第5話 灯火の街リュミエール
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の話は、これまでの戦闘やゲームの展開とは少し違い、
「過去と向き合うこと」を中心に描いています。
誰かにとっての出来事は、
時間が経っても簡単には消えないことがあります。
特に、言葉や行動で残してしまったものは、
本人が思う以上に長く残るものです。
その空気感が少しでも伝われば嬉しいです。
それでは本編をお楽しみください。
灯火が見えた。
初心者エリア――リュミエール。
石畳の道の両側に、灯火が並んでいる。
温かな光が街を包んでいた。
屋台の湯気。
焼きたてのパンの匂い。
初心者たちの笑い声。
黒斗はゆっくり歩いていた。
隣には、あの青年。
グレイヴン荒原で黒斗を助けた初心者だ。
青年は少し興奮気味に街を見回している。
「こういう雰囲気、いいですよね」
黒斗は何も答えない。
街に入る前。
彼はフードを深く被っていた。
視線を避けるためだ。
この街には初心者が多い。
だがRGは世界中のプレイヤーがいる。
もし誰かが気付けば。
黒斗という名前は、まだ嫌でも知られている。
黒斗は街を見渡す。
安全な場所。
かつての自分には、必要のなかった場所だった。
その時。
視界の端に、小さな建物が見えた。
石造りの小さな祠。
灯火が静かに揺れている。
黒斗の足が止まる。
青年が振り返る。
「どうしました?」
黒斗は祠を見ていた。
近づく。
入口の上。
刻まれた文字。
復活の祠
黒斗は静かに息を吐く。
理解した。
「……ここか」
青年が首を傾げる。
「?」
黒斗は祠に手を触れる。
淡い光が揺れる。
小さな表示が浮かぶ。
《リスポーン地点 更新》
それだけだった。
だが。
黒斗の肩から、わずかに力が抜けた。
もう。
グレイヴン荒原には戻らなくていい。
青年が言う。
「あ、そうか」
「リスポーンってここで変えるんですね」
黒斗は何も言わない。
青年は少し照れたように笑う。
「俺まだやられたことなくて……知らなかったです」
初心者らしい言葉だった。
⸻
二人は再び歩き出す。
街の灯り。
武器屋の前で装備を眺める初心者。
スキルの話をしているパーティ。
笑い声。
黒斗はその横を通る。
装備不可。
スキル停止。
レベル1。
この街にいる誰よりも弱い。
青年が振り返る。
「俺、ギルド入ってるんです」
少し照れくさそうだった。
「初心者ばっかりなんですけど」
「いい人たちですよ」
少し間を置いて言う。
「黒斗さん」
「行く場所ないですよね?」
黒斗は答えない。
青年は続けた。
「だったら来ませんか?」
「ギルド」
黒斗は一瞬だけ考える。
行く場所はない。
誰もいない。
黒斗は小さく頷いた。
「……ああ」
青年は嬉しそうに笑った。
街の中心へ向かう。
しばらく歩き。
一つの建物の前で止まる。
木造の大きな建物。
看板が揺れていた。
そこに刻まれている名前。
アルカディア
黒斗の足が止まる。
胸の奥がざわつく。
忘れるはずがない名前だった。
青年は気付かず扉を開ける。
「ただいまー」
軽い声が響く。
⸻
ギルドの中。
笑い声。
パンとスープの匂い。
初心者たちがテーブルを囲んでいる。
青年が言う。
「新しい人連れてきました!」
黒斗が一歩入る。
その瞬間。
一人のプレイヤーが黒斗を見る。
動きが止まる。
もう一人。
三人目。
「……え?」
小さな声。
だが十分だった。
空気が凍る。
会話が止まる。
視線が集まる。
「おい」
「まさか」
誰かが呟く。
「黒斗……?」
静寂。
青年が戸惑う。
「え?」
周囲を見る。
「知り合いですか?」
誰も答えない。
代わりに低い声。
「ここ……」
「マサヤがいたギルドだぞ」
その名前。
黒斗の胸の奥が痛む。
⸻
記憶が蘇る。
公開アリーナ。
観戦者数、数十万。
中央に跪く男。
マサヤ。
黒斗は王権を使った。
干渉。
掃討。
ギルドメンバーを一人ずつ引きずり出し、公開アリーナへ転送した。
逃げ場はない。
観戦チャットが荒れる。
〈やめろ〉
〈初心者もいる〉
〈これ公開処刑だろ〉
黒斗は笑っていた。
「見せしめだ」
「序列を舐めた罰だ」
戦闘は一方的だった。
初心者は泣きながらログアウト。
仲間は一人ずつ倒れる。
最後に残ったのがマサヤだった。
敗北。
チャット欄は炎上した。
その日。
アルカディアの多くのメンバーが引退した。
⸻
現在。
ギルドの中。
重い沈黙。
誰かが言う。
「帰れ」
別の声。
「よくここ来れたな」
怒り。
そして恐怖。
黒斗は視線を受けていた。
逃げない。
言い訳もしない。
ただ静かに言う。
「……悪かったな」
誰も返事をしない。
黒斗は振り返る。
扉へ向かう。
青年が慌てる。
「待ってください!」
黒斗は止まらない。
青年が追いかける。
「黒斗さん!」
黒斗は振り向かない。
そして小さく言った。
「ありがとう」
青年が止まる。
黒斗は続けた。
「助けてくれて」
それだけだった。
黒斗は扉を押す。
外へ出る。
夜。
灯火が揺れている。
街は賑やかだ。
笑い声も聞こえる。
だが。
黒斗はその光の外に立っていた。
灯火の街リュミエール。
その光は温かい。
だが――
その光の中に。
黒斗の居場所は、まだなかった。
⸻
扉が閉まる。
沈黙。
青年が戸惑う。
「……あの人」
「何者なんですか?」
誰も答えない。
やがて奥の席から椅子の音。
一人の男が立つ。
マサヤ。
彼は扉を見ていた。
誰かが言う。
「追い出して正解ですよ」
別の声。
「何人引退したと思ってるんですか」
マサヤは何も言わない。
ただ扉を見ている。
頭に残る言葉。
「ありがとう」
昔の黒斗は。
絶対にそんな言葉を言わなかった。
マサヤは小さく息を吐いた。
そして呟く。
「……変わったのか」
誰にも聞こえない声だった。
やがて静かに言う。
「今日はもういい」
「解散だ」
ギルドメンバーが散っていく。
マサヤは最後まで扉を見ていた。
灯火の向こう。
そこに。
一人の男が立っている気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は大きな戦闘や派手な展開はありませんが、黒斗にとっては、これまでとは違う形の「重さ」がある回になっています。
過去に起きたことは消えません。けれど、その中でどう振る舞うかは、少しずつ変えていくことができるのかもしれません。
この物語は強さだけではなく、人がどう変わっていくのかも描いていく予定です。
また次回も読んでいただけたら嬉しいです。




