表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

番という呪い

作者: 夏斗

少し暴力的な表現と、男女関係を匂わせる描写があるのでR15にチェックしておりますッ!


「――アンよ。番とは、己の一生をかけて探しまわり、そして見つかるからこそ番なのだと。

我はそう思うのだ。」



「はぁ…まぁ、そうかも知れませんね。」



「そして今まさにッ!この目の前のパン屋からッ!感じたことのない衝動を感じるのだッッッ!」



「お腹空いてるんですか…?朝はちゃんと食べましたか?」



「おぉ!アンよッ!まさしくあの娘こそッッ!私が!第100代龍帝国の皇であるこのスイセンが!求めていた女性であるッッ!!」


「すいませーん、このお店でオススメのパンってどれですか??」


―――――――――――――――――――




「――ということで、そなたには我が龍帝国に来て我が妃となってほしい!」


我が龍帝国には番という文化がある。


特に龍の血が色濃く残る皇族には番を求める傾向が強く発現し、龍族とはいえその血が薄くなっていくほどその傾向は弱くなるとされる。


第100代龍帝国を統べる我は、特にその血が濃かったのか、物心ついた時より何かが欠けているような、何かを求め続けているような気がしていた。

 

それが番という文化を知った時にしっくりきたのだ。

あぁ、そうか。我のこの不完全な心を埋められるのは番という存在だけなのだと。


しかし番には生涯出会えない者もいるという。

そんなことを考えただけで我の気は狂いそうであった。


龍帝国では探しに探したが、ついぞ見つかることはなかった。それを踏まえると、もし番がいるとしても龍族ではないというのが我の見解である。


その為、見聞を深めるという建前の元、定期的に他種族の国へ番探しの旅に出ているのである。



護衛兼監視役のアンを連れて。



「あ、あの…ど、どなたですか…?」



「おぉ…。その花も恥らう(かんばせ)、鈴の鳴るような声…。さすがは我の番であるッ!」



我が番との出会いに感動していると横から盛大にため息をついたアンに指摘される。



「はぁ…。スイセン様。まずは自己紹介をしないと…。彼女、不審者をみる目で貴方のこと見ていますよ。」



「むっ…これは失礼した!我は第100第龍帝国の皇である完全無欠のスイセンである!そしてそなたは我が番!我の心がッ!身体がッ!そなたが近くにいたであろう時から歓喜に打ち震えているので間違いないのであるッッッ!!」


「わ、私が番…?」



彼女は驚いた顔をしているが無理もない。

なんといってもこの我の伴侶となるのだからッ!



「そうともッ!貴女は感じないかッ!この私にッ!何かを求めるような気持ちをッッ!!」



そういうと彼女は胸を抑え、下を向いた。



「番……スイセン……龍帝国………。あ、あぁぁぁぁッッ!!」



彼女がなにかに気づいたかのごとくこちらを見る。



「わ、私!あなたの、スイセンの番です!ずっとスイセンを探していた気がします!!」


それの言葉を聞いた我の心が歓喜に打ち震える。


「おぉ…!おぉッ!聞いたかッ!聞いたかアンッッ!我の番はやはり我のことを求めていたみたいだぞッ!それでこそ我が番!我は今すぐ踊りだしたい気持ちだぞッッ!!」



「はぁ…それは良かったですね…。えぇと…貴女、名前はなんというのかしら?」



「そういうあんたこそ誰よッ!名前を聞くときは聞く方から先に名乗るのよッ!というか、私のスイセンとあんまり仲良くしないでよねッ!」



「………。失礼致しました。私はアン=グレカム。スイセン様の護衛兼監視役として番様探しの旅に同行させて頂いておりました。」


「ふんッ!私はマキよ!アンだかナンだか知らないけど私とスイセンの仲を邪魔するようなことだけはしないでよね!」


アンにそう言うやいなや、私の腕に抱きついてくるマキ。

ふむ。これは少し注意が必要であるな。



「マキよ。アンにあまり無礼をはたらくものではないぞ。 


アンは我の幼馴染であり、一番の友であり、我が唯一背中を完全に任せられる相手なのだ。


自己紹介の際に我は完全無欠と言ったが、それはアンがいてこそなのだ。勿論、番であるそなたも必要だがな!ワハハハ!」



「スイセン様がそういうなら少しは我慢しますけどぉ…他の女なんて見ずにぃ…私だけ見ててくださいねぇ…?」


「おぉッ…!アンよッ!我が番のなんといじらしいことよ!こんなに思われるとは我は幸せ者よ!」


「はぁ、まぁいいんじゃないですか。スイセン様がいいなら。」



アンは呆れたように言う。



そしてこの時、アンとマキがお互いを睨み合っていた事など、知る由もない我だったのである。




――――――――――――――――――――




やった…!やったわ…!!私、異世界転生してるわ…!でも、この作品はなんていったかしら…

確か『赤き龍の誓い〜龍の番は唯一人〜』だったっけ…?


