reboot
初投稿です。
この話は令和5年の「静岡市民文芸」にて竹千代賞を受賞した作品になります。先日サイトページから読めるページが削除されていたためここに投稿します。(受賞から1年経てば話は好きに使ってよろしいそうです。)
当時はノリに乗っていて一日くらいで書き終えた気がします。
視界が真っ暗になった。
黒煙を上げる無残な姿の物体。原型を留めていないこんな様を見たら、あいつらはどんな反応をするだろう。周辺には瓦礫が飛び散り、資料や部品が散乱している。煙が外に溢れ、直前の爆発音で集まったであろう人々の声が外から聞こえた。
やってしまった。俺は呆然とした思考の片隅でそう思う。
頭が回らず、ただただその場に立ち尽くすしかない。逃げ場を求めた脳が現実逃避を始めたようで、俺の頭の中に今までの記憶が蘇ってきた。
___科学技術が著しく発達する現代。俺は人類初となるタイムマシンを完成させようと、たった今100回目の挑戦を終えた。結果は御覧の通りだ。
また失敗。相変わらず原因は不明。また1から考え直しだ。
前までならやり直そうと思える。しかし今回はそうはいかない。なにせ、もうこの場所にはいられないのだ。元々隠れて移動を繰り返しているうえ、借金取りから追われまくっている。借金の額は1000万を超えたところで数えるのをやめた。
今までも充分崖っぷちだった。そのたびに次があると踏ん張っていた。だが借りた資金も底を尽き、当てのある場所もなくなった。親族との縁はずいぶん前に切れ、色々やりまくったせいで警察にも目をつけられている。
これが最後の挑戦だと思っていた。失敗してはいけなかった。手を抜いたつもりも、妥協したつもりもない。いつだって俺は全力だった。……だが、それでも限界は訪れる。
わかっていたのだ、いつかこうなる日が来ることは。それなのに俺は……。
「どうすれば……」
掠れた声が漏れる。立つことができず、壁に寄り掛かってずるずると座り込んだ。揺れる視界の中、床に転がったガラス片が目に入る。
「___俺が、死ねば……」
吹き飛んだ窓に目をやれば、どこまでも続く青空が広がっていた。それを見て、俺の中にひとつの考えが浮かぶ。俺が死ねば、すべて終わるのではないかという考えが。
冷静に考えればそんなことはない。だが、もう俺の思考は正常な判断を下せる状態ではなくなっていた。
何かに引き寄せられるように床を這い、震える足を叱咤して立ち上がる。吹き抜けの窓枠に縋りつくと、踏み締めたガラス片がパキパキと乾いた音を立てた。
重い身体を引き上げて身を乗り出す。眼下を見下ろすと、地面が遥か遠くに見えた。確かここは廃ビルの5階だった。ここから落ちれば、どうやっても死ぬだろう。
一瞬落ちるときを想像して胃が引き攣ったが、これからを考えるとその痛みも止まった。思考を中断し、俺は頭を下に向ける。余計なことは考えず早く逝ってしまいたい。
目を閉じ、勢いよく床を蹴り上げた瞬間___、
「___!?」
ぐいっと腕を引っ張られ、落ちかける寸前だった身体が元に戻る。その衝撃に、俺はその場に崩れ落ちた。
「___あっぶねぇ……」
聞こえた声に顔を上げると、どこか既視感のある壮年の男が疲れた様子で立っている。驚きのあまり言葉を失っていると、男は俺の視線に気づいて「よぉ」と言った。
「あ、あんたは、一体……」
「まあ、そりゃ驚くよな。安心してくれ。俺はお前にとっての救世主だから」
俺の声に肩を竦め、男は背後を振り向く。そこにはいつの間にか、白い煙を上げる銀色の球体が鎮座していた。それを見て、俺は「あ」と声を上げる。その反応に男は満足そうにニヤリと笑って言った。
「___俺は10年後のお前だ。未来から、お前を助けるために来たんだよ」
「……いや、嘘だろ」
信じられない光景に、俺は周囲を見渡しながら呆然と呟く。
「ほんとだよ。ちゃんと現実なんだから」
そう言って先導していた足を止めて振り向いた男は、呆れたように言った。
「お前、何回足止めれば気が済むんだよ。タイムマシンに乗るだけで10分も使いやがって。時間ねえって言ってんだろうが」
「それは、悪かったけど……。でも、しょうがないだろ。こんなの見せられたら、普通は足止めるって」
