序1・過去
私が違和感を感じ始めたのは、果たしていつの頃からだっただろうか。
幼稚園の頃、テレビで何か怖い話を見て泣いてしまった事がある。恥ずかしくて、もし誰かに知られたら、きっとからかわれるだろうと恐れた。次の日、私は友達を自分から遠ざけ、絶対に誰も私に手を触れられないように万全の注意を払った。
が、何気なくじゃれついてきた友達を懸命に降りほどいた挙げ句に、私は彼女を泣かせてしまった。困り顔の先生が近くに寄ってきて、私たちの傍でしゃがみ、
『どうしてそんなにアキちゃんから逃げるの』
『だって』
私は先生なら分かってくれるだろう、笑いもしないだろう、と思い、そこから先は先生の耳元で囁いた。
『昨日、怖い話見て泣いちゃったから、知られたくないの』
耳元から離れた私を、先生は呆れ半分笑い半分の顔で見つめ、私の耳に口を寄せてこう言った。
『黙っていれば分からないから大丈夫よ』
私は呆れた。
何を言っているのかと思った。
でも既に先生は立ち上がっていて、先生の肌--そう、しゃがんでいた時は手や顔に触る事ができた--は、厚いズボンに隠れてしまっていた。
家に帰り、母親にその事を話した。彼女は一人娘である私にも余り関心を払わない母親で、その時も私の話を適当に聞き流していた。
しかし私がアキちゃんを泣かせてしまったと知るやいなや、鬼のような顔と声で私を叱りつけた。それは私に人を泣かせてしまった事への反省を迫ると言うより、アキちゃんの母親を気にしての事だったように思う。
アキちゃんの母は保護者達のリーダー的存在だった。
私は母に分かって欲しくて、泣きながらこう言った。
『でも触られたら、泣いたのばれちゃう』
『なんで触られたらばれるのよ!何訳の分からない事言ってるの!そんな事言ってる暇があるなら今から謝りに行くわよ!』
近所にあるアキちゃんの家に、半ば母親に手を引っ張られるようにしながら向かう間、母はずっと私に小言を連発していた。
しかし私は、それどころではなかった。
母も分かってくれなかった。
なぜ分からないのか。
触られたら、ばれるに決まってるじゃない。
あ。
いや、まさか。
私の疑念が確信に変わったのは、それからしばらく経ってから。
普通の人は、触っただけで人の考えが読める訳じゃない。
読めるのは、自分の心だけ。
七月三日。
私が、人生最大の発見をした日だった。
短い…… まあ最初だし