始まりは突然
早く大人になりたいと思った。
大人になれば、恥ずべき記憶、振り返りたくない過去、後悔に塗れた思い出すべて美談にして、割り切ってしまえると持った。
社会の喧噪の中で、がむしゃらに働いて、かつて持て余した心と時間を消費して、忙しなくあればいつか笑い話になるんだと。
でもそれはいつも心と頭のどこかわからないところにいる。それは逃がさない・目をそらさせない。そんなものが終始俺を、思考を、感情を終始縛り続けている。
だがもし、それをいつか過去に残置されたものを取りに行けるのなら、俺はすべてをかなぐり捨てて取りに行くだろう。
「ふぅー」
街灯だけが照らす帰り道を大きくため息をつき俺は自宅へと歩を進める。
週末だからまだマシとはいえ、終電間際まで仕事なんぞしたくもない。
「まあ、家で一人無気力にいるよりはいいかなぁ。」
卒業して一人暮らしをして早3年、上京したもんだから気軽に会える友人こっちにはいない。
そのせいかは知らないが、独り言が増えたようだ。
そもそも向こうには居たくなくてわざわざ出てきたんだ。これが自分で望んだことなのだ。
いつまでも後ろ髪を引くモノたちから逃げ出したかったんだ。
ああ、遠くまで来てもまだ鮮明に思い出してしまえる。
機会はいくらでもあった、それを見て見ぬふりをしたのは・・・
「・・だめだ。また余計なことを考えた。」
そうだ、俺はもう立派な大人だ。
一人で何でもできる。ここからいくらでも人生を楽しめるんだ。
そうだ、今日は帰ったら見たい映画があったんだ。
この思考を置き去りにしたくて、肌をなでる夜風を切り、速足で進んでいく。
家のすぐ近くのこの横断歩道をは毎回長い。
俺はこういう時間が嫌いだ。
さっきみたいな考えたくもないことを考えさせられる。
信号が変わるより少しだけ早く足を踏み出した。
この夜の静寂から早く抜け出そうとした。
映画を見ながら何を食べようとかそんなことを無理やり考えようとしながら。
刹那 ヘッドライト クラクション つんざくブレーキの音 赤く照らされたアスファルト 回る視界
自由の利かない体 それと同時に襲う浮遊感 不思議と痛みはなかった その次の瞬間にはもう終わっていたのだから
『ここで終わりたいかい?』
声が聞こえる。
真っ暗だ。目を開けることができない。身体が動かない。そもそも自分の体がわからない。力が入らないとかじゃなく輪郭をたどることすらできない。意識だけがぷかぷか宙に浮かんでるみたいだ。
(どういうこと?)
『君の人生はここで終わりでいいかい?』
(俺の声が聞こえてる?)
『厳密には違うけど、その解釈でも間違いではないね。』
男性?いや女性?若い?老人?そういわれればそう聞こえてしまうようななんとも形容のしづらい声だ。
少なくとも今が異常事態であることは理解できた。
(えっと、状況が呑み込めないんだけども。)
『おっと、すまないね。説明を忘れていたね。簡潔にいうと君は車にはねられ死んでしまった。』
あれが夢だったわけではないと。
『本来ならそのまま新たな生として生まれるはずだったけど、僕が特別に引き留めているんだよ。』
『僕は君たち風に言えば、”神様” だ。』
・・普通ならそういう勧誘はお断りします的なことを言わなきゃならないシチュエーションだが、これだけイレギュラーな場合は無理にでも信じざるを得ない。
(それで、えーその”神様”?が一体俺に何か御用でしょうか。)
『おお、理解が早いね。ということで早速本題に入ろうか。』
『君には選択肢があるんだ。』
(選択肢?)
『そう、僕は”神様”として君たちヒトを評価しているのさ。君風に言うなら人事評価ならぬ”神事評価”ってとこかな。』
『君たちが過ごしてきた年月、その中で君らがどれだけ満たされていたかを観測しているのさ。その上でで充足した時を過ごして者にはより厳しくも喜びに満ちた人生を、見たいな感じにね。』
最初がやかましいがまあなんとなくわかってしまう自分に腹が立つ。
(つまり”神様”は俺たちが人生に満足できたかどうか採点してるってこと?)
『そういうこと!物分かりが早くてよろしい。で、さっき伝えた選択肢があるってところにつながるんだけど。』
『君の人生は歪だ。つつがなく学業を修め、独り立ちして一般的な水準の生活を送れている。社会の中での評価もまずまずだ。このまま進めば様々な形の幸福を掴めただろう。一方で君の感情は常に後ろ向きだ。トラウマという言葉では足りないほど君は過去に固執している。現在に見出せるはずだった喜びも、先に見えかけていた幸福も、その過去が全てを覆い隠してしまっている。』
俺も前を向こうとした。過ぎたことだと、人であるなら必ず間違うものだと理由を探し、前に進む糧にしようとした。それでもそれはもう過去を超え先にも現れていた。今起こっているすべてが、これからやってくるあらゆるものが、それを映すスクリーンになっていた。
『本来なら、君は新たに充足できる人生へ向け転生するはずだった。だけどそれではあまりにも君の過去が報われないと思った。だから選択肢を用意した。もし君が望むなら君を、君が縛る過去が起こる前に戻してあげると言ったらどうする?』
(やり直せるってことか?もう一度?)
『そうさ、特例だけどね。チャンスは一度きりだがもし君が望むなら連れて行ってあげよう。』
無意味なことを繰り返し繰り返し考えた。もしもう一度と。あの時こうであったらなと。答えは、一つだ。
(連れて行ってくれ。)
『そうだと思ったよ。』
顔も見えないはずなのになぜか笑いかけられたような気がした。
『再評価を始めよう。次は、君の人生に最高点をつけさせてくれよ。』
意識が遠のき、どこかへ吸い込まれていく。同時に感覚がよみがえる。
「まかせとけよ。この世の誰より満足してやるから。」
視界を包んでいた暗闇が晴れていく、光へ向け進んでいく。
過去に戻るのに気持ちは今までで一番前向きだ。
あの自称"神様"から最高の評価を奪ってやろう。
始めよう、俺を苦しめた過去に未来の俺からの復讐だ。




