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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「吝い屋」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/10/18


落語声劇「吝(しわ)い屋(や)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約15分


必要演者数:2名

      (0:0:2)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】

      (1:1:0)

      (0:2:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


男:ケチな男。ウナギの匂(にお)いをご飯のおかずにしたり、梅干(うめぼ)し一個で

  一ヶ月のおかずを賄(まかな)おうとしたりと、かなりのしみったれ。

  しかし溺(おぼ)れかけてる人間を助けるのにお助け賃(ちん)を要求し、沈むまで

  値段交渉をやめないのはさすがに人としていかがなものか。


しわい屋:男に輪をかけてケチな人間。

     焼け落ちた他人の家から種火(たねび)をもらってこようとしたり、

     扇子(せんす)を五年ごとに半分ずつ開いて使うことで十年使えるとか

     言ったり、おかずに醤油(しょうゆ)を舐(な)める際に、唾(つばき)でもって逆に

     増やしたなどと自慢したりするなど、こちらも大概(たいがい)である。


語り:雰囲気を大事に。1台詞(せりふ)のみ。




●配役例


男:

しわい屋:




※枕・語りはどちらかが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:世の中には「吝(しわ)い」という言葉がございます。

  同じ意味の言葉で「吝嗇(りんしょく)」、「我利我利亡者(がりがりもうじゃ)」なんどという呼び方が

  ありますが、今はあんまり使われてるのを見た事がありませんな。

  だいたいが「ケチ」だの、「しみったれ」だの、「せこい」だのとい

  う使われ方をします。ようは金銭や物を出し惜(お)しみする行為の事、人

  などを指すわけですな。

  一口にケチと申しましても、きちんと理(り)にかなった倹約(けんやく)の末(すえ)にケチと

  言われるならばまだ良いですが、中にはこんなしょうもない方法、

  行き過ぎた方法をとって生暖かい目で見られたりドン引きされるよう

  なやり方を素晴らしいアイデアだと信じて疑わないという輩(やから)もいます

  ようで。


男:どうも、あなたが吝嗇(りんしょく)の大家(たいか)とあだ名(な)されている方でござんすか。

  お噂(うわさ)はかねがね…。


しわい屋:いやいや、それほどのものではありませんよ。

     して、どのようなご用件でお見えに?


男:いえね、あっしも大分(だいぶ)しわい方(ほう)だと思ってたんですが、お宅のやり方

  を人から聞いて、足元にも及ばないと悟(さと)ったんで。


しわい屋:なに、それほどでもありません。

     世の中にはこんな方もいますよ。

     例えば六日(むいか)知らず、と呼ばれる人がいます。


男:なんですその、六日(むいか)知らずてな。


しわい屋:この人は六日目(むいかめ)を数える時に、惜(お)しくなってしまうんです。


男:そりゃまた、なんでです?


しわい屋:日付を勘定(かんじょう)する時に指を折って数えますな。

     一日、二日、といきまして、さて六日目(むいかめ)を勘定(かんじょう)しようとした時、

     それまでに折った指、これを開くのが惜(お)しくなってしまうんだそ

     うで。


男:ははあ、指は片手五本しかねえからね。


しわい屋:他にはさる商家(しょうか)の話なんですが、そこの旦那(だんな)が店の内壁(うちかべ)に釘(くぎ)を

     打つからと、丁稚(でっち)に隣から金槌(かなづち)を借りてくるよう行かせたら、

     手ぶらで帰って来た。


男:おや、どっかで聞いた話だな?

  …あ、それあっしのもと居た店じゃねえですかね?

  定吉(さだきち)の野郎がおんなじこと言ってやがったんで。


しわい屋:そうなんですか?


男:ええ、続きはこうでしょ?

  なんで手ぶらで帰って来たか定吉(さだきち)に聞いたら、隣の大工(だいく)の吉公(きちこう)の野郎

  が、「打つ釘(くぎ)は竹か、金(かね)か」って聞いてきたから、金釘(かなくぎ)だって答えた

  ら、「金(かね)と金(かね)がぶつかると金槌(かなづち)がすり減るから貸せねえ」ってぬかし

  やがった。

  これに腹ァ立てた旦那(だんな)が呆(あき)れて、「あんな奴からもう借りるな、うち

  の金槌(かなづち)を使おう」って言ったんで。


しわい屋:そうそう。

     あ、そういえばそこに奉公(ほうこう)なすってたんなら、十人の使用人を

     人件費削減のために五人に暇(ひま)を出したというのは?


