オブジェ
しかしまさかこの狭い学校に、私達の他にも学校非公認の集団があったとはね。
彼の名前は、伊藤くんというらしい。黒野くんとは知り合いだったらしく、伊藤くんの緊張は早めに解けたようだ。高一。同学年だけど下の名前とか知らないです。
相談を持ってきた彼に気付かずゲームを続ける二人をゲームから引き離し、彼の相談を聞こうとした所でチャイムが鳴り、早く家に帰りたい焼津先生がここからさっさと出ないとカギかけて閉じ込めるぞと脅したので仕方なく全員で外に出て、「だったら帰り道に聴こうじゃないか」という賢明な判断をした岩戸先輩のお陰で、今皆で一緒に帰っている。
彼は、自らの所属する学校非公認サークル・その2、『怪奇現象研究会』の代表に選ばれ、我らが学校非公認サークル・その1、『亀吉の会』に遠征してきたと言うのだ。
これまでは全く『亀吉の会』の話など話題にも上らなかったそうなのだけど――三十分程前にいきなり、どうやら『亀吉の会』とかいうサークルがあるらしいから、ちょっと相談してみようか、という話が出たそうな。反対者もゼロ。チャージ二段階目の亀吉の力ってすごい。
「まあ、怪奇現象っていう括りですが……まあ都市伝説とか、妖怪とか、幽霊とか、まあ色々……」
『亀吉の会』の面々の質問攻めに、少々戸惑いつつも全てに真面目に答えている。伊藤くん偉い。
「そろそろ本題に入ろうか」
いつの間にか、というか最初から脇道に逸れまくり、UMAとかUFOとかの話を延々と続ける小森先輩達に業を煮やしたのか、岩戸先輩が切り出す。
「あ、はい、えっと」
こちらもいつの間にか夢中で小森先輩と議論をしていた伊藤くんは、我に返った様子で慌てる。小森先輩は特に未練もなく切り上げたようだったが、黒野くんは少々不満気だった。怪奇現象とか好きだもんなぁ。
「最近ですね、近所の犬や猫がですね、」
猫という単語を聞いた途端、あからさまに興味を持ち始める岩戸先輩。猫とか好きだもんなぁ。
「殺されてるんですよ」
ある程度予期されていた言葉だったのか、『亀吉の会』の面々は殆ど無反応。岩戸先輩も、特に表情を変える事なく視線を前に戻し、
「……前、朝、道端で見たよね」
「先月の二十五日。三毛猫だったな――」
岩戸先輩の呟くような言葉に頷く小森先輩。一瞬、何か言葉を続けようとしていたが、思い直したのか、口を噤む。
「……僕も見た事あるな。帰り道に駐車場で、犬だったけど――やっぱりあれか」
黒野くんも、自分のつま先を見ながら補足する。
「始まったのは先月の上旬らしいから……多分、それだな」
伊藤くんは頷く。
私も、多分見た事がある。やはり、学校の近くの道で。とすると全て――
「――この学校の傍で起きてるね」
「はい。今まで発見された死体は全て、この高校の近辺に集中しています」
同学年なのに敬語を使われる。しかしそもそも、私が自分と同学年だと分かっているのかどうか怪しい。
「とすると、君らは学校周辺以外の地区も調べたのか」
岩戸先輩の突っ込みが入る。
「ええと、そうですね。最初に報告があったのが先月の上旬。それから何回か目撃情報が入って、本腰を挙げて調査を始めたのが先月の中旬。なので先月の中旬から、手分けして――といってもサークルメンバーは八人くらいですが――結構遠く、二、三キロ先まで探して、その場所を地図に書き込んだんですが。
結果、全ての死体は僕らの学校から半径一キロメートルの範囲に集中しているという結果が出ました。数で言うと、ええと、十二体ぐらいだったと思います」
多いな。
「え、それずっとやってたのか?」
黒野くんの驚きの声が入る。
「まあ、活動日はずっと。他に何にもやる事ないし」
にしても、一ヶ月ちょっとの間調査を続けるのは凄い。『亀吉の会』にそんな忍耐力のある奴は居ない。
「噂をすれば」
岩戸先輩が、右方を指差す。
全員、足を止める。
噂をすれば、に続く言葉は多分、『例の死体があるぞ』、だ。
見るべきかどうか一瞬迷ったものの、私達はおそらく、これからその『犯人探し』を依頼される事になるだろうからして、見ない訳にはいかない。発言回数が断トツ最下位、活躍率断トツ最下位の私にも、『亀吉の会』メンバーとしての誇りぐらいある。前見た時は目を逸らしてしまったが、今度は――
――意を決して右を向く。
小さな公園。ベンチと小さな遊具、それに申し訳程度に砂場があるだけ。その空間の要素全てが、寂れた雰囲気を醸し出している。一体誰が使うのか分からない程に寂しい公園。そしてその砂場の中央には。
私達は公園に入り、『それ』に近づく。
真っ赤な猫の死体。
元々の毛並みは灰色と白であったという事が辛うじて分かるだけ、という程に、赤く染まっている。
そして、欠損している。
体の柔らかい部分は、既に無く――そこまで思考した所で耐え切れない吐き気に襲われ、私は視線を死体の上に外す。
猫の死体の傍にある台から針金が伸びていて。その先には。
空飛ぶ円盤の安っぽい模型が、付けられていた。
円盤の下からは黄色いセロハン紙を円筒状に丸めたような物が、死体に向かって伸びている。
遠くから見れば、あるいは――猫の死体を、円盤の下方から出る黄色い光で取り込もうとしているように、見えるかもしれない。
上に円盤。下に死体。
猫の死体と円盤の模型で作った、オブジェ。
全くもって。
常軌を逸している。
岩戸先輩は平気そうな顔をしているが、今もし彼女の手を取ったら――動物好きの彼女の事だ。どうなっているか想像するのも容易だ。
黒野くんと伊藤くんは、心配そうな顔でこちらを見て……え?