「……まあ、そうかもな」
俺の言葉に何か思うことがあったのか、男は少しの間の後に小さく呟く。
___俺は今、10年後の未来に来ている。あれから「未来の俺」だと名乗る男に連れられ、(未来の)タイムマシンに押し込まれ早5分。なんだかわからないまま外に押し出され、足を踏み出したそこは、さっきまでとはすべてが変わっていた。
影ひとつない真っ白な空間で、大勢の人が忙しなく動き回っている。皆一様に同じ白衣を纏っているのを見るに、ここの職員なのだろう。ここがなんなのかそれは一切わからないが。
白いだけの部屋かと思えば、天井付近の壁には巨大な映像が無数に浮き上がり、それぞれ別の場所を映し出していた。映像は一秒ごとに切り替わり、少なくとも50以上の映像がこの部屋には浮かんでいる。
「どうなっているんだ……」
呟く俺を横目に、男は近くを通りかかった背の高い人影に取り出したカードを見せる。
「___?」
その様子をぼんやりと眺めていた俺は、ある事実に気づいて声を上げた。
「それ、人じゃなくてロボットなのかよ!」
「今気づいたのかよ、おせぇな」
カードを見て立ち去る人影。それを見送ってまたもや呆れたように振り返る男。イラっと来たがぐっと堪えて俺は言った。
「悪かったな、時代遅れの人間で」
「周りを見てみろ、ここには人間の方が少ない」
俺の態度に鼻白んだ男は、ふいっと周りを見渡した。その視線を追うと、確かにすれ違う人のほとんどから生気を感じない。よく見ると、蟀谷辺りに小さなライトのようなものが光っている。
「10年でロボットはここまで人間と大差なくなるのか、すげえな……」
「だろ。もっと見せてやるよ、ついてこい」
感嘆する俺に、男は得意げに言うと、白い空間を早足で進み始めた。
「おい、ちょっと待てよ!」
慌てて男についていくと、少しして道幅がぐっと広くなった。そこはホール的な場所のようで、左右には様々な物体が大量に陳列されている。足を止めそうになりながら、俺は男の後を必死に追いかけた。
「どうだ、すげえだろ。これが今の技術の最先端だぜ」
「あぁ……今の俺なんか、足元にも及ばねえな……」
過ぎていく景色すべてに新鮮さを感じ、そのたび目の前の男に訪ねると、彼は上機嫌に教えてくれた。
「あのでかいトンネルみたいなのはなんだ?」
「あれは瞬間移動するためのゲートの試作品。今のところ成功したことはない」
「じゃああれは?」
「目に見えないバクテリアとかそういうのを除去してくれる掃除機みたいなやつだ。今最優先で量産化を進めてる」
「へぇ……」
広いホールを過ぎ、長い通路を抜け、真っ直ぐ男の背を追いかける。道中ですれ違うすべてに目が行っていた俺は、ふとあることを思い出して男に問いかけた。
「そういえば、あいつと一号はどうしたんだ?」
「___」
途端男の動きがピタリと止まり、俺は驚いて足を止める。だがそれは一瞬のことで、数秒後には男は元の調子に戻っていた。
「誰だよ、それ」
「誰って……俺の研究をずっと手伝ってくれた親友だよ。一号はふたりで作ったロボットのことだ。3人で今までやってきたんじゃないのか?」
いつも研究に付き合ってくれる、たったひとりの親友。出会った切っ掛けは覚えていないが、もう長いこと一緒にいたはずだ。そのふたりで初めて作った人型ロボットが一号だった。人手がほしくて、寝る間も惜しんで開発していた。完成したときは、新しい仲間ができたようで本当に嬉しかったのをよく覚えている。
今日は俺がひとりでいたくて、ふたりが出かけている間に実験をした。俺の実験が失敗したとき、ふたりを巻き込みたくなかった。あいつらはずっと俺の指示に従っていただけで何も悪くない。「これが失敗したら、もう実験は諦める」とあいつには既に話をしていた。
そんなふたりの姿を、未来に来てからまだ見かけていない。
「なあ、あのふたりは……」
「あー、あいつらな。確か、今はいねえよ。運が悪いことに、ちょうど出かけてるんだ。残念だったな」
そう言って再度歩き出す男の背に向かって、俺は言った。
「嘘言うなよ」
「……」
その言葉に、男が訝しげな顔で振り返る。無言で理由を問われ、俺は口を開いた。
「嘘だろ。わかるよ。だってこの世界は、外に出れねえんだから」