男:あ、そのうちの一人があっしなんで。


しわい屋:おや、そうでしたか。でしたら、その後はご存じで?


男:いえ、大した理由もなく切りやがったんでね、腹が立って噂(うわさ)の一つ

  たりとも耳の敷居(しきい)は跨(また)がせてねえんで。


しわい屋:なるほど、噂(うわさ)一つ聞くのも惜(お)しむとは、あなたもなかなかですな

     。

     なんでも、そのあとそれでも仕事が回るからって残りの五人も

     暇(ひま)を出して、夫婦で切り盛りしたそうですよ。


男:へえ、十人も暇(ひま)出しといて回せたんで?

  そりゃそうだ、ちょいと大きめの小間物問屋(こまものどんや)だしな。


しわい屋:それでしばらく夫婦で店を回してたんですが、ある時に旦那(だんな)が

     「あれ、これ俺一人でも十分店が回せるな。女房(にょうぼう)いなくてもい

     いや」というので、女房(にょうぼう)を離縁(りえん)したそうですよ。


男:へえ!?おかみさんを!?

  商(あきな)いと夫婦仲(ふうふなか)は関係ねえだろうに…。


しわい屋:これで驚いてちゃいけませんよ。

     最期、どうなったと思います?


男:?まだあるんで?


しわい屋:挙句(あげく)の果てには旦那(だんな)さん、自分自身もいらない、と自決(じけつ)してしま

     ったんで。


男:えッ!?

  そうするんだったらあっしに店ェゆずってくれりゃよかったのに。


しわい屋:もったいないですよなあ。

     そうそう、そういえばこないだ腹の立つことがありましてね。

     向かいの家、焼け落ちてるでしょう。


男:ええ、火事ですかい?


しわい屋:そうなんです。

     ちょうど飯炊(めした)きに火を起こそうと思ってね、焼け跡(あと)から種火(たねび)を

     もらってこようとしたんですよ。

     そしたら住人の辰公(たつこう)が激怒して追い返されましてね。


男:はあ、別に焼け落ちた物なんだし、あとは廃材(はいざい)にするしかないんだか

  ら、譲(ゆず)ってくれてもよさそうなもんですけどねえ。


しわい屋:まったくです。

     今度もしうちが火事になったって、火の粉(こ)もやりませんよ。


男:そりゃそうだ。煙(けむ)だってやる必要はねえや。

  そうだ、あっしの家(うち)の向かいにウナギ屋があるんですよ。

  これがウナギを焼く時に煙(けむ)が出る。

  そうしたらあっしの家でも飯(めし)を食い始めるんで。


しわい屋:【手を叩いて】

     わかった。

     ウナギを焼く匂(におい)いをおかずに、白米をいただこうてんですね。


男:そうなんですよ。

  そしたらどっからそれを聞きつけたんだか、ウナギ屋の野郎が晦日(みそか)に

  家(うち)にやってきたんですよ。


しわい屋:ほう、いったい何しに。


男:ウナギ屋が言うには、「毎度ありがとう存じます。勘定(かんじょう)をいただきに

  参りました」とか言い出すんで。


しわい屋:お宅がそこのウナギを食べた事は?