「長谷川。向こう行ってな」
言葉は厳しいが。それでも柄に無く優しさを帯びた小森先輩の言葉を耳にし、私は初めて――
――自分が、泣いている事に気付いた。
「ご、ごめんなさい、僕が相談したせ――」
岩戸先輩が黙って首を振るのを見て、伊藤くんは言葉を止める。
「私、い、ます」
なんとか搾り出した声に、小森先輩は、そうか、とだけ答える。小森先輩と同じように、本当は優しい岩戸先輩。私を心配しなかったのは――それだけ必死で堪えているから、なのだろう。
一人だけ逃げる訳にはいかない。私は涙を拭う。視界が、クリアになる。
そう、私はあの時だって――
小森先輩は、すたすたと猫の死体のすぐ傍に歩み寄り、一礼。手を合わせる。そして円盤の方の模型を手に取り、意を決した様子の黒野くんに渡す。
小森先輩は鞄からビニール袋を二枚取り出し、それを両手にはめる。
そして……
そして、猫を調べ始めた。
伊藤くんの口から驚きの声が漏れる。
「……」
無言で猫の頭部、胸部、手、腹部、脚、尾を調べ、無言で猫を裏返す。
その淡々とした作業を前にして、誰も口を挿む事ができない。今この状況を警察に見つかったら、確実に勘違いされてしまう。
調べ終わった小森先輩は、その死体を持ったままおもむろに立ち上がり、
舌打ちをして猫の死体を放り出す。死体は、砂場に無残に崩れ落ちる。
「ちょっ……! 何やってるんですか!」
流石の私も、許す訳にはいかない。黒野くん、そして伊藤くんも、信じられないといった表情で小森先輩を見ている。岩戸先輩は、呆れ果てた目で見ていた。
小森先輩を除いた、私達三人を。
「模型だ」
岩戸先輩の冷たい声が、私の耳に響く。模型?黒野くんからも疑問の声が聞こえる。
「そう、模型だ。結構高い材料使ってるぞ、これ。骨格から全て完璧だ。でも偽物だ。全く上手く作ってる。どんな暇人だ」
吐き捨てるように言う小森先輩に、岩戸先輩を除いた私達は、驚きで返す言葉が無い。
「さっき一応しておいた礼と合掌が無駄になったな。それにしてもこのUFOの模型は死体のリアルさを引き立てる為にわざと安っぽく作ってあるのか? 全くご苦労様な事だ。
そもそもこれはキャトルミューティレーションを模したオブジェなのか? それとも地球の生物のサンプルを採取しているという設定なのか? どこの星にわざわざ死体を痛めつけた後にUFOに飛び乗ってそれを回収する馬鹿がいるんだよ。もうちょっと設定を考えろ設定を」
苦々しいと言わんばかりの口調。
キャトルミューティレーション。家畜の目や性器などが切り取られ、死体となって発見されるという現象。当時は宇宙人の仕業ではないかと噂されたが、今では、死んだ家畜の柔らかい場所を虫が好んで食べた為に起こった物であると、合理的な説明がつけられている。
「私と小森が前に見た物も模型だった。何度も見ている筈なのに気がつかないとは、伊藤くん、君の目は節穴だと言わざるを得ないね」
今にも溜め息をつきそうな声で言う、岩戸先輩。さっき無表情だったのは本当に何も感じていなかったからで、私を心配する素振りを見せなかったのも事実を知っていたから、だったのか。
触れないと心を読めないなんて、不便だ。分かっていれば平然としていられたのに。泣き損だ。
呆れられた伊藤くんは縮こまっていたが、やがておずおずと疑問を呈する。
「でも、なんで報道されないんでしょうか。例え模型でも、こういうの、マスコミは好きなんじゃないですか? 警察だって、動いていないみたいですし……」
「さあ、なんでだろうな」
小森先輩は、上の空だった。
章設定と題名、ちょっと変えました。
もうこれで固定 (のはず)。
一週間に一話以上は行きたいなぁ。