第10話「賢者レオンの噂」
俺たちが築き上げた「辺境の楽園アティス」の噂は、風に乗って、遠く王都にまで届き始めていた。
最初は、行商人たちの間で囁かれる、ささやかな噂だった。
「辺境に、奇跡のように豊かな街ができたらしい」
「ああ、聞いたことがある。どんな作物も最高級品で、見たこともない便利な魔道具が溢れているとか」
やがて、その噂は尾ひれがついて、より具体的に、そして神秘的になっていった。
「その街には、どんな難病もたちどころに治してしまう賢者がいるらしい」
「ああ、その賢者は万物を見通す瞳を持っていて、どんな素材の価値も見抜き、地面の下にある鉱脈すら見つけ出すそうだ」
「一説には、神に遣わされた聖人だとか……」
俺はそんなつもりは全くないのだが、困っている人を放ってはおけなかった。
アティスを訪れた旅人が原因不明の病に苦しんでいれば、【解析眼】で病巣を特定し、最適な薬草を調合してやった。
商人が持ってきた見たこともない鉱石の価値が分からず困っていれば、【解析眼】でその真の価値と加工法を教えてやった。
アティスを訪れる人々を、ただ助けていただけなのだ。
だが、結果として、その行いが俺を神格化させていった。
人々は俺を「アティスの賢者」と呼び、尊敬し、崇めるようになった。
俺が住む屋敷の前には、助けを求める人々が列をなすことも珍しくなくなった。病に苦しむ者、事業に悩む商人、技術の壁にぶつかった職人。様々な人々が、俺の「奇跡」を求めてやってくる。
「レオン様、どうかこの子を……!」
「賢者様、この設計図のどこが悪いのか、教えてはいただけませんか!」
リリアやシルヴィアたちが上手く交通整理をしてくれているが、正直、少し困惑していた。
俺はただ、追放されて流れ着いたこの場所で、大切な仲間たちと静かにスローライフを送りたいだけなのだ。英雄や賢者になるつもりなんて、毛頭ない。
「レオンは相変わらず、人が良すぎるのう」
膝の上で丸くなっているルナが、念話で呆れたように言った。
《お主がその気になれば、この国を支配することすら容易かろうに》
「そんなこと、望んでないさ。俺は、このアティスで、みんなと平和に暮らせればそれでいい」
俺がルナのもふもふの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
しかし、俺の意図とは裏腹に、「アティスの賢者」の名声は日に日に高まっていく。
その噂は、当然、王都で焦燥に駆られている勇者ガイアスの耳にも届いていた。
「辺境の賢者だと?ふん、どうせ田舎者の誇大な噂話だろう。そんなものより、俺たちの名誉を回復する方が先だ!」
ガイアスは、その噂を一笑に付した。
まさか、その「賢者」が、自分たちがゴミのように捨てた男だとは、夢にも思わずに。




