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吸血鬼怪談

彼岸花の下には

作者: H2O

彼岸花の下には、死体が埋まっている。

俺の親友の死体だ。

俺が殺した。



「道長さんのとこの彼岸花はすごくきれいだね。」


新聞配りにきた女学生エツ子が関心したように言う。


「ほかのとこで咲くのより色が鮮やかだよ。」


「土がいいのかもしれないね。」


下に死体があるから花弁が紅くなるのかもしれない、とは口に出さなかった。


「そういえば、道長さんはすみれさんと顔見知りだったよね。」


「あぁそうだね。

すみれさんの婚約者は俺の親友だからね。」


「最近すみれさん元気ないみたいなんだよ。

今朝もすみれさんのとこへ新聞配りにいったんだけど、ひどく青ざめていてねぇ。

道長さん、なんか知ってるかい?」


「もしかしたら、秀明が…すみれさんの婚約者が行方不明になったからかな。」


秀明というのが、彼岸花の下に埋まった死体の名だ。

秀明と俺は高等学校で出会い、すぐに親しくなった。

長期休みにも彼と遊び歩くようになり、そのときに彼の婚約者すみれさんを紹介された。

俺がすみれさんに恋慕を抱くのに時間はかからなかった。

しかしすみれさんは秀明に惚れ込んでいた。

俺のつけいる隙などなかった。

秀明はいいやつだった。

でも、俺は友情より恋を優先した。

だから殺した。

人気のない路地へ呼び出して、包丁で腹をぐさりと刺してやったんだ。



けれどもエツ子は首をかしげる。


「秀明さん、行方不明になったのかい?