ストーリーは全然覚えてないけど、この作品は攻略対象の顔がいいのよねぇ〜!


私の推しは宰相のオニユリ様!

でも将来性なら皇のスイセンが一番よね…!甘やかしてくれそうだし!

でもでも、スイセンの弟のホオズキは顔が一番タイプなのよねぇ…!


美形達みんなに私を見てほしいからハーレムルートもありよねッ!

ウフフ…!夢が広がるわぁ!!


スイセンは暑苦しいから苦手だけど、取り敢えずスイセンに気に入ってもらうところからね!



というか、アンなんて女知らないんですけど!

スイセンとも仲良さそうだし…

ゲームにはでてこなかったと思うんだけどなぁ…


こっち睨んでくるし、邪魔だからスイセンと早く仲良くなってモブキャラには退場してもらおっと。




――――――――――――――――――――




「ワハハハ!今日も我が番はいじらしいな!アンよッ!そうは思わんかッ!」

 

「はぁ…別に私はそうは思いませんが。というか、あの方に贅沢をさせ過ぎでは?」




「ここからここまで全部頂戴ッ!!ウフフ…一回これ言ってみたかったのよねぇ…!」



あれから我らは龍帝国に戻った。


我は番を大々的に発表し、パレードでも行うべきだと思ったのだが、マキが人族である為、龍族の文化や知識を学んでから発表するべしというオニユリとアンの意見、そしてそれに賛成したマキの意思を汲み取り、まずはマキに我等に慣れてもらおうと暫く王宮に住まわせることにしたのである。



「まぁまぁ良いではないか。あれくらいは可愛いものよ。さすがにこの世界が欲しいと言われた日には我も困ってしまうがなッ!ワハハハ!」   


「はぁ…そうですか。ですがそろそろ止めないとオニユリ様から色々と言われますよ。」


「なんとッ!それはまずい…!アヤツの小言は長いからな…」



買い物を終える為、マキに声をかける。



「買い物これでおわりなんですかぁ…?私、もっと買い物したかったのにぃ…」



「ワハハハ!我が番、マキよ!すまないな!これ以上そなたに買われてしまうと我がオニユリに怒られてしまうのだ!アヤツの小言は長い!我を思うなら勘弁してくれ!」



すると我の真後ろから声がかかる。



「ほほぅ…我が主はどうやら私の忠言を小言と思っていらっしゃる様子。小言と思うならばこれからは言わないほうがよろしいか。」


「ワハハハ!オニユリ!まぁそういうな!我にはそなたが必要なのだ!我の背中を任せられるはアンだが、我の頭はお主なのだ!我が道を切り開き、そなたが道を整備する!我はそなたを100%信じている!だからそなたも我を信じよ!」


「全く。我が主は困ったお方だ…。


まぁ…そんなこと言われてもこれ以上の買い物は許しませんが。」


「すまんなマキ!やはり買い物は終わりのようだ!ワハハハ!」


するとマキはオニユリのことをチラチラと伺いながら言う。


「オニユリ様がそういうなら…」

    


マキは買い物は終わりと伝えた際にはがっかりした表情になっていたが、オニユリを見るなり分かりやすく表情が明るくなっていった。


むぅ…まぁオニユリは我と違い年齢問わず女性からの人気も高い故、致し方無いことではあるとは思うが…。 


「マキよッ!そなたの番は誰か?そうッ!そなたの番は完全無欠のこのスイセンであるッ!だから他の雄にそんな物欲しげな顔をするでない、我は嫉妬で狂いそうだぞッ!ワハハハ!」



