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マスター・キー  作者: notsomuch
Side1:Hasegawa
2/6

序1・現在


日本には、(サトリ)という名の妖怪がいる。飛騨や美濃の山奥に住んでいたらしい。人の姿をしているけれども本当は実体を持たないとか、二足歩行をする大猿であるとか言われる、らしい。


私の手元にある鳥山石燕の今昔図画続百鬼(当然レプリカ)に載っている覚は、後者の猿のような姿で描かれていた。というかなんだこのポーズ。何やってんだこいつ?


覚は、人の心を読む。


小学校の頃、その事を妖怪好きの友人から偶々聞いた時には驚いた。だって、その力はまさに私のものではないか。すると、私はあの獣人の親戚にでも当たるのだろうか。


しかし良く聞くと、覚は人の心を読む為に肌に触れる必要もないらしい。友人は私が妖怪・覚だけに多大な興味を示した事を不思議に思ったらしく、色々と訪ねてきた。が、私の能力が特殊なもので、それがばれたらまずい事になりそうだ、とその頃には既に気付いていたので、私は真実を語る事なく、なんとなくはぐらかしておいた。


さて。


私が頭の中で、アキちゃんや覚についての軽い回想を終え、遠のいていた意識を再び眼前の集団と一人に移す。


いかにも『俺ら悪い子ですよ』とアピールしたいかのような服装をした集団。黒い制服を着崩している。所々に武器らしき物を持っている輩も見る事ができる。


対するは、眼鏡をかけ、制服を着たひ弱そうな少年。つっても私より年上。


いじめ? いやいや。


「だからお前らはな、そこの間抜け面した女の子を放した方がいいと思う」


少年の冷静な声に対し、怒号と笑いが飛ぶ。


うーむ、やはり小森先輩、酷いな。間抜け面じゃないよ!っていう意味も含むけど。


彼が本気の百二十分の一でも出したら不良集団の一つや二つ、すぐに戦闘不能に陥るはずなのに――いや、別に見た事ないけど多分できそうな気がする――、明らかにやる気のない、しかし冷静な声で、むしろ不良達を煽っている。


なんか嫌な事でもあったのかな。


私はと言えば、今ロープで雁字搦めにされている上、手には手錠、口には猿轡と酷い有様である。結構痛いぜ。食い込む。


「もう面倒臭え、やっちまおうぜ」「そうだな」「半殺しで」「とりあえず全裸にして道路にでもほっぽり出しとくか」「あのすかした面潰すぞ」


穏やかな内容ではない。私は不良達の背中を睨む。


「いいよ、かかってきな」


しかし小森先輩は薄ら笑いを浮かべて挑発する。喧嘩慣れした屈強な不良八人、それに対して針金のような体をした眼鏡一人。


「じゃあ、遠慮なく」


おう、やっちまえ、という半ば笑いを含んだ声援を送られつつ、下っぱらしい一人が小森先輩の方に歩を進める。


一人で充分と判断したのだろう、他の連中はそこから一歩も動かない。


一対一。


それでも、誰がどう見たって、勝てっこない。


「まずはどこがいい?」


「どこからでも」


しかし彼は薄ら笑いをやめない。不良達の背中に阻まれて少し見えにくいけど、不良の顔が少し怒りを帯びたように感じる。小森先輩は、自分の薄ら笑いが生み出す効果を重々承知しているのだ。