男:あるわけないじゃないですか。匂(におい)いだけでもってご飯を食べてんです

  から。

  だから、「間違(まちがい)いじゃねえかい?俺んとこでウナギなんぞとった事は

  ねえぞ」って言ったら、

  「いえ、けして間違(まちが)いではございません。この書き付けをご覧(らん)なさい

  」てんで、見てみたら、「ウナギの嗅(か)ぎ代(だい)・五百文(ごひゃくもん)」とか書いてある

  んで。


しわい屋:嗅(か)ぎ代(だい)!これは下手(へた)にそのウナギ屋の前を通れませんな。


男:いや、あっしも呆(あき)れて聞き返したんです。

  そしたら、「手前(てまえ)どもがウナギを焼く煙(けむ)は客寄せの為のものだから」

  なんて言いやがる。

  こいつァ驚いた、まさか嗅(か)ぎ代(だい)を取られようとは思わなかったってん

  で、いや、確かに嗅(か)いだことはあるが、風の加減でそっちから勝手に

  匂(にお)ってきたのは差し引いてもらえねえのかって聞いたんで。


しわい屋:そこまでケチなら引かないでしょうなあ。


男:ええ、びた一文(いちもん)負からねえとか抜かしやがる。

  それでこっちもはたと閃(ひらめ)いてね、銅銭(どうせん)を多めに入れた巾着(きんちゃく)を持ってき

  てやったんで。


しわい屋:おや、払ったんですか?五百文(ごひゃくもん)を。


男:へへへ、話はしまいまでってね。

  あっしが銭(ぜに)持ってきたのを見たら、とたんにウナギ屋の野郎が笑顔に

  なりやがった。

  守銭奴(しゅせんど)らしい、いやらしい笑顔ってやつで。

  それで「ありがとう存じます」って手ェ伸ばそうとしやがったから、

  手を出すんじゃねえ、耳を出せ、って言ってやったんで。


しわい屋:ん?手を出さなければ銭(ぜに)は受け取れないでしょう?

     なぜ耳を?


男:向こうが嗅(か)ぎ代(だい)で来るんなら、こっちは銭(ぜに)の音だけ聞かしてやろうと

  思ってね。

  それで目の前で巾着(きんちゃく)を落として、いいか、これが五百文(ごひゃくもん)の音だ、

  よく聞いて帰れって言ってやったら、途端(とたん)に苦(にがむし)虫嚙(か)み潰(つぶ)したツラに

  なって、すごすご帰っていきやしたよ。


しわい屋:ははは、匂(にお)いの代金に銭(ぜに)の音で返しましたか。

     これはいい頓智(とんち)だ。


男:あ、そういや、こないだ散歩してたんですよ。

  そしたらね、むこうからケチで有名な親子が歩いてきたんで。

  ちょうど長雨(ながあめ)があがった後で川は増水してるし、道はぬかるんでるし

  で危ねえなって思いながら歩いてたんだけど、案(あん)の定(じょう)、ケチ親子の

  父親の方が足ィ滑(すべ)らせて川におっこったんで。


しわい屋:それは大変だ。で、どうしたんで?


男:どうやら息子が泳げなかったみたいで、あっしに助けを求めてきたん

  ですよ。


しわい屋:ほう、で、助けたんですか?


男:まあ助けようとは思ったんですけどね、でも見返りは欲しいじゃない

  ですか。

  だから、「助けるならお代(だい)次第(しだい)」って言ってやったんですよ。


しわい屋:まあ当然ですな。

     それで、いくらにしたんです?


男:最初は一分(いちぶ)って言われたんで。

  けどね、ちょうどあっしも銭(ぜに)が入用(いりよう)な件が持ち上がってたのと、

  いつもデカい顔されてたもんで、ここぞとばかり五両(ごりょう)って言ってやっ

  たんで。


しわい屋:ほう!それはまた大きく出ましたな。

     いや、そうでなくてはいけない。

     で、どうしたんです。


男:そしたら次は一両(いちりょう)って言い出すから、「てやんでえべらぼうめィ!

  てめえの親父の命が掛かってるってのに、一両(いちりょう)なんて出し惜(お)しみして

  んじゃねえこのしみったれめ!」って返してやったんで。


しわい屋:やりますなあ。

     さすがにそこまで言われたら、ケチといえど出さざるを得(え)ないで

     しょうな。


男:ところがあのケチ息子、頼むから三両(さんりょう)でとかぬかしやがる。

  ここが勝負どころと思って、「五両(ごりょう)!びた一文(いちもん)負(ま)からねえ!助けて

  やっから、ポンっと払いねェ!」って強気(つよき)に出てやったんで。


しわい屋:おお、わかってらっしゃる。

     しかしそう強気(つよき)に押せるのも、お宅の風貌(ふうぼう)あってのものですな

     。

     それで、どうなりました。


男:それが、あっしらがお助け賃(ちん)で押し問答(もんどう)してたら、親父の方が、

  「もう出すな!それ以上出すな!五両(ごりょう)なんぞ出したら、俺ァもう死ん

  でしまう!」

  とか言って沈んじまったんで。


しわい屋:ああ、そりゃあ惜(お)しい事をしましたな。


男:ええ、三両(さんりょう)で手打(てう)ちにしときゃよかったと思いましたよ。

  ところでお宅は、金が残らないのは無駄というものがあるからいかん

  と、こう言ってましたな。

  そこであっしもいろいろ考えてね、ウナギの匂(にお)いだけじゃお菜(さい)の種類

  が少ねえてんで、ひと月(つき)の食事のおかずに梅干(うめぼ)しをひと粒(つぶ)だけいただ

  いてるんですが、いかがなもんで?


