落語声劇「吝い屋」
落語声劇「吝い屋」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約15分
必要演者数:2名
(0:0:2)
(2:0:0)
(1:1:0)
(0:2:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
男:ケチな男。ウナギの匂いをご飯のおかずにしたり、梅干し一個で
一ヶ月のおかずを賄おうとしたりと、かなりのしみったれ。
しかし溺れかけてる人間を助けるのにお助け賃を要求し、沈むまで
値段交渉をやめないのはさすがに人としていかがなものか。
しわい屋:男に輪をかけてケチな人間。
焼け落ちた他人の家から種火をもらってこようとしたり、
扇子を五年ごとに半分ずつ開いて使うことで十年使えるとか
言ったり、おかずに醤油を舐める際に、唾でもって逆に
増やしたなどと自慢したりするなど、こちらも大概である。
語り:雰囲気を大事に。1台詞のみ。
●配役例
男:
しわい屋:
※枕・語りはどちらかが適宜兼ねてください。
枕:世の中には「吝い」という言葉がございます。
同じ意味の言葉で「吝嗇」、「我利我利亡者」なんどという呼び方が
ありますが、今はあんまり使われてるのを見た事がありませんな。
だいたいが「ケチ」だの、「しみったれ」だの、「せこい」だのとい
う使われ方をします。ようは金銭や物を出し惜しみする行為の事、人
などを指すわけですな。
一口にケチと申しましても、きちんと理にかなった倹約の末にケチと
言われるならばまだ良いですが、中にはこんなしょうもない方法、
行き過ぎた方法をとって生暖かい目で見られたりドン引きされるよう
なやり方を素晴らしいアイデアだと信じて疑わないという輩もいます
ようで。
男:どうも、あなたが吝嗇の大家とあだ名されている方でござんすか。
お噂はかねがね…。
しわい屋:いやいや、それほどのものではありませんよ。
して、どのようなご用件でお見えに?
男:いえね、あっしも大分しわい方だと思ってたんですが、お宅のやり方
を人から聞いて、足元にも及ばないと悟ったんで。
しわい屋:なに、それほどでもありません。
世の中にはこんな方もいますよ。
例えば六日知らず、と呼ばれる人がいます。
男:なんですその、六日知らずてな。
しわい屋:この人は六日目を数える時に、惜しくなってしまうんです。
男:そりゃまた、なんでです?
しわい屋:日付を勘定する時に指を折って数えますな。
一日、二日、といきまして、さて六日目を勘定しようとした時、
それまでに折った指、これを開くのが惜しくなってしまうんだそ
うで。
男:ははあ、指は片手五本しかねえからね。
しわい屋:他にはさる商家の話なんですが、そこの旦那が店の内壁に釘を
打つからと、丁稚に隣から金槌を借りてくるよう行かせたら、
手ぶらで帰って来た。
男:おや、どっかで聞いた話だな?
…あ、それあっしのもと居た店じゃねえですかね?
定吉の野郎がおんなじこと言ってやがったんで。
しわい屋:そうなんですか?
男:ええ、続きはこうでしょ?
なんで手ぶらで帰って来たか定吉に聞いたら、隣の大工の吉公の野郎
が、「打つ釘は竹か、金か」って聞いてきたから、金釘だって答えた
ら、「金と金がぶつかると金槌がすり減るから貸せねえ」ってぬかし
やがった。
これに腹ァ立てた旦那が呆れて、「あんな奴からもう借りるな、うち
の金槌を使おう」って言ったんで。
しわい屋:そうそう。
あ、そういえばそこに奉公なすってたんなら、十人の使用人を
人件費削減のために五人に暇を出したというのは?
男:あ、そのうちの一人があっしなんで。
しわい屋:おや、そうでしたか。でしたら、その後はご存じで?
男:いえ、大した理由もなく切りやがったんでね、腹が立って噂の一つ
たりとも耳の敷居は跨がせてねえんで。
しわい屋:なるほど、噂一つ聞くのも惜しむとは、あなたもなかなかですな
。
なんでも、そのあとそれでも仕事が回るからって残りの五人も
暇を出して、夫婦で切り盛りしたそうですよ。
男:へえ、十人も暇出しといて回せたんで?
そりゃそうだ、ちょいと大きめの小間物問屋だしな。
しわい屋:それでしばらく夫婦で店を回してたんですが、ある時に旦那が
「あれ、これ俺一人でも十分店が回せるな。女房いなくてもい
いや」というので、女房を離縁したそうですよ。
男:へえ!?おかみさんを!?
