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透明な毒を抱く手は、赤に染まる  作者: 夜風 紅葉
序章:「馬鹿の極み」
5/8

おまけ:腕隠しのラザ、予言者のルオ

「……よし、完璧!」


 放課後の誰もいない教室。ラザは、自分の両腕を眺めてうっとりと自画自賛していた。 右腕には、新しく油性ペンで太々と書き殴られた「最強」の二文字。左腕には、先生から教わったばかりのヤンキーの極意_____「油断は真の敵なり」、最も大きく書かれている「菓子」、「弱みを見せるな」という文言が、呪文のようにびっしりと並んでいる。

「油断は真の敵なり」はカンニングと思われてしまうだろうか。


「……ククク。これで俺は、やっと最強!……っと、『最強』って言っちゃいけないんだった」


 それでもラザは満足げに制服の袖を下ろした。だが、ふと我に返る。


「……待てよ。この文書(落書き)を、もし家という名の検閲所で見られたら……」


 脳裏に浮かぶのは、理解不能なものをすべてゴミ袋へと放り込む処刑人(母親)の姿。


「あんた! またそんなバカなことして! 落ちるまで風呂から出さないからね!」


 という罵声が聞こえてくるようだ。


 ラザはポケットに手を入れた。指先に触れたのは、冷たく硬い、たった一人の戦友、銅貨一枚。 放課後の買い食いで、最後の一枚まで使い切ってしまった結果、彼に残された全財産は、この輝ける銅貨一枚のみだった。


「……除光液を買う金も、親の怒りを静める供物スイーツを買う金もない。俺にあるのは、この銅貨の誇りのみか……え、無理じゃね?」  


 自宅の門をくぐる時、ラザの心臓はドラムのように激しく鳴り響いていた。

 この家において、カバンの中身を覗かれるのは日常茶飯事。まぁ、ラザが学校のプリントをぐっしゃぐしゃにして出さないからいけないのだ。


「……だが、今日の俺は一味違う(と信じたい!)。ヤンキーの極意、『隠れているほうが賢い』を今こそ実践する時だ!」


  ラザは音もなく玄関のドアを開けた。


「……ただいま……気配を殺すっきゃないか……今の俺は風……頑張れ……!」


 靴を脱ぎ捨てるなり、ラザは壁に背中をぴたりと密着させた。背中と両腕を壁側に押し付け、そのまま横歩きで廊下を進む。夏だから制服は半袖で、見えやすい。しかし、この動きならば、正面からラザを見る者には、腕の「最強」という落書きは見えない。


「……おかえり。ラザ、何やってんの」  


 リビングからラザの母、エレーノが出てくる。ラザよりもずっと背が低いのに、凄まじい威圧感である。 ラザの動きが止まった。壁にめり込まんばかりに背中を押し付け、不自然に首を傾けて答える。


「……っか、母さんか。今の俺の腕には、母さんの認識を歪めるほどの情報が詰まっている。見ればその精神は崩壊し、晩御飯の献立すら忘れることになるだろう!______つまり見ないでくれ!!」


「何言ってんの。それよりあんた、なんでカニみたいな動きで移動してんのよ。廊下の壁、あんたの制服で掃除しないでくれる?」


 エレーノから辛辣な言葉が飛び出る。


「……これは、最新の体幹トレーニングだ。壁の重力を利用し、俺のインナーマッスルを覚醒させているのだ!」


「ふーん、まあいいけど。いや、よくない!あんたの制服泥だらけなのにうちの白い壁にくっつけないでよ!あー、ほら!汚れたじゃん!お父さんに怒られても知らないよ!?……あ、ラザ。そのカバン、そこに置いてね!あとで中身チェックするから。また大事なプリント、丸めて底に突っ込んでるでしょ」


 ラザの背筋に冷や汗が流れた。鞄の中には、先生に没収されかけた「悪路二頭大角(あくろにとうおおつの)大魔王ノ(だいまおうの)魔法核実験まほうかくじっけん」の漫画版。見つかるわけにはいかない。


  「……っ、カバンを!? ななななな、なぜ!?!?」


  「さっきも言ったでしょ!あんたはすぐプリントをぐしゃぐしゃにするんだから!この前なんか保護者会のお知らせが届かなくて恥かいたのよ!?だいたいね、前々から『プリント出して』って言ってんのに『んー、後でやるー』なんて気のない返事して結局出さないじゃない!」