「……なんで、そう思うんだ?」
「図星だろ。窓はないのに天井だけはやたら高い。それでなんとなく察したよ。発明品もそういう系が多かったし。大方、外に出ると危険な状態なんだろ?」
「……まあ、そんな感じだな」
事情は不明だが、10年で世界は外出が危険になったらしい。何があったのかは知らないが、ろくでもないことなのは確かだ。
「じゃあ、なんであんたは嘘ついたんだ。わざわざ外にいるなんて、そんな嘘つく理由があるのかよ」
「……」
俺の言葉に男は黙り込む。怪しんでいるとしばらくして男は言った。
「嘘ついたのはふたりにお前を会わせるのを避けたかったからだ。ご明察通り、ふたりは外には出ていない。……どうしても会ってみたいか?」
背を向いたままの問いかけに、俺は少し考えて頷いた。
「会いたい」
「……わかった。この建物の奥にいる。ついてこい」
男は乾いた声でそう言うと、そのまま奥へと歩いていく。俺は釈然としないながらも大人しく後に続いた。
歩いていくと言っても白い空間が続いているだけだ。影も光もないここは、気を抜けば自分がどこにいるのかすらわからなくなる。たまに左右に扉があるくらいしか、空間を把握する術がない。何を思ってこんな変わった構造にしたのだろう。
「ここはあんたが作ったところなんだよな?」
「あぁ、ここは俺が作った研究所……と言っても、ほとんどロボットしかいないが。そういう特別な施設だ」
「なるほどな」
俺の疑問に、男は淡々と答える。それを聞いて、俺は自分の中の疑心が大きくなるのを感じた。……この男は、本当に”未来の俺”なのだろうか。
「あんたは、俺がなんで研究をしてるのか知ってるのか?」
「もちろん。俺はお前なんだから当然だろ」
「じゃあ言ってみろよ」
「……俺を疑ってるのか?」
ちらと振り返る男の視線に思わず息を呑む。だがここで誤魔化しても意味はない。俺は毅然として口を開いた。
「当たり前だろ。いきなり連れてこられて信用できるかよ。俺だっていう証拠を見せろ」
「……確かにそうだな」
怒られるかと思ったが、意外にも男は納得した様子で頷く。その反応に俺が面食らっていると、男は歩きながら考えるように腕を組んだ。
「タイムマシンを作るのが目標で毎日実験三昧だったよ。だけど、全然うまくいかなくて」
「……最初はただの好奇心だったんだけどな。ひとりで閉じ籠もって、色々作るのが好きだったんだ」
男の話に、俺は小さな声で補足する。
「そうそう、いつもぼっちだったよな。それで、当時いじめられてた同級生を助けて仲間にしたんだ」
「あー、確かにそんなだったかも。殺したように錯覚させる銃か何かを作ったんだっけ?」
「そうだ。小学生にしては、だいぶヤバいもの作ってたよな」
男の話を聞いて段々と記憶が蘇る。言われてみれば、小学生の頃からあいつとはずっと一緒にいた。いじめを助けたとかの部分は正直あやふやだが、当時から俺は発明をするのが好きだった。
そこで男は足を止める。長かった白空間が終わり、大きな両開きの扉に突き当たった。取り付けられたセンサーにカードを翳した男は、開いた扉の中に俺を招き入れる。
中に入ると扉が閉まり、無音で上昇を始めたのがわかる。未来のエレベーターなのだろうが、今より振動や音がなく、真っ白のままで異様に不気味だった。昔談義だけが淡々と続く。
「で、高校のときに作ったものがすげえ賞を取って、調子乗って高校中退して」
「あー、なんだっけ。海空陸両用の車だっけ? それとも完璧に容姿模写できるロボットだっけ? なんか色々作った気がする」
「あの頃は一号もいたし、体力もあったし、全盛期みたいなところあったよ」
それで学校に行くのが怠くなった結果親友巻き込んで高校中退。研究に明け暮れ始めたあの頃は、発明するすべてが何かの賞を取ったり偉い人に評価されたりで一種のフィーバー状態だった。一番楽しかった時期だ。
「今考えたらすげえよな。だって高校生にして貯金が5000万あったんだぜ?」
「宝くじ当たったみたいなもんだったからな。あれを全部研究につぎ込んでちゃんと親族と縁切られたっていう……」
思い出したように笑う男に、俺は「仕方ないだろ」と言った。
