巡り合わせ
巡り合わせ
改札口を出ると、いつも通りの駅前風景が広がっていた。人ごみの中、ふと視線を感じて足が止まる。ベンチに腰掛け、眠る男。見覚えのある顔だ。近づいてよく見ると、高校時代からの旧友、次郎だった。
「次郎?」
声をかけても反応がない。肩を揺すってみると、ようやく重い瞼を開いた。
「お、哲也か。随分久しぶりだな。」
そう言うと、次郎は苦笑いを浮かべた。
「ご苦労さん。パチンコで少しやらかしてな、もう家には帰れん。」
彼は、ポケットからボロボロになったタバコの箱を取り出した。
「一本どうだ?」
私はためらわずにタバコを受け取り、火をつけた。
二人で並んで座り、煙を吐き出す。
「パチンコか・・・・」
「そうよ、もうダメだ。借金も膨らんでさ」
彼は、無力そうに肩を落とした。それでも、彼の目はどこか輝いていた。
「でも、まあ、こんなもんか」
次郎は、タバコの火を消しながら、ぼそりと呟いた。
「昔は俺のほうが成績良かったよな」
「ああ、そうだったな」
私は頷いた。高校時代、次郎はいつもクラスでトップの成績を維持していた。一方、私はいつも彼の影を追いかけるような存在だった。
「ギターだって、俺の方が上手かったよな」
「まあ、そうだな」
彼は、当時流行っていたフォークソングを弾き語りするのが得意だった。私は彼のギターの音色にいつも魅了されていた。
「でもさ、俺はいつもどこか落ち着きがなかったんだよな。向こう見ずで、考えなしで」
彼は苦笑いを浮かべた。
「お前はいつも冷静だったけど、俺みたいにならないようにって、いつも思ってた。」
私は。彼の言葉に複雑な気持ちになった。彼はかつての自分と今の自分を見比べているのだろうか?」
「次郎、ちょっと考えさせてくれないか?」
しばらく沈黙が続いた後、私は口を開いた。
「施設とか、そういうところに入ってみるのはどうだ?」
彼の顔色が一瞬変わった。
「施設か・・・・」
彼は、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「そうだな、一度、話を聞いてみるか」
私は、次郎の肩に手をかけたまま、しばらく考え込んだ。昔、高校生の頃、二人でちょっとした悪戯をしたことがあった。人気のないデパートで、勢いで万引きをしてしまったのだ。そのとき次郎は
「これはダメだ。明日、一緒に返して謝ろう」と、真っすぐな目でそう言った。私は、彼のその誠実さに心を打たれた。
「次郎、覚えてるかい?」
私は、懐かしそうに語り始めた。「あのとき、デパートで・・・」
次郎は、私の言葉を遮るように言った。「ああ、あれか。お前、そのあと、俺に全部渡してくれたよな」
私は、苦笑いを浮かべた。「そうだったよな。お前が謝りに行こうっていうから、全部渡して、俺は何も言わずに家に帰ったんだ」
「すまなかった、おかげで、俺はあの時、良い経験ができた。」
次郎は、静かにそう言った。私は、次郎の瞳の中に、過去の自分と重なる何かを感じた。
「あの時のお前と、今の俺は、何も変わっていないのかもしれない」
私は、財布から数枚の札を取り出し、次郎に手渡した。
「これ、受け取ってくれ」
次郎は、一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう、哲也」
私は駅を出ると、深呼吸していつもの道を歩いた。家に入ると、妻がキッチンから「ただいま」と声を掛けてくる。いつもの穏やかな声が、どこか遠く感じられた。
「ただいま」
私は応えた後、リビングのソファに腰掛け、窓の外を眺める。今日の出来事を一つ一つ思い出しながら、次郎の顔、彼の笑みを何度も何度も想像した。
「次郎に会ってきたんだ」
私は、そう呟くように妻に告げた。妻は料理の手を止め、こちらを見てくる。
「そうなの?元気だった?」
妻の優しい笑顔に、私は心が安らぐ。でも同時に、何か言わなければいけない気がした。次郎の置かれている状況、そして自分が彼にしたこと。
「ああ、元気だったよ、でも、色々大変そうでね」
私は、言葉を選びながら話し始めた。次郎の話を、ありのままに妻に伝えた。
「そうなんだ。大変だね」
「人生って、本当に分からないものだね。運なんていうのもあるのかもしれない。」
私は、ぼんやりと窓の外を見つめながらそう呟いた。
「でも、哲也はいつも優しいから大丈夫よ」
妻は、そう言って私の肩に手を置いた。
私は、妻の温もりに包まれながら、複雑な気持ちになった。次郎との再会は、私の心に大きな波紋を広げた。そして、私は、自分の人生、そして周りの人たちとの関係について、改めて深く考えるようになった。
夕食のテーブルにつくと、妻が笑顔で話しかけてくる。私は、彼女の笑顔に顔を向ける。どこか後ろめたいような、罪の意識のようなものが、私の心をよぎった。
終わりです。読んでくれてありがとう!!!