「……ちょっ、まっ、待てよ!手!手洗ってから出すから!」


 ラザはカバンを小脇に抱え、カニ歩きのまま洗面所へと滑り込んだ。バタン! とドアを閉める。ひと安心しかけたが扉の向こうにはエレーノが待機している。


「……クソ、落ちない。なんでだよ!この石鹸役立たずすぎるだろ!」


   蛇口を全開にし、必死に腕を擦るラザ。しかし、気合を入れて書いた「最強」の文字は、水に濡れてますます黒々と輝きを増している。


「ラザ! 何やってんの、遅いわね。鞄、持っていくわよ!」  


 廊下から、母親の手がドアノブにかかる。


「……待て待て待て!まだ洗ってんだよ!」


 その時、ラザのポケットの中で、銅貨が一枚、チャリンと鳴った。


(……そうだ。先生は言っていた。『弱みを握らせないこと。弱みを握られたことが弱みになる』と!)


 ラザは閃いた。 腕の落書きを隠すから怪しまれるのだ。ならば、いっそ別の「もっとバカバカしい何か」で、彼女の視線を誘導すればいい。


「……母さん! 開けるな! 今、俺は……俺は……『究極の筋肉美』を鏡で確認している最中だ! 裸だぞ!」


「はあ!? あんたバカじゃないの!?」


 母親の動きが止まった気配がする。チャンスだ。

 ラザは瞬時に制服の袖を限界まで捲り上げ、その上に銅貨をピタリと貼り付けた。そして、ルオから借りた(奪った)ガムテープで、腕の「最強」の文字を覆い隠すように銅貨を固定した。ギリギリ見えない。

 しかし、左腕のほうが黒く染まっている。これはどうしたものか。ラザはガムテープを丸め、ボールのようなものを作る。左腕全体にガムテープをぐるぐると巻き、さらにボールをぶら下げる。

 勿論、ガムテープのビリビリ音が聞こえないように気を付けた。


「ヤンキーの極意、『逃げろ、だが逃げたと思わせるな』だ!」


 ラザは勢いよく洗面所のドアを開けた。

 そしてラザは母親の目の前で、不自然なボディービルダーのようなポーズを決めた。無言が不気味だ。さらに右腕は銅貨、左腕はガムテープのボール、という非対称さが何とも言えない。


「……何よ、その腕。ガムテープで銅貨貼って。馬鹿じゃないの?」


 エレーノの視線は、ガムテープの下にある「最強」の文字ではなく、その上に鎮座する銅貨、またはガムテープのボールに釘付けになった。


「……これは、銅貨の重みとガムテープの重みで腕の筋肉を鍛える、最先端のヤンキー・トレーニングだ!……どうだ、この銅貨の輝き! 目が眩むだろ!」


  「……眩まないわよ。あんた、そんなことしてる暇があるなら、早く宿題やりなさい。……もういいわ、カバンはあとで見るから、とりあえずご飯食べちゃいなさい」


(勝った_________!!!!)


 ラザは心の中でガッツポーズを決めた。母親は「あまりのバカバカしさ」に呆れ、カバンの検閲という優先順位を下げたのだ。これぞ、中二病を応用した最強の煙幕作戦。


(先生は中二病がだめ、って言ってたけど状況によって使い分けたほうがよくね?)


 すでに中二病をコントロールし始めているラザだった。

 ***

 そのころルオは。


(あ~、ラザ、肌弱いのにあんな強い油性ペンで書いて平気かな……ってか、親に見つかったら大目玉を食らうだろ。ガムテープ持ってかれたし!)


 何故ラザがガムテープを連れ去ったのかはわからない。しかしラザは恐らく叱られることがわかっているのだろう。


(今頃カニ歩きとかしてるんだろうなぁ……今日個人面談のお知らせが全員に配布されたけどちゃんとラザは持ち帰ってんのかなぁ……鞄あさられてるだろうなぁ……まぁ前科ありだしね、ラザ……)



作者の所持金は79円です!悲しい!(買い食いしまくった自分が悪い)作者もプリントぐしゃぐしゃ族ですね(ずぼらなんです)


最初から最後までラザ君は服を着ていました。ご安心ください。

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― 新着の感想 ―
ルオくんは予言者というよりラザとの付き合いが長いからでは…?あっさりルオがラザを心配してるのも好きです。
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