「元々仲良くなかったし、誰かに縛られるのとか嫌だったし。俺の金は俺が自由に使いたかったんだよ」
「まあ、それについては何も言わねえよ」
「何も言わないって、自分のことだろうが」
「確かにそうだわ」
そう言ってケラケラ笑う姿を見て、俺は大きくため息を吐く。どうやら、”未来の俺”だというのは本当らしい。そうじゃなかったら、ここまで昔の俺に詳しいわけがないのだ。言い方がやたら他人行儀でムカつくのはさておいて。
「タイムマシンを作ろうと思ったのはその頃からだ。俺が今まで作ったものはたくさんあったし、当時は大勢の人が色んなものを発明した。だけど、タイムマシンだけは知名度の割に全然成功したって話を聞かなくて……」
「それで世界で初めてタイムマシン作って、時代を変えた人になろうってあいつらと話したんだよな」
今では考えられないような高級ホテルで、打ち上げと称して馬鹿みたいに盛り上がって飲み食いした夜。深夜テンションで遠い夢を語って、それを今の今までずっと信じて縋りついてきた。その結果がこの有様だ。
そこで長かったエレベーターが止まり、ゆっくりと扉が開く。こんなに長い間エレベーターに乗ったのは初めてだった。一体ここはどれくらいの高さなのだろう。窓がないからわからなかった。
エレベーターから出た先には誰もいない。あれだけ忙しなく動き回っていたロボットの影も形もない。急に静かになったことを不気味に思っていると、男はまた先導し始めた。相変わらず白いだけの空間がずっと続く。
「……あんたに聞いたけど、俺がタイムマシン作りたい理由なんて大したことじゃないんだ。結局、今まで馬鹿にしてきたやつらとか、掌返したやつらを見返してやりたかっただけで。諦めなければ成功するって意地張ってたんだよ」
「……」
「でも、現実はそううまくいかなかった。夢を叶えるにはお金が必要で、実行するには時間が足りなかった。成功するためには、そのすべてをクリアしなきゃいけないんだよな。あのときの俺はそれを、全然わかってなかった」
だから一文無しになって、挙句の果てには自殺しそうになっている。
暗い気持ちでため息をつく俺に、前を歩く男は何も言わない。だが、不意に男がその場に立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「……着いたから、入れ」
手元のカードを扉横のセンサーに翳し、男は目の前の部屋に入っていく。いつの間にか周囲が薄暗くなっていることに気づき、嫌な予感がして入るのを躊躇う。だがここまで来て引き返すわけにはいかない。俺は意を決して部屋の中に足を踏み入れた。
___そこには、皺だらけの老齢の男が透明なカプセルの中に横たわっていた。
「……ぇ」
驚く俺を置いて、先に部屋にいた男は老人を見つめながら、ぽつぽつと話し始める。
「……俺が研究所に帰ってきたときには、お前はもう死んでいた」
「___」
「どう考えても手遅れだって俺でもわかるくらい、ひどい有様だった。実験失敗の爆発でそこは既にボロボロだった。俺と一号は僅かに残った資料だけ持ち出して、その場から逃げた」
俺は目の前の男を呆然と見つめていた。どう見ても少し大人になった自分の顔そっくりだ。10年後の自分だと言われたら、納得してしまうくらいの完成度。
「あんたは……」
「俺は未来のお前じゃない。お前はもう、ずっと前に死んでいる。この死にかけがお前が探している今の俺だ」
「は?」
男の言葉の意味がわからず声が漏れる。一体どういうことだ? この老人はつまり、親友ということなのか? それがこんなに年老いているのだとしたら。
「10年前って、嘘ついたのか?」
呆然と口を次いで出た結論に、男は老人を見つめたままゆっくりと頷いた。
「……そうだ、10年どころじゃない。ここは、お前が自殺してから165年後の世界だ」
「___」
恐るべき事実に、身体が凍り付いたように動けなくなる。眼球が渇き、呼吸が乱れ、動悸が激しく音を立てる。硬直した俺を振り返って、男は再度口を開いた。
「信じられないだろうが事実だ。よく考えてみろ。自殺しているのに、自分が助けに来るわけないだろ。そんなことにも気づかないくらい、お前は混乱してたんだな」
