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DIVEはやらぬ

作者: 桂螢

初恋の人が自死してしまった。遺書もメッセージも何も遺さずに。なぜ、これまでの思い出も努力も全てなげうったのだろう。


彼は大学の同じゼミ生だった。同い歳だが、帰国子女ゆえに英語が堪能で、尊敬していた。


ある日ゼミの中で、窃盗事件が発生し、唯一現行犯で目撃したのが私だった。教授と他の学生は、悲しい哉、信じてくれなかったが、なぜか彼だけは私の言い分を全て信用してくれた。元々相性が良かったのか、事件をきっかけに腹を割って話せるようになった。


初めてのデートは、大胆にも私が一人で住むアパートだった。接吻も性交も、お互い人生初めてで、始終初々しかった。私たちは照れながらも、真剣に情熱を全身で証明した。お互い不器用な初心者なので、愛情を表現するのを一つ一つ手探りし、一つ一つ確かめ合った。彼の唇と指先と陰茎は、皮膚から身体の深部まで、まぎれもなく確実に、記憶に刻み込むように伝わった。


長い交わりを終え、倶に下着をつけながら、私の方から「付き合いたい」と、交際を願い出た。だが、想定外なことに彼は「恋愛は苦手だから」と断ってきた。がく然と立ち尽くす私を尻目に、彼は何事もなかったかのように部屋をあとにした。


その翌日、寝耳に水な信じ難い連絡が入った。彼が瀬戸内海を渡るフェリーから飛び降り、入水自殺を遂げたというのだ。遺書らしき物は何もなかったという。しばらくしてゼミ生から、彼が何年も精神科に通院していたとの噂を聞いた。


私は好きな人に、何か悪いこととか、傷つけるようなことをしただろうか。人生には、答えが見つからない謎が、星の数ほど有る。歯がゆいし、つらい。あの夜更けに、身体を重ねるのを終えてから、彼が見せた困ったように笑う顔は、私の脳をいつまでも縛りつける鎖と化した。


葬儀の数カ月後、彼の命を奪ったあんなに見るのが嫌だった海を見に行った。トラウマを若干乗り越えたのだろうか。


港に立ち尽くして思った。私はダイヴは今はやらない。まだまだ絶対長生きしたいだなんて、優等生な気持ちはみじんもない。繊細で生真面目な彼とは異なり、私は厚顔無恥かつ臆病な性分だから、ダイヴをしないしできないのだ。生きていて、様々な煩悶を一つ一つ真剣に考えていたら、誰だって消えてしまいたくなる。彼が死ぬ間際に見た海の中を見たくなったが、やっぱり私は生きて、色んな物語や生き様を知りたいと思った。

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