第7話 囮と守護
ここまで読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
第7話では、黒斗が初めてパーティの中で「役割」を持つ回になります。
これまでの黒斗は、強さで他者を押し潰す側の人間でした。
しかし今はレベル1。
武器も使えず、攻撃も通らない。
そんな状況で、彼が選んだのは「囮」という役割でした。
ただし、それは単なる自己犠牲ではありません。
この回では、アリシアの言葉を通して
「守ること」と「自己犠牲」の違いが少しだけ描かれています。
小さな戦闘ですが、黒斗にとっては大きな一歩になる場面です。
朝のリュミエール。
ギルド掲示板の前には、初心者たちが集まっていた。
木の掲示板にはいくつもの依頼書が並んでいる。
採取依頼。
配達依頼。
迷子のペット探し。
そして――討伐依頼。
ダリオが一枚の紙を指差した。
「これどうだ?」
マルクが丸眼鏡を押し上げる。
「ゴブリン討伐ですね」
依頼内容は簡単だった。
リュミエール周辺で確認されたゴブリン群れの排除。
推奨人数:パーティ。
推奨レベル:十前後。
初心者向けの依頼だ。
レイが短く言う。
「……多い」
ダリオが笑う。
「嫌か?」
レイは首を振る。
「別に」
アリシアが黒斗を見る。
「黒斗さんはどう思いますか?」
視線が集まる。
黒斗は掲示板ではなく、その奥の森を見ていた。
地形。
風。
モンスターの習性。
かつて何度も通った知識が、自然と頭に浮かぶ。
やがて黒斗は言った。
「ゴブリンは群れる」
マルクが頷く。
「はい」
黒斗は続ける。
「討伐依頼が出る時点で」
少し間。
「群れは一つじゃない」
マルクの目が少し開く。
「なるほど……」
ケインが腕を組む。
「数が多い可能性か」
黒斗は頷いた。
レイが言う。
「問題ない」
短い言葉だった。
このパーティ唯一の前衛。
ストライカー。
ダリオが笑う。
「頼もしいな」
マルクは少し困った顔をする。
「ですが」
「火力は足りません」
事実だった。
このパーティは支援職が多い。
プリースト。
ガーディアン。
エンチャンター。
バード。
クラフター。
純粋な火力はレイだけ。
アリシアは少し考え、依頼書を剥がした。
「やってみましょう」
ケインが頷く。
「俺が前に出る」
ダリオ
「俺も殴る」
エリナ
「支援します」
マルク
「補助魔法を準備します」
レイ
「……斬る」
黒斗は小さく頷いた。
⸻
街を出る。
草地を抜ける。
森が近づく。
黒斗は歩きながら周囲を見ていた。
風。
草の揺れ。
音。
そして言う。
「……いる」
レイが聞く。
「どこ」
黒斗
「前」
草が揺れた。
ゴブリン。
一体。
そして。
二体。
三体。
さらに奥から現れる。
ダリオが呟く。
「多いな」
ケインが盾を構える。
「来るぞ」
ゴブリンが叫ぶ。
戦闘が始まった。
⸻
棍棒が振り下ろされる。
ケインが盾で受ける。
衝撃。
ダリオが叩く。
だが倒れない。
レイが斬る。
浅い。
ゴブリンがまだ立っている。
マルクが呟く。
「エンチャント」
光がケインの盾を包む。
エリナの歌が響く。
「ブレイブソング」
旋律が広がる。
アリシアが祈る。
「ヒール」
傷が閉じていく。
だが。
数が多い。
ゴブリンは五体。
包囲が狭まる。
レイが言う。
「多い」
ケインが押される。
ダリオが叫ぶ。
「囲まれるぞ!」
黒斗は動かない。
ただ見ている。
ゴブリンの動き。
視線。
距離。
そして言った。
「囮が必要だ」
戦闘の中。
その声は静かだった。
ケインが振り向く。
「危険だ」
レイ
「俺がやる」
黒斗は首を振る。
「いや」
「俺だ」
レイが睨む。
「戦えないだろ」
黒斗
「問題ない」
レイ
「は?」
黒斗
「死ぬつもりは無い」
少し間。
「囮には向いてる」
そして黒斗は走った。
⸻
ゴブリンの群れへ。
棍棒。
石。
爪。
襲いかかる。
棍棒が肩に落ちる。
骨が軋む。
痛覚が神経を焼く。
だが。
黒斗は倒れない。
グレイヴン荒原。
クロウビーストの牙。
サンドランナーの突進。
何度も。
何度も。
死んだ。
この痛みは。
もう知っている。
黒斗は叫ぶ。
「こっちだ!」
ゴブリンが追う。
走る。
森の中。
そして。
曲がる。
ケインが盾を構えていた。
「今だ!」
レイが飛び出す。
剣が走る。
一体。
首が落ちる。
ダリオが叩く。
マルクが魔法を放つ。
黒斗は叫ぶ。
「右!」
レイが動く。
ゴブリンの短剣が空を切る。
「ケイン、半歩下がれ」
盾がずれる。
ゴブリンが踏み込む。
「今だ」
レイが斬る。
二体目が倒れる。
最後のゴブリンが逃げる。
レイが追う。
一閃。
戦闘は終わった。
⸻
ダリオが息を吐く。
「終わったな」
アリシアが黒斗に近づく。
「ヒール」
淡い光が黒斗の肩を包む。
裂けた皮膚がゆっくり閉じていく。
アリシアは静かに言った。
「黒斗さん」
黒斗
「……?」
アリシア
「さっきの行動ですが」
少し間。
「守る行動ではありません」
黒斗の視線がわずかに動く。
「……?」
アリシアは続けた。
「自己犠牲です」
黒斗は短く言う。
「結果は同じだ」
アリシアは首を振った。
「違います」
森の風が葉を揺らす。
ケインも。
マルクも。
何も言わない。
ただ聞いている。
アリシアは続けた。
「自己犠牲は」
「誰かを守ることじゃありません」
少し間。
「一人で背負うことです」
黒斗は黙る。
アリシアは優しく言った。
「守るって」
「一人でやることじゃありません」
沈黙。
黒斗は答えない。
だが。
その言葉は胸に残っていた。
⸻
暗転。
音のない空間。
文字が浮かぶ。
⸻
《観測対象:黒斗》
《戦闘ログ解析》
・被弾回数:7
・囮行動:確認
・他者防衛:確認
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《行動分類》
自己犠牲傾向:確認
守護行動:判定保留
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《倫理修復可能性》
42% → 43%
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《観測継続》
⸻
森の風が戻る。
黒斗はそれを知らない。
ただ。
少し離れた場所から。
パーティを見ていた。
第7話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回の話では、黒斗の戦い方に少し変化が出始めています。
かつての黒斗は、圧倒的な力で戦場を支配するプレイヤーでした。
ですが今は、戦うことすらできません。
それでも戦場に立つ以上、何かできることはある。
その一つが「囮」という役割でした。
そしてもう一つ、この回で重要なのは
アリシアが黒斗に伝えた言葉です。
自己犠牲と、守ることの違い。
黒斗がその言葉をどう受け取るのかは、まだ分かりません。
ただ少なくとも、彼の中に何かが残ったのは確かだと思います。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。