「そりゃそうか、実験失敗したんだもんな」と、男はどこか他人事のようにそう言う。いや、”ように”じゃない。実際、彼にとっては他人事なのだ。彼は、俺ではないのだから。それを聞きながら俺はただ震えることしかできない。
「10年って嘘ついたのは、お前を必要以上に混乱させないためだった。……でも今、結局混乱しちまったよな。それは本当に___」
「___ま、待ってくれ」
ぺらぺらとしゃべる男を、俺は震える声で遮る。壁に手をついて身体を支えながら、俺は目の前の男をじっと見つめた。その視線に、男は訝しげに眉を寄せる。
「なんだ?」
「……この爺さんが、あいつなのはわかった。俺がもう死んでて、ここが100年以上経った世界ってことも……」
「あぁ、その通りだ」
淡々と頷く男に、俺は段々と苦しくなる。聞きたくないと全身が拒んでいた。聞いてはいけない、聞いたら絶対後悔する。そうわかっているのに、俺は聞かざるを得なくて、浮かんでいたひとつの疑問を、俺は必死に絞り出した。
「……なら、お前はなんだ。この人があいつだとしたら、今『未来の俺』を語るお前は、昔の俺をあんなに知っていたお前は、一体誰なんだよ!!」
ずっと気になっていた。165年も月日が経って、あいつさえ老いてカプセルから出られなくなった今、俺を助けに来たのは誰なのか。そして助けに来た理由は一体なんなのか。
俺の言葉にも男は動じない。ただ、ため息をついて小さく肩を竦めただけだった。
「なんだよ、その態度は……」
「わかってるだろ? お前は頭がいいんだから」
「……わからねえよ、何も」
責めるような男の言葉に、俺は下を向いて静かに呟く。それを見て、男は少しの無言の後小さく息をついて口を開いた。
「俺の中身だけをロボットに移したんだ。そうしなきゃ、お前を助けに行けなかったから。だから俺はこんなカプセルに入ってまで生きて、今だってギリギリの状態なんだよ」
「………」
「これが本当のシンギュラリティってやつさ」と男は冗談めかして暗く笑う。
予想通りだ。俺の思った通りだ。この男は禁忌を犯したのだ。人間の中身___意識だけを機械の中に取り込む。研究者なら誰もが一度は試したくなるそれを。だけど道徳的とか人としてとか、色々理由をつけて結局みんなやらないそれを。その暗黙のルールを破ってこの男は機械と融合したのだ。___俺を助けるためだけに。
その事実を受け入れたくなくて、俺は勢いよく男の肩を掴む。掴んだ拍子にガチャリと音がして、俺はひゅっと息を呑んだ。ひどく冷たくて硬いそれを握り締めて、男のへらへらしたような顔を睨みつける。
「なんで……なんでそんな馬鹿な真似したんだよ! お前な、ロボット作るのと自分がロボットになるのとじゃ、全然話が違うんだぞ!!」
「わかってるよ。でも俺は、それでもいいと思ったんだ」
「はぁ!? 何言ってんだ、頭沸いてんのか!? お前、その身体になったら、もう二度と人の身体には戻れないんだぞ!? 戻れたとしてもめちゃくちゃ危険を伴うんだぞ!? それがわかってんのかよ!!」
「……わかってるよ」
「ふざけんな! じゃあなんでこんなことしたんだよ! そもそも成功するかどうかだって危うかっただろうが!! 成功したから良かったものの、失敗してたらそれこそ取り返しがつかねえ! リスクとリターンが見合ってねぇんだよ! お前、俺とずっと一緒に研究してきて、何を見て___」
「___そんなことは、わかってんだよ!!」
肩を揺さぶって責め立てると、それ以上の大声で怒鳴り返された。その迫力に、俺は思わず手を離す。正気に戻ったのか、男は気まずそうに顔を逸らした。それを受けて、俺も段々と気持ちが落ち着いてくる。少しの間、白い空間に無言が訪れた。
「……俺、頑張ったんだよ」
「___」
その無言を終わらせて、男がポツリと呟く。どうやっても人間にしか見えないその姿は俺が昔作った『容姿を完璧に再現する技術』だろう。大昔に発明したそれとこんな形で対面するとは思わず、俺はぼんやりと男のボディを見つめる。精巧に作られた人造人間は、その視線にふっと微笑んだ。
「資料もデータもほとんど燃えちまって、金もなくて住む場所もなくて、お前も死んで、本当に苦しかった」