商いと夫婦仲は関係ねえだろうに…。
しわい屋:これで驚いてちゃいけませんよ。
最期、どうなったと思います?
男:?まだあるんで?
しわい屋:挙句の果てには旦那さん、自分自身もいらない、と自決してしま
ったんで。
男:えッ!?
そうするんだったらあっしに店ェゆずってくれりゃよかったのに。
しわい屋:もったいないですよなあ。
そうそう、そういえばこないだ腹の立つことがありましてね。
向かいの家、焼け落ちてるでしょう。
男:ええ、火事ですかい?
しわい屋:そうなんです。
ちょうど飯炊きに火を起こそうと思ってね、焼け跡から種火を
もらってこようとしたんですよ。
そしたら住人の辰公が激怒して追い返されましてね。
男:はあ、別に焼け落ちた物なんだし、あとは廃材にするしかないんだか
ら、譲ってくれてもよさそうなもんですけどねえ。
しわい屋:まったくです。
今度もしうちが火事になったって、火の粉もやりませんよ。
男:そりゃそうだ。煙だってやる必要はねえや。
そうだ、あっしの家の向かいにウナギ屋があるんですよ。
これがウナギを焼く時に煙が出る。
そうしたらあっしの家でも飯を食い始めるんで。
しわい屋:【手を叩いて】
わかった。
ウナギを焼く匂いをおかずに、白米をいただこうてんですね。
男:そうなんですよ。
そしたらどっからそれを聞きつけたんだか、ウナギ屋の野郎が晦日に
家にやってきたんですよ。
しわい屋:ほう、いったい何しに。
男:ウナギ屋が言うには、「毎度ありがとう存じます。勘定をいただきに
参りました」とか言い出すんで。
しわい屋:お宅がそこのウナギを食べた事は?
男:あるわけないじゃないですか。匂いだけでもってご飯を食べてんです
から。
だから、「間違いじゃねえかい?俺んとこでウナギなんぞとった事は
ねえぞ」って言ったら、
「いえ、けして間違いではございません。この書き付けをご覧なさい
」てんで、見てみたら、「ウナギの嗅ぎ代・五百文」とか書いてある
んで。
しわい屋:嗅ぎ代!これは下手にそのウナギ屋の前を通れませんな。
男:いや、あっしも呆れて聞き返したんです。
そしたら、「手前どもがウナギを焼く煙は客寄せの為のものだから」
なんて言いやがる。
こいつァ驚いた、まさか嗅ぎ代を取られようとは思わなかったってん
で、いや、確かに嗅いだことはあるが、風の加減でそっちから勝手に
匂ってきたのは差し引いてもらえねえのかって聞いたんで。
しわい屋:そこまでケチなら引かないでしょうなあ。
男:ええ、びた一文負からねえとか抜かしやがる。
それでこっちもはたと閃いてね、銅銭を多めに入れた巾着を持ってき
てやったんで。
しわい屋:おや、払ったんですか?五百文を。
男:へへへ、話はしまいまでってね。
あっしが銭持ってきたのを見たら、とたんにウナギ屋の野郎が笑顔に
なりやがった。
守銭奴らしい、いやらしい笑顔ってやつで。
それで「ありがとう存じます」って手ェ伸ばそうとしやがったから、
手を出すんじゃねえ、耳を出せ、って言ってやったんで。
しわい屋:ん?手を出さなければ銭は受け取れないでしょう?
なぜ耳を?
男:向こうが嗅ぎ代で来るんなら、こっちは銭の音だけ聞かしてやろうと
思ってね。
それで目の前で巾着を落として、いいか、これが五百文の音だ、
よく聞いて帰れって言ってやったら、途端に苦虫嚙み潰したツラに
なって、すごすご帰っていきやしたよ。
しわい屋:ははは、匂いの代金に銭の音で返しましたか。
これはいい頓智だ。
男:あ、そういや、こないだ散歩してたんですよ。
そしたらね、むこうからケチで有名な親子が歩いてきたんで。
ちょうど長雨があがった後で川は増水してるし、道はぬかるんでるし
で危ねえなって思いながら歩いてたんだけど、案の定、ケチ親子の
父親の方が足ィ滑らせて川におっこったんで。
しわい屋:それは大変だ。で、どうしたんで?
男:どうやら息子が泳げなかったみたいで、あっしに助けを求めてきたん
ですよ。
しわい屋:ほう、で、助けたんですか?
