席を立ち、椅子を蹴飛ばし、私の両目を狙う右手が襲い掛かる――、も。
黒野くんに、あっさりと阻まれる。
周囲の客は伊藤くんの尋常でない目つき、それに蹴り飛ばされた椅子に悲鳴を挙げ、逃げ出し始める。
黒野くんは見下すような目つきで伊藤くんを見、彼の右手首を掴み続ける。唸り声と共に続けて襲い来る左手首をいとも容易く掴み取り、固定する。
「長谷川」
「思考が突然途切れてた――多分、干渉されてる」
やはりそうか、と頷きつつ、伊藤くんの両手首を締めつける。しかし彼の口から悲鳴は漏れない。掴まれている手を振りほどこうと、その身を捩っているだけだ。
「……悪いね」
諦めたような顔つきと共に、黒野くんの手刀が暴れる伊藤くんの首筋に叩きつけられる。うわっ痛そう。
が。
「あれー、おっかしいなあ」
気絶しない。不思議そうにする黒野くん。
彼の手刀を食らって気絶しない、と、は?
いや、もしかすると気絶してるのか?
「黒野くん、多分これ、精神って言うか、身体全体を操られてるのかもしれない」
つまり、人形や傀儡のように。私の説明に納得した様子の黒野くん。役に立てたよわーい。
「成程。うーんまずいな、絶対警察呼ばれてるし、あっちの方でガン見してる人いるし――ってか店員か」
店員だった。呼ばれても伊藤くん、というより黒野くんの迫力に恐怖を覚え、足が竦んでいるらしい。気の毒に。
「さて、僕でも長谷川でもこいつを治せないとすると――」
ちらり、と窓を見る。
「――とりあえず逃げる、ね」
「ご名答」
直後、右手に暴れる伊藤くんの両手首を持ち、左の小脇に私を抱えた黒野くんは、店員とその他やじ馬の悲鳴を背に受けつつ、窓を突き破って外に飛び出した。
少しも衝撃を感じさせず、すたり、とアスファルトの地面に着地する黒野くん。
「あちゃー、これはまずくない? 黒野くん。目立ちすぎ」
「……まあ、岩戸先輩が後でなんとかしてくれるさ」
飽きもせずに暴れ続ける伊藤くんを意に介さず、気楽に言い放つ黒野くんに、まあそうだよなあ、と納得する。彼女が味方についていれば、何も恐い事はない。
周囲には割れたガラスと私達を見比べ、悲鳴を上げる者、携帯電話を取り出して写真を撮る者、色々な人が集まって来ている。
「――じゃあ、とりあえず学校にでも戻るか」
黒野くんは私と伊藤くんを持ったままの姿勢で、膝を屈め――
『跳』んだ。
学校まで――っていうか跳躍もキロメートル単位になったが、もう飛翔って言っていいよね? うん、そう、多分彼と私達は、空を『飛』んだ。学校まで、脚力だけで、2キロメートル近く。
『飛』び立つ直前に、歪んだアスファルトと、『飛』び上がる私達に驚愕する人々が見えたような気がするけれど――まあ、岩戸先輩がなんとかしてくれるだろう。
岩戸先輩に頼りきりの、私達だった。
なんか起こった。
前までの話、誤字ばっかりで直してたら全部 (改) に……
もっと推敲しないとなあ。