「………」
「そんなとき、一号が言ったんだ。『絶対にタイムマシンを作って、ふたりでお前を救いに行こう。お前が叶えられなかった夢を叶えて、自殺しようなんて思わないくらい、いい未来を見せてやろう』って。壊れかけていた俺を鼓舞して、そう言ったんだ」
何も言えなかった。そんなこと、俺は考える余裕すらなかった。巻き込みたくないと思った。自分の都合でふたりを振り回して、罪悪感だけはずっとあって。俺が死ねばすべて解決するとか、無責任に辛い現実から逃げ出した。
……俺は、助けたいと思えるような存在だったのだろうか。助けるに値する人間だったのだろうか。
「タイムマシン作るにしたって、そもそもまず金がねえ。だから必死に働いたよ。マジで嫌だったけど。体力もねえし、常識もねえし、知識もねえし、色んなやつに怒られて殴られて悔しかったけど、それでも金と場所だけはなんとか確保して。でもやっぱり足りなくて、仕方なく一号を売って。そこからは地道に今まで発明したものを売っては稼いで、その繰り返しだ。……あのときは、本当にきつかった」
ふっと自嘲したように男が笑う。当時の苦しみを思い出したのか、その瞳には苦々しい闇が宿っていた。
「俺はお前みたいな才能ねえし、頭も悪いからわけわかんなくて、開発も何度も挫折しそうになった。誰かと一緒にいたときはあんなに楽しかったのに、ひとりでやるのは苦痛でしかなかった。俺はあのとき、やっとお前の苦しみを理解できた気がしたよ」
不意に向けられた視線に、俺は何も言えずに下を向いてやり過ごした。
「でも、残った資料見て一号との約束を思い出して、諦めることだけはしたくなかった。意地だった。死んだお前の幻影にみっともなく縋りついて、でもそれが生き甲斐だった」
俺が知らない、俺が死んだその後の話。唯一の親友だったあいつの、抱えきれない絶望と困難と苦労の話。俺はただ後日談として聞くことしかできない。あいつが何を思って何を感じたのか、俺にはきっと一生わからないままだ。
「金が溜まってようやく一号買い戻して、それでやっとタイムマシンの発明がスタートした。資料はないし、本当にゼロからだった。自分の力だけで発明するなんて、初めてのことだった。それでまでは、お前の遺品にずっと縋っていたから」
「助けるって誓ったのに、情けねえな」。諦めたような顔で、男は呟いた。
「お前と同じことをしようとすればするほど、お前の異常さをどんどん理解していって苦しかった。俺はなんて才能のない人間なんだろうって、ずっと一緒にいたはずなのに全然敵わない自分が虚しかった。お前の面影も記憶も、俺は思ったより覚えていなくて、なんでだよって自分の無力が本当に悔しくて」
「___」
「だけど一号は違った。あいつは俺と違って、ちゃんとお前のことを覚えていた。お前の考えたことも、作ったものも、一号は全部記録してた。一号の助けがなければ、俺は新しいものは何ひとつ作れなかった」
研究所にあったたくさんの発明品。あれはすべて一号が考えたものだったらしい。この施設の白いデザインも、ロボットだらけの職員も、すべて一号の発案なのだそうだ。
「一号はお前の知識を引き継いだ天才だった。まるで第2のお前だった。俺たちは昔よりもっとたくさん富を手に入れた。金も場所も技術も、人手も増えた。量産したロボットは、みんな俺と一号の命令を素直に聞いてくれた。心強い仲間だった。……そのおかげで、研究を始めて126年後、ようやく念願だったタイムマシンが完成した」
銀色に輝く美しい造形を思い出す。俺が昔、脳裏に描いていたイメージとまったく同じだった。「あれ、良かっただろ?」と問われ、俺は無言で頷く。
「だけど、ひとつ問題があった。タイムマシンでお前を助けに行くには、俺は歳を取り過ぎていた。そもそもタイムマシン発明を始めた時点で、俺は60歳を優に越していた。開発の途中からほぼ寝たきりだったし、意識だけパソコンに繋げて、無理矢理生かしてるような状態だったんだ」
ここに来て最初に見た、白い天井に無数に浮かんでいた映像を思い返す。恐らくあれは、誰かの意識の映像だったんだろう。
「そこで一号が言ったんだ。自分の中に俺の意識を入れてくれ。そうすれば、タイムマシンで過去に行って、直接自殺を止めることができる。一号は自分の身体を俺に譲ってくれたんだ」