男:まあ助けようとは思ったんですけどね、でも見返りは欲しいじゃない
ですか。
だから、「助けるならお代次第」って言ってやったんですよ。
しわい屋:まあ当然ですな。
それで、いくらにしたんです?
男:最初は一分って言われたんで。
けどね、ちょうどあっしも銭が入用な件が持ち上がってたのと、
いつもデカい顔されてたもんで、ここぞとばかり五両って言ってやっ
たんで。
しわい屋:ほう!それはまた大きく出ましたな。
いや、そうでなくてはいけない。
で、どうしたんです。
男:そしたら次は一両って言い出すから、「てやんでえべらぼうめィ!
てめえの親父の命が掛かってるってのに、一両なんて出し惜しみして
んじゃねえこのしみったれめ!」って返してやったんで。
しわい屋:やりますなあ。
さすがにそこまで言われたら、ケチといえど出さざるを得ないで
しょうな。
男:ところがあのケチ息子、頼むから三両でとかぬかしやがる。
ここが勝負どころと思って、「五両!びた一文負からねえ!助けて
やっから、ポンっと払いねェ!」って強気に出てやったんで。
しわい屋:おお、わかってらっしゃる。
しかしそう強気に押せるのも、お宅の風貌あってのものですな
。
それで、どうなりました。
男:それが、あっしらがお助け賃で押し問答してたら、親父の方が、
「もう出すな!それ以上出すな!五両なんぞ出したら、俺ァもう死ん
でしまう!」
とか言って沈んじまったんで。
しわい屋:ああ、そりゃあ惜しい事をしましたな。
男:ええ、三両で手打ちにしときゃよかったと思いましたよ。
ところでお宅は、金が残らないのは無駄というものがあるからいかん
と、こう言ってましたな。
そこであっしもいろいろ考えてね、ウナギの匂いだけじゃお菜の種類
が少ねえてんで、ひと月の食事のおかずに梅干しをひと粒だけいただ
いてるんですが、いかがなもんで?
しわい屋:ほう、ひと月の食事のおかずを梅干しひと粒で。
うん、えらい。
お宅には見どころがあるからあたしも意見をするんだが、
世間でやれ金が残らない、苦しいなんて愚痴をこぼす輩がいる
が、これは無駄をし過ぎるからいけない。
朝飯前に茶を飲みながら梅干しを二つ食ったなんてのね、
あたしに言わせるとバカですよ。
それで、お宅はひと月のお菜に梅干しひと粒と言う話でしたが
、どういう風にしてやるので?
男:ええ、ひと月をまぁ大体三つに分けましてね、
一番初めの十日は梅干しを見ていただくんで。
しわい屋:…うん?ちょいとお待ちなさい。
するとなんですか、食べないので?
男:ええ、皿に乗っけましてね、梅干しは酸っぱいもんだなあと思って、
じーーっと見ているうちに口の中へ酸っぱい水が溜まってくるんで、
その勢いでいただくんで。
しわい屋:ははは、なるほど。そりゃあいい考えですな。
じーーっと見ていただくと。
男:次の十日に梅干しの実を食べて、いちばん終いが種をしゃぶりながら
やっているんで。これでひと月のお菜になりますな。
しわい屋:ほうなるほど。じゃあ種は残るわけですな。
男:ええ、これを晦日の日に飲むんで。
しわい屋:晦日に?種を?
お蕎麦の代わりに種とは…まあいくらかお腹の足しにはなりま
すか。
しかし、ひと月に梅干しが一つ減る勘定だなんて、不経済にも
ほどがありますな。
男:ほう、いけねえんですかい?
しわい屋:だいいち、物を減らしちゃったらもったいない。
あたしなんざ、近ごろおかずを増やしてますがね。
男:へえ、食うんで?
しわい屋:ああいやいや、食べているけど向こうで増えるんですよ。
男:え、向こうで増える??
いったいどういう事なんで?
しわい屋:いやぁ、別に不思議な事はありませんよ。
種を明かすと醤油、お下地を大きなどんぶりへ半分ばかり入れ
て、これを舐めるのに秘伝があるんです。
箸にじゅうぶん唾を含ましてどんぶりへ突っ込んでから、
ちょいと軽く舐める、こうやるてえと、はじめに唾を含めるか
らその分が余計にどんぶりに入るから増えると、こういうわけ
で。
男:汚いな。
唾でもって増えるというのは恐れ入ったね。
ところで夏になると、みな扇子を使うじゃないですか。
あっしは一本で十年使える使い方を考えたんで。
しわい屋:ほほう、どういうやり方です?