そんなはずはないと思うけど。」


「どういうことだい。」


「だって、すみれさんは昨日も秀明さんと出かけたよ。

あたし、学校帰りに見かけたんだ。」


「見間違いじゃないのかい。」


「あれは確かに秀明さんだったよ。

あたしの友達もそう言ってた。

ほら、秀明さんは美男子だろう。

だから友達も顔を覚えてたのさ。」


次の配達があると言ってエツ子が去っていってからも、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。

秀明が生きているはずがない。

だってあのとき、俺は確かに殺したんだ。

見間違いだろう。

きっとそうに決まっている。

だけども不安は消えない。


「馬鹿馬鹿しい。

生き返るはずがない。」


俺は不安を取り除くように口に出した。

確かめてみればいいのだ。

そこに埋まっているのをみれば、不安も消えるだろう。

俺は小屋からスコップを持ち出し、彼岸花をかき分けて土を掘り返した。

そうして腰を抜かした。


「いったいどうして…。」


埋まっていたはずの死体はそこになかった。



それから俺はどうしたのか、記憶が朧げだ。

気がつけば、恐怖に駆られて逃げるように走っていた。

がむしゃらに走っていた俺は、見慣れない看板を見つけて立ち止まった。


「吸血鬼退治…?」


荒れ果てた広い屋敷の脇、西洋造りの離れの前に看板はたっていた。

俺は引き寄せられるように、その洋館の戸を開ける。



「こんばんは。

ご依頼でしょうか。」



挨拶をしたのは濃紺の袴を着て、洋風の帽子を被った男だった。


「あの、吸血鬼退治って看板を見たんですけど…。」


「ええ、ここは吸血鬼退治を引き受ける事務所です。」


男は凛太郎と名乗った。

凛太郎に勧められるままに、俺は西洋風の椅子へ腰掛けた。


「吸血鬼とは、何ですか。」


「吸血鬼とは、いわば動く死体です。

姿形は生きていたときそのもの。

生前の記憶をなくすでも、人格が変わるでもない。

ただ吸血鬼は、人間の生き血を啜るようになるのです。」



それで俺は確信した。

秀明は吸血鬼になったのだ。

吸血鬼として蘇った秀明は土の中から逃げ出したんだ。

そして俺にばれないように開いた穴を埋めて彼岸花を元にもどし、すみれさんのもとへ行ったんだ。

すみれさんの生き血を飲んで生きながらえているに違いない。

すみれさんの顔色が悪かったのはそのせいだ。


「凛太郎さん、退治してほしい吸血鬼がいるのです。」


「お引き受けいたします。」


凛太郎はニタリと笑った。





俺と凛太郎は、すみれさんの家へと向かった。

きっと秀明がそこにいると俺がいったからだ。

道すがら俺は凛太郎に尋ねた。


「あなたは吸血鬼退治を生業にしてるのですか。」


「いえ、本業は教師です。

このところよりいっそう火葬が主流になってきたでしょう。

だから吸血鬼事件は減っているんですよ。

何かしらの理由できちんと葬儀が行われなければ別でしょうが。」


俺は一人納得した。

秀明が蘇ったのは、俺がそのまま土に埋めてしまったからだ。

今度はきちんと焼いてやらなきゃ。



「生業にしているのでないなら、どうして凛太郎さんは吸血鬼退治をしているのですか。」


俺の問いに答える凛太郎は寂しそうな顔をしていた。


「死んだ親友と約束したんです。

吸血鬼を全て退治すると。」


そうこうしているうちに、すみれさんの家へ着いた。



「吸血鬼がいるのはここです。」と俺がいうが否や、せっかちな凛太郎はガラリと無遠慮に扉を開けた。



「すみれさん!」


そこには思った通り、すみれさんと秀明がいた。

秀明は生白い肌も澄ました瞳も、生きていたころそのままだった。

すみれさんは秀明の肩に手をかけていて、秀明は今にもその首にかじりつこうとしていた。


「すみれさん、離れてください。」


俺はすみれさんの肩を掴んで二人を引き離す。


「道長さん。

どうしてここにおられるのです。」


驚いた顔のすみれさんの問いには答えず、「奴は吸血鬼なのです。逃げましょう。」と言う。

しかしすみれさんは首を横にふる。


「いやよ。

わたしは秀明さんを愛しているんだもの。

秀明さんが吸血鬼だろうが、秀明さんと添い遂げるのよ。」


「それはなりません。」


凛太郎はひどく悲しそうにいった。


「吸血鬼と人間は共存できないのです。

何人も訪れた死からは逃げられない。

残された側は、とても辛いですが別れを受け入れなくては。

愛する人を化け物にしてはいけません。」



ほろりと涙がすみれさんの頬を伝う。

秀明の手が伸びて、その涙をぬぐう。


「すみれさん、ごめんなさい。

あなたを幸せにするという約束を果たせなくて。

でも、僕はずっとあなたを想っています。

だからきっと、幸せになってくださいね。」



秀明は凛太郎へ微笑む。

凛太郎は苦しそうな顔を浮かべるも、覚悟を決めると懐から杭と金槌を取り出した。


「やめて!」


「すみれさん、なりません。」


俺は悲鳴をあげるすみれさんを抱き止めて、見ないですむよう彼女の顔を胸にうずめてやった。

それでいて自分の顔は凛太郎と秀明のほうへむけていた。

凛太郎が秀明の胸に杭を打つのをしっかりと見ていた。



「これで吸血鬼はいなくなりましたね。」


俺は満足したことをかくせなかった。

しかし凛太郎は水を指すように「いいえ、まだです。」といった。


「なぜです。

他にまだ吸血鬼がいるのですか。」


「ええ。

あなたですよ、道長さん。」


俺は耳を疑った。


「なにいってるんですか、俺が吸血鬼なわけないでしょう。

だって俺は生きている。」


「いいえ、違うわ。」


すみれさんがいった。


「だって道長さんは、わたしが殺してしまったんだもの。」




そうだ、思い出した。

あのとき。

彼岸花の下を掘り返したとき。

秀明の死体が見つからなくて腰を抜かした俺は後ろから来た者に背中をさされた。

振り返った先にあったのは、憎しみを込めて俺を睨むすみれさんの顔だった。




「あなたが土を掘り返しているのをみて、秀明さんを殺したのはあなただとわかったの。

戻ってきた秀明の体は土まみれで、彼岸花の花びらがついていたもの。

そう思ったら耐えきれなくて刺してしまった。」


「そんな…。」


知られたくなかった。

すみれさんには、俺が殺したと知られたくなかった。

こんなふうな憎しみの目を向けられたくなかった。

絶望する俺に凛太郎は冷たく言う。


「吸血鬼ならば退治せねばなるまい。」


俺はもう抵抗する気もなかった。

杭が打たれるとき、俺は罪を犯した者には報いが待っているのだな、と考えていた。

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