しわい屋:ほう、ひと月(つき)の食事のおかずを梅干(うめぼ)しひと粒(つぶ)で。

     うん、えらい。

     お宅には見(み)どころがあるからあたしも意見をするんだが、

     世間(せけん)でやれ金が残らない、苦しいなんて愚痴(ぐち)をこぼす輩(やから)がいる

     が、これは無駄をし過ぎるからいけない。

     朝飯前(あさめしまえ)に茶を飲みながら梅干(うめぼ)しを二つ食ったなんてのね、

     あたしに言わせるとバカですよ。

     それで、お宅はひと月(つき)のお菜(さい)に梅干(うめぼ)しひと粒(つぶ)と言う話でしたが

     、どういう風(ふう)にしてやるので?


男:ええ、ひと月(つき)をまぁ大体(だいたい)三つに分けましてね、

  一番初めの十日(とおか)は梅干(うめぼ)しを見ていただくんで。

  

しわい屋:…うん?ちょいとお待ちなさい。

     するとなんですか、食べないので?


男:ええ、皿に乗っけましてね、梅干(うめぼ)しは酸(す)っぱいもんだなあと思って、

  じーーっと見ているうちに口の中へ酸(す)っぱい水が溜(た)まってくるんで、

  その勢いでいただくんで。

  

しわい屋:ははは、なるほど。そりゃあいい考えですな。

     じーーっと見ていただくと。


男:次の十日(とおか)に梅干(うめぼ)しの実(み)を食べて、いちばん終(しま)いが種をしゃぶりながら

  やっているんで。これでひと月(つき)のお菜(さい)になりますな。


しわい屋:ほうなるほど。じゃあ種は残るわけですな。


男:ええ、これを晦日(みそか)の日に飲むんで。


しわい屋:晦日(みそか)に?種を?

     お蕎麦(そば)の代わりに種とは…まあいくらかお腹の足(た)しにはなりま

     すか。

     しかし、ひと月(つき)に梅干(うめぼ)しが一つ減る勘定(かんじょう)だなんて、不経済(ふけいざい)にも

     ほどがありますな。


男:ほう、いけねえんですかい?


しわい屋:だいいち、物を減らしちゃったらもったいない。

     あたしなんざ、近ごろおかずを増やしてますがね。


男:へえ、食うんで?


しわい屋:ああいやいや、食べているけど向こうで増えるんですよ。


男:え、向こうで増える??

  いったいどういう事なんで?


しわい屋:いやぁ、別に不思議な事はありませんよ。

     種を明かすと醤油(しょうゆ)、お下地(したじ)を大きなどんぶりへ半分ばかり入れ

     て、これを舐(な)めるのに秘伝(ひでん)があるんです。

     箸(はし)にじゅうぶん唾(つばき)を含ましてどんぶりへ突っ込んでから、

     ちょいと軽く舐(な)める、こうやるてえと、はじめに唾(つばき)を含めるか

     らその分が余計(よけい)にどんぶりに入るから増えると、こういうわけ

     で。


男:汚いな。

  唾(つばき)でもって増えるというのは恐れ入ったね。

  ところで夏になると、みな扇子(せんす)を使うじゃないですか。

  あっしは一本で十年使える使い方を考えたんで。


しわい屋:ほほう、どういうやり方です?


男:最初は扇子(せんす)を半分広げて五年使って、痛んだらこれを閉まって

  あとの半分で五年使うというもので。


しわい屋:なるほど。ははは、しかしそれでは使い方が荒いですな。


男:え、いけねえんですかい?


しわい屋:一本で十年はもったいないですな。

     あたしなら、四、五十年は保(も)たせられますな。


男:そりゃ、つまりお使いにならねえと?