男:最初は扇子を半分広げて五年使って、痛んだらこれを閉まって
あとの半分で五年使うというもので。
しわい屋:なるほど。ははは、しかしそれでは使い方が荒いですな。
男:え、いけねえんですかい?
しわい屋:一本で十年はもったいないですな。
あたしなら、四、五十年は保たせられますな。
男:そりゃ、つまりお使いにならねえと?
しわい屋:いえいえ、ちゃんと使いますよ。
お宅は半分ずつ開いて使うとおっしゃったが、あたしは残らず
広げます。
そもそも扇子を使って扇ぐという考えがいけない。
扇子を固定して、首を振るんです。
男:はあぁ、こらァどうも驚いたなァ。
もっといろいろ話をうかがいてェんですが。
しわい屋:ええいいですよ。
夜分ならようございますから、いつでもいらっしゃるといい。
男:じゃあいずれうかがいやす。
しわい屋:お待ちしてますよ。
語り:いやはやとんでもない節約術があったもんでございます。
さて、約束の通りに男がしわい屋の家を夜に訪ねますてえと、
すぐに出迎えを受けます。
しわい屋:ああ、あなたでしたか。
まだ寝てませんから、どうぞこっちへお上がんなさい。
男:え、いいんですかい?
灯りがねえからてっきりもう寝てたのとばかり…。
しわい屋:ああ、夜分は灯りを付けないんですよ。
贅沢だから。
まぁまぁまぁ、何にもありませんが、こちらへどうぞ。
男:それじゃ、ご免なすって…。
ふう、やっと目が慣れてきたーーって!、こ、こいつァ!
え、裸でいらっしゃるんで…!?
しわい屋:ええ、そうですよ。
男:いや、こいつァ恐れ入ったねェ…。
しわい屋:いやいや、なにも恐れ入るほどの事はありませんよ。
暗い所で着物を着たって無駄だから、脱いで畳んであるんです
。
男:えッ、もしかしたら、四季にかまわず?
こりゃまた恐れ入ったなァ…
寒くないんで?
しわい屋:ええ、寒くない事をしていますから。
男:へえ、あんかでも使ってるんで?
しわい屋:違いますよ。
あたしの頭の上をご覧なさい。
男:上?
おっ、こりゃ、でかい石が細い糸で吊るしてあるぞ。
あぁ~なるほど、うまい考えだねえ。
寒くなってきたら下からこの石をギュウって持ち上げて、汗をかこう
ってんですかい?
しわい屋:ははは、冗談言っちゃいけませんよ。
そんな力を入れたら腹が減ってしょうがない。
ただぶら下げておけばあったかいんですよ。
なにしろ家が古いのにね、吊るしている縄は柔いときてる。
ちょいと風があるとミチミチ言いながら石が動くんです。
いまに縄が切れて石が落っこってこないか、もし落ちてきたら
あたしの命がなくなる。
縄が切れるか、石が落ちるか、そう思うと冷や汗が出ましてね、
そりゃあもうあったかいですよ。
男:~~なんだか、嫌な心持ちになってきやがったよ。
また改めてうかがいますんで。
しわい屋:なんだね、ゆっくりしていけばいいじゃないですか。
せっかく水でも入れようと思ったのに。
…?何をしておいでで?
男:ああ、履物を見るんで灯りを付けてもらえませんかい?
しわい屋:そりゃあ困った。灯りはないんですよ。
お宅の立ってる足元に石は無いですかな?
男:石?…ああ、あるな。
しわい屋:ありますか。
じゃあそれをお貸ししますから、目と鼻の間をどついてごらん
。
男:目と鼻の間を?
そんなことしたら目から火が出るじゃねえか!
しわい屋:ええ、目から火が出るからその灯りでお探しなさい。
男:へへへ、お宅がそんなこと言うだろうってのは先刻ご承知で。
実は履物を履かずに来たんでさあ。
しわい屋:えっ、じゃあなんですか、お宅は裸足で家に上がったんですか
。
ははは、あたしもそんな事がありゃしないかと思いましてね、
家じゅうの畳を裏返しにしておいたんです。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭圓生(六代目)
※用語解説
・一分
現代の価値で約二万円。江戸時代は四進法なので、
二分で四万円、一両は約八万円。
・風貌
顔立ちのこと。
・お菜
おかず。
・お下地
しょうゆ。




