本の紹介50『災害と日本人』 中井久夫/著
心理学者の鋭い切り口で見つめる日本社会
中井久夫先生は医学部を卒業し、精神科医として数多くの著作を残した方で、精神科医としての経験、そして学者としての教養に裏付けされた鋭い思考が魅力的です。
本作は1998年秋から2002年初めまでに発表された文章や講演の内容が収録されています。
表題となっている「災害と日本人」の他にも、「トラウマとその治療経験」や「犯罪の減少と少年犯罪」など30篇ほどの内容で構成されているものです。
いずれも大変面白い内容なのですが、特に「災害と日本人」という文書が印象深かったです。
中井先生が本作で念頭に置いているのは阪神淡路大震災だと思われますが、震災大国と言われるこの日本において、震災発生時の行政や企業の対応、被災者をはじめとした人々の行動の変遷から、日本社会がどのように変化してきたのかということを論じています。
興味深かったのは、江戸時代は地震による社会の階層の入れ替えが行われていたという言及ですね。地震は金持ちを貧しくし、貧しいものを豊かにするとして、待望さえされていたそうです。
家屋の作りや地理的な条件から地震や火災の多い江戸の町においては、震災復興のための資材をあらかじめ確保する商人など、震災を商機として豊かになる層がいたり、もっとストレートに震災のドサクサで略奪を働き財産を築いたりといったことがあったそうです。
階級社会の側面が強い江戸時代において、震災はむしろ自らの境遇を好転させる機会としても捉えれられていたようです。もちろん略奪などという行為は誉められたものではありませんが、どこか人間の力強さ、しぶとさを感じさせますね。
現代の日本においてこのような火事場泥棒が発生する可能性は今のところ低いと思いますが、これはある程度社会が豊かであればこそだと思います。情報技術の発達した現代ですから、仮に火事場泥棒に及んで富を得たとしても、いずれその事実を暴かれ罰せられるだろうという認識も、略奪を抑制するのに一役買っているのかもしれませんね。
ただ、現在の不安定な情勢を鑑みると、今後大規模な災害が日本で発生した場合にどのような社会的混乱が起きるのか、人間が理性的な行動を取れるのかという点には注意が必要かと思います。
鬱屈した情念の発露の機会として震災というのはある意味うってつけであり、また、自暴自棄となった気持ちが平時にはおよそ考えつかないような行動を人間に取らせる可能性があります。終わり