しわい屋:いえいえ、ちゃんと使いますよ。

     お宅は半分ずつ開いて使うとおっしゃったが、あたしは残らず

     広げます。

     そもそも扇子(せんす)を使って扇(あお)ぐという考えがいけない。

     扇子(せんす)を固定して、首を振るんです。


男:はあぁ、こらァどうも驚いたなァ。

  もっといろいろ話をうかがいてェんですが。


しわい屋:ええいいですよ。

     夜分(やぶん)ならようございますから、いつでもいらっしゃるといい。


男:じゃあいずれうかがいやす。


しわい屋:お待ちしてますよ。


語り:いやはやとんでもない節約術があったもんでございます。

   さて、約束の通りに男がしわい屋の家(うち)を夜に訪(たず)ねますてえと、

   すぐに出迎えを受けます。


しわい屋:ああ、あなたでしたか。

     まだ寝てませんから、どうぞこっちへお上がんなさい。


男:え、いいんですかい?

  灯(あか)りがねえからてっきりもう寝てたのとばかり…。


しわい屋:ああ、夜分(やぶん)は灯(あか)りを付けないんですよ。

     贅沢(ぜいたく)だから。

     まぁまぁまぁ、何にもありませんが、こちらへどうぞ。


男:それじゃ、ご免(めん)なすって…。

  ふう、やっと目が慣(な)れてきたーーって!、こ、こいつァ!

  え、裸(はだか)でいらっしゃるんで…!?


しわい屋:ええ、そうですよ。


男:いや、こいつァ恐れ入ったねェ…。


しわい屋:いやいや、なにも恐れ入るほどの事はありませんよ。

     暗い所で着物を着たって無駄だから、脱いで畳(たた)んであるんです

     。


男:えッ、もしかしたら、四季にかまわず?

  こりゃまた恐れ入ったなァ…

  寒くないんで?


しわい屋:ええ、寒くない事をしていますから。


男:へえ、あんかでも使ってるんで?


しわい屋:違いますよ。

     あたしの頭の上をご覧(らん)なさい。


男:上?

  おっ、こりゃ、でかい石が細い糸で吊(つ)るしてあるぞ。

  あぁ~なるほど、うまい考えだねえ。

  寒くなってきたら下からこの石をギュウって持ち上げて、汗をかこう

  ってんですかい?


しわい屋:ははは、冗談言っちゃいけませんよ。

     そんな力を入れたら腹が減ってしょうがない。

     ただぶら下げておけばあったかいんですよ。

     なにしろ家(うち)が古いのにね、吊(つ)るしている縄は柔(やわ)いときてる。

     ちょいと風があるとミチミチ言いながら石が動くんです。

     いまに縄が切れて石が落っこってこないか、もし落ちてきたら

     あたしの命がなくなる。

     縄が切れるか、石が落ちるか、そう思うと冷や汗が出ましてね、

     そりゃあもうあったかいですよ。


男:~~なんだか、嫌な心持(こころも)ちになってきやがったよ。

  また改めてうかがいますんで。


しわい屋:なんだね、ゆっくりしていけばいいじゃないですか。

     せっかく水でも入れようと思ったのに。

     …?何をしておいでで?


男:ああ、履物(はきもの)を見るんで灯(あか)りを付けてもらえませんかい?


しわい屋:そりゃあ困った。灯(あか)りはないんですよ。

     お宅の立ってる足元に石は無いですかな?


男:石?…ああ、あるな。


しわい屋:ありますか。

     じゃあそれをお貸ししますから、目と鼻の間をどついてごらん

     。


男:目と鼻の間を?

  そんなことしたら目から火が出るじゃねえか!


しわい屋:ええ、目から火が出るからその灯(あか)りでお探しなさい。


男:へへへ、お宅がそんなこと言うだろうってのは先刻(せんこく)ご承知で。

  実は履物(はきもの)を履(は)かずに来たんでさあ。


しわい屋:えっ、じゃあなんですか、お宅は裸足(はだし)で家(うち)に上がったんですか

     。

     ははは、あたしもそんな事がありゃしないかと思いましてね、


     家じゅうの畳(たたみ)を裏返しにしておいたんです。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)



※用語解説


・一分(いちぶ)

現代の価値で約二万円。江戸時代は四進法なので、

二分で四万円、一両は約八万円。


・風貌(ふうぼう)

顔立ちのこと。


・お菜(さい)

おかず。


・お下地(したじ)

しょうゆ。





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