「ふざけんてんじゃねえ!」


不良の拳はまっすぐに小森先輩の顔面を捉え――


――そして、吹っ飛んだ。


不良が。


「よう」


小森先輩は吹っ飛んだ不良に一瞥もくれる事はなく、自分の目の前に現れた人物に軽く手を挙げる。


「……時間ぴったり、ってとこですか。僕が間に合わなかったらどうしてたんですか。もっともっと時間稼ぎ、できたでしょう」


その人物――非常に小柄で、おとなしそうな顔をしている――は、体ごと振り返って小森先輩を軽く非難する。完全に不良達は無視されている。後ついでに私も無視されてる。


「まあ多分大丈夫じゃないかなと思ってさ」


「相も変わらず適当な」


その少年、黒野くんは呆れたと言いたげな表情を浮かべつつ、背後から彼の頭に振り下ろされた鉄パイプを片手で受け止める。


「どんぐらいかかる?」


小森先輩が呑気な声で訪ねる。背中から襲い掛かった不良は、黒野くんの右手から鉄パイプを奪い返そうとするも、当然成功しない。


「さあ、十六秒ぐらいですかね」


それに落ち着いた声で黒野くんが答える。一人二秒の勘定になるなあ。すげえ。


「くそ、こいつ……チビの癖に強」


「小森先輩。やはり八秒です」


にこやかな声と表情を浮かべた黒野くんが左手を振ると、鉄パイプ不良は真上に二メートル程吹っ飛ぶ。一人一秒。小森先輩が私の所に向かう間、黒野くんは順調に不良を掃討を進める

。どこかのキノコを食べると巨大化する兄弟が星を取った時のように無敵な黒野くんに為すすべもなく、不良達は呆気なく敗れ去っていく。


小森先輩がまだ私の元に到着しない内に、不良達は全員、虫の息になっていた。


「ほら、大丈夫か」


私の猿轡を外し、次にロープと手錠に取り掛かりつつ、小森先輩が特に心配していなさそうな声色で訊いて来る。


「いえ、やっぱりちょっと痛いです」


「あっくそ手錠のカギ探すの面倒くせえ」


人の話聞いてねえ。


「黒野、手錠ちぎっちゃって」


「了解、です」


溜め息まじりの黒野くんが、私に掛けられている金属製の手錠を、素手で引きちぎった。もうなんか、すげえ。


「黒野くん、ありがとう」


小森先輩には言わない。


「ああ、いやいや……。ええと、なんでこんな事になったんですか」


「なんか随分前の事件かなんかで、かなり怨みが溜まってたらしいぜ」


「長谷川さんに?」


「いや、俺に」


納得したような表情を浮かべる黒野くん。


「ああ、長谷川さんは餌ですか」


『亀吉の会』はその活動内容によっては人に怨まれる事も多い。そして、『亀吉の会』一多くの事件を解決した小森先輩が、多くの怨みを買っていない筈はない。


「餌にされてしまったよー」


「ところでこいつらどうするよ」


猿轡関係ない。喋っても反応しねえこいつら。


「そうですねえ、とりあえず警察に連絡して逃げますか」


「そうするか。おっと」


小森先輩は懐から白い粉の入った小袋を十数個取り出し、倒れて気を失っている不良のポケットに入れていく。


「小森先輩、それまさか……麻」


「いや、小麦粉」


「成程、警察にもっと絞られるようにとの嫌がらせですね」


「そうそう」


全く用意がいい。そして黒野くんとの会話のテンポはいい。


「さて、帰るか」


地面に倒れ伏す不良達を避けつつ黒野くんが先に行ったのを確認して、私は小森先輩の手をそっと掴む。


「あの」


ん、という表情を浮かべる小森先輩。


「あれ、本当に小麦粉ですよね」


眼鏡の奥の目が、ニヤッとした笑いを帯びる。


「さあね」

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突如頭に鋭い痛みを感じ、手を放す。


「読ませないよ」


彼はまた、例の薄ら笑いをする。


「円周率ですか……」


いきなりこんなに多くの情報をぶち込まれたら。


私の頭の処理能力を超えてしまう。


「ほら、早く行くぞ」


「はい……」


まだ少し傷む体を奮い立たせ、なんとか立ち上がる。


全く。


小森先輩の心を読むなんて、一体いつになればできるのか。


今のは多分、手加減されている。それでもまだこんなに痛むのに、本気なんて出されたら。


死ぬんじゃないだろうか。


未だガンガンする頭を手で押さえつつ、自分の能力の限界を感じ、私はそっと溜め息をついた。


ひゃっほう!

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