愛おしそうに自分のボディを見つめる男は、言葉と裏腹にひどく悲しそうだった。
「お前の顔を知ってるのは俺と一号だけだったし、10年後のお前の顔を完璧に再現できたのは、一号しかいなかった。お前は勘が鋭いし頭もいいから、完璧じゃなきゃ騙せない。だから俺は、一号の中に入るしかなかった」
自分の真っ白な手を見つめて男は力強く言う。身体は一号、中身はあいつで、ふたりはちゃんと『一緒に助けに行く』という約束を果たすことができたのだ。
「一号の分まで俺はやらなきゃいけない。お前の自殺を絶対に止めなきゃいけない。そうじゃなきゃ、俺は一号に顔向けできない」
顔を上げ、勢いよく振り返った男は、驚いて固まる俺の顔を真っ直ぐに見つめた。
「俺の意識も、俺の元の身体が死ねば消えてなくなる。一号のボディだって、古くて今にも壊れそうだ。俺たちにはもう時間がない。だからお願いだ」
横たわる自分の身体から離れて、男は勢いよく俺の両肩を掴んで頭を下げた。
「___どんなに辛くても、苦しくても、絶対に死のうとしないでくれ」
「___」
なんて言えばいいのかわからなかった。まさか自分の存在が、これほど誰かに影響を及ぼすなんて考えたこともなかった。俺がいなくなった後のことなんて、気にしたこともなかった。
未だに頭を下げたままの男から視線を逸らして、俺は小さな声を絞り出す。
「……ごめん。俺、なんにも考えてなかった。さっき実験が失敗したとき、真っ先に浮かんたのは自分のことだけだった。ふたりのことも、叶わなかった夢も、無駄だった研究のすべても、ここで俺が死ねば全部終わるって、現実から逃げ出したんだ」
俺が放り投げた無責任のツケを、俺なんかを信じたせいで巻き込まれたふたりに払わせた。ひどい話だ。「卑怯者」「臆病者」だと罵られても何も言えない。それくらい、俺はふたりにひどいことをしてしまった。
「別に、謝ってほしいわけじゃねえよ」
俺の言葉にようやく顔を上げた男は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「___」
「なんで俺と一号がこんなに必死こいて助けに来たのか、お前はなんもわかってねえ」
目を見開く俺を睨みつけてそう断言した男は、大きくため息をついて話を続けた。
「お前に無駄なプレッシャー与えたくなくて、最初は俺らのことは言わない予定だったんだ。お前には立派になった未来だけ見せて、諦めなければ夢は叶うってわからせて、それで過去に帰す予定だった。でも結局、お前は勝手に勘づくし、そしたら説明せざるを得ないだろ。俺は別に、お前に礼を言われたかったわけでも、謝罪がほしかったわけでもない。そんなことのために、人間やめてやらない。___俺はただ、死んでほしくなかったんだよ」
男は呆れたような顔で言った後、自分の発言を思い返したのか右手でがしがしと頭を掻いた。カプセルで寝たままの自分から目を離し、その視線をゆっくり俺に向ける。
その顔は、俺を責めてなどいなかった。いや、あいつはいつだって俺を一番慕ってくれていた。信じてくれていた。今も、それは変わっていない。
「いつも俺は、お前についてくばかりで申し訳なかった。俺は研究にも大して役立たないし、俺と一緒にいたって、お前にはなんの徳もない。そんな俺を見捨てずに傍に置いてくれて、嬉しかったけど、やっぱり悔しかったし……苦しかった」
「……俺は、そんなこと……」
「思ってねえだろうな。だってお前の眼中に俺は入ってねえし。お前にとって俺は、守るべき存在でしかなかっただろうし、実際俺はお前と肩を並べられるような人間じゃない」
「天才じゃない」と、どこか諦めたような顔で告げる男の言葉を、否定しようとして止められる。それをした本人は、「いいから話させろ」と言わんばかりに肩を竦めた。
俺が大人しく頷くと、男は晴れやかな顔で笑って続けた。
「だから俺は、さっきお前を助けられて嬉しかった。ごめんとか、臆病者とか、そんなこと言うなよ。俺たちは親友だろ。俺も一号も、当たり前のことをしただけなんだよ」
