第12話「魔王軍、侵攻開始」
俺たちがアティスで平和な日々を謳歌している頃、世界は静かに、しかし確実に、破滅へと向かっていた。
大陸の最北端に位置する「絶望の深淵」。
何百年もの間、初代勇者によって封印されていた魔王が、ついにその永い眠りから覚醒したのだ。
魔王の復活と共に、世界中に瘴気が満ち、各地で魔物が凶暴化し始めた。そして、魔王に率いられた悪夢の軍団が、人間界への侵攻を開始した。
魔王軍は、圧倒的な力を持つ「四天王」を筆頭に、ゴブリン、オーク、デーモンといった無数の魔物の大群で構成されていた。
最初の標的となったのは、北方の小国だった。
国の騎士団は勇敢に戦ったが、魔王軍の物量の前に、なすすべもなく蹂躙された。城は陥落し、国はわずか数日で地図から消えた。
その報は瞬く間に大陸全土に広がり、人々を恐怖のどん底に突き落とした。
各国は慌てて防衛線を築き、冒険者たちを強制的に徴兵して対抗しようとした。しかし、魔王軍の進撃は止まらない。
東のドワーフ王国は、自慢の城壁ごと突破された。
西のエルフの森は、腐敗の魔法によって焼かれた。
人類は、未曾有の危機に直面していた。
アティスにも、その不穏な空気は届いていた。行商人たちがもたらす情報は、日を追うごとに絶望的な色を帯びていく。
「レオンさん、これ……」
リリアが、心配そうな顔で俺に一枚の手配書を見せた。それは王国が緊急で発行したもので、魔王軍四天王の一人、「虐殺のゴルザ」の似顔絵が描かれていた。
その巨体と、禍々しいオーラは、絵からでも伝わってくるほどだった。
「ルナ、何か感じるか?」
俺が尋ねると、膝の上のルナが、ふぅ、と毛を逆立てた。
《うむ。世界全体が、邪悪で冷たい気に覆われ始めている。これは、自然の理を歪める、強大な存在の気配だ》
俺は、テラスからアティスの街を見下ろした。
子供たちの笑い声。活気ある市場。平和で、温かい日常。
パーティを追放され、全てを失った俺が、ようやく手に入れた宝物だ。
「……平和な日々も、いつまでも続くわけじゃない、か」
俺は静かにつぶやいた。
今のところ、アティスは辺境にあるため、魔王軍の侵攻ルートからは外れている。だが、それも時間の問題だろう。
世界がこのまま蹂躙されれば、この楽園もいずれ、戦火に呑まれる。
俺は戦うことが嫌いだ。面倒なことにも関わりたくない。
ただ、静かに暮らしたいだけだ。
でも、その静かな暮らしが脅かされるというのなら――話は別だ。
俺の心の中に、静かな決意の炎が灯り始めていた。