綺麗ごとのように思えた。そんなこと言っても、俺がふたりに多大な迷惑をかけたことは変わらない。俺が罪を犯した人間であることは間違いない。でも、そんなことどうでもいいと男の顔は言っていた。
「お前と一緒にいた時間が、俺の人生の幸福すべてだ。感謝してるよ。楽しかった日々のこと、数えきれないくらいたくさんの喜びをお前に教えてもらった。だから、こうやって無事に恩を返せて嬉しいんだ。……思ったよりずっと時間がかかっちまったけど、それでも、叶えられて本当に良かった」
「……あぁ、俺の夢を叶えてくれてありがとう」
「その言葉を、ずっと待ってたんだぜ」
俺の言葉に男は嬉しそうに破顔する。その笑顔が、確かに記憶の中の存在に重なって見える。つい昨日も会ったはずなのに、何故だかずいぶん懐かしく思えて、俺は目頭が熱くなった。
目を閉じて衝動に耐え、再び目を開く。白く濁った視界の中、目の前の男の顔がやけにぼやけて見えて___。
「___って、もしかして俺が消えかけているのか!?」
「え!? もうそんな時間なのかよ!」
びっくりして叫ぶ俺の声を聞いて、男は慌てて空中を指でスライドする。パッと宙に表示された時刻は、俺がタイムマシンに乗ってからもうすぐで1時間経つところだった。
「なるほどな。まだ未完成だったのか」
「……はは、カッコ悪いから本当はバレたくなかったんだけど、まあそういうことだ。1時間経ったら、乗ってきたやつは強制的に過去に引き戻されちまう。安心しろ、タイムマシンに乗る直前に戻るだけだ。過去の時間が勝手に進んだりはしていない。お前の肉体が1時間年老いただけ。誰にもバレやしない」
「不良品なのに便利だな」
「うるせえよ。……そいつはお前が完璧にしといてくれ」
揶揄していたら、鋭い言葉を投げられた。思わず固まった背中を乱暴に叩かれて、俺はぶれた視界の中で男を見る。さすがにここで、こう言う以外の選択肢はなかった。
「___必ず作ってみせる。ふたりが作ったのより、ずっとカッコよくて便利なやつを」
「あぁ、ずっと楽しみにしてるぜ。お前のすごさは、俺が一番よく知ってるからな」
砂嵐のようにぶれた視界に、いよいよ男の顔がぐるりと歪む。まだ何か言いたそうなのをぐっと堪え、彼は静かに見送ってくれた。何も言わずとも、きっと俺には伝わっているという信頼の証なのだろう。その期待に応えなければと、俺は最後に口を開いた。
「お前と一号が頑張った分は、俺が必ず取り返す。お前らの手が届かなかったところまで、俺が全部カバーしてやる。だから、お前は待っていてくれ。きっと、もっと素晴らしい景色を、ふたりに見せてやるから」
返事は聞こえない。言い切ると同時に切断したように視界が真っ暗になった。ただ、俺の言葉を聞いた彼は大きく頷いていたような気がする。
___外から隔絶された、窓さえ見当たらないあの白いシェルターから、彼らを救い出す術を俺は見つけなければならない。それはきっと、未来から俺に託された使命でもあるのだ。
真っ黒な視界の中、唐突に焦げ臭いにおいが漂ってきた。次いで轟々という音と衝撃が戻ってきて、最後に視界がゆっくりと明るくなる。
慌てて顔を上げると、俺は爆散したタイムマシンの横でうつ伏せに倒れていた。辺りにはあらゆるものが散乱しており、爆発の影響で壁さえも崩れかけている。
立ち上がろうとすると、全身がひどく痛んだ。よく見ると、あちこちから流血している。どうやらそれなりに怪我も負っているらしい。さっきまではまったく気がつかなかった。
「でも今は、気づけた……と」
自分の成長を感じて、俺はゆっくりと立ち上がる。壁に手をつき、なんとか自分の足で立とうと踏ん張った。
まずは無事な資料を集めてここから脱出しなければならない。騒ぎを聞き付けた警察が来ないうちに。そして親友と一号が戻ってきたら、3人でとりあえず逃げよう。
金もない。場所もない。頼れる人もひとりもいない。
それでも、託された願いが、追いたい夢が、果たしたい約束があるだけで、人はどこまでも強くなれる。それを知ったから大丈夫。俺は何度だって頑張れる。
そう、俺のただひとりの親友が教えてくれた。
「……必ず、俺が未来を変えてやるよ」
契った約束を口にして、俺は息を詰めると大きく一歩踏み出した。
了