我の嫉妬を伝えると、マキは顔の前で手をぶんぶんと振りながら言う。



「えッ!私そんな目でオニユリ様のこと見てないですぅ!私はスイセンの番ですから!スイセンしかみえてないですよぉ!」



マキが必死に否定していたその時、勢いよく扉が開き我を咎めるような声がかかる。



「兄上ッッ!」


「どうした弟よ。我に何か用事でもあるのか?」



こやつは我が弟であるホオズキ。



「またマキをいじめているのですかッ!マキはまだこちらの風習や文化に慣れていないのだから優しくしなくてはと、あれ程言ったではないですかッ!」



「はぁ…お主にはこれがいじめているように見えるのか?」


「当たり前です!マキだってこんなに落ち込んだ顔をして…」



そう言った弟がマキに触れようとした瞬間。



「触るなッッッッ!!!」


「ヒッ…」



触ろうとした奴の手を払いのける。

その際に強く払いすぎたのか奴の手から出た少量の血が壁の色を変える。



我の怒気が場を支配する。



「弟よッッ!いくらお主でも我が番に我の許可なく触れようとはどういう了見だッッッ!お主は我に……殺されたいのかッッッ!!!!」



「い、いくら兄上といえどこれは譲れませぬ!それに今のマキを見てください!こんなに震えてッ…!どこからどう見ても兄上に怯えているじゃないですかッ!」



マキを確認すると確かに震えている。我を見る目はどこか怯えを孕んでいるように見えた。



「す、スイセン。わ、わたし、部屋に戻るね…」


「やはり兄上は野蛮に過ぎる!さぁ、マキ、部屋までは私が案内しよう。なに、なんなら買い物の続きも私としようではないか!」



そう言うと二人は連れ立って外に向かう。


我が固く握りしめた拳からは血が滴る。



「我は…我は間違っているのか…?番を求めるのは本能なのだ…。マキにはそれがないのか…?」



オニユリが答える。



「マキ様は人族。スイセン様は龍族であり皇族の系譜。土台が違う故、マキ様の番を求める心は龍族よりも圧倒的に少ないのか、もしくはほぼゼロに近いのかもしれません…。」



「我は…我はどうしたらよいのだ…。この胸を焦がす程の情愛を…狂しい程の愛憎を…どうすれば理解して貰えるというのだ…どうすれば受け取って貰えるというのだッ!我はいったいどうすれば……」



思えばここからだった。


歯車が狂い出したのは。




――――――――――――――――――――




あれから。

マキは少し我と距離を置くようになったと思う。

そして弟といる時間が増えた。


我は二人が連れ立っているのを見る度に、

弟に笑顔を見せる度に、

弟を殺してしまいそうになった。  


マキの四肢を折ってでも側に侍らせようかと思った。


そんな事を考えてしまう程に我の心はズタズタで、壊れそうだった。


だが、

だが…できなかった。

皇であるならば弟くらいと思うかもしれない。

実際我もそう思った。

しかしその気持より何より、マキにこんな醜い思いを知られることが嫌だった。

番として、マキの笑顔を奪うことなどできなかった。

例え、我よりも弟に気持ちが傾いているように見えたとしても。

番に嫌われる事が何より怖かった。 

我の元から去られることが嫌だった。


マキは我といる時は我にも笑顔を見せてくれる。

だが、弟に向けている媚びた笑顔とは違う。


分かる。…分かるのだ。


でも。それでも離れられない。それが番なのだ。


番という存在は祝福だと思っていた。

番がいればそれだけで幸福なのだと。

そんな楽な話があるのかと思っていた。


違った。




番は、





――呪いだ。




――――――――――――――――――――


 


マキが我に見切りをつけたか、本格的に避け始めた。

我が会いに行った際でも、以前なら浮かべていた笑顔も見れなくなってきた。


顔を合わせれば、



「あのアンって女を早く辞めさせてッ!あんな女がいるんじゃ私、スイセンと会うことなんかできないわッ!」



と、我に叫ぶのだ。


だが、アンを辞めさせることなどできぬ。


弟と逢瀬を交わしているそなたはどうなのだと、心の内では常に思っている。 


しかし、傷つけたくない、その思いから何も言い出せず言葉を選んでいる間にマキは弟のもとに行ってしまう。


いつから我はこんなに弱くなってしまったのか。


鏡を見る。


枝の様な腕。

老人の様な髪色。

抜けた牙。


嗚呼。

番と離れると生きられぬとはこういうことかと、理解させられる。



だが、それでも、どれだけボロボロであろうとも、

我は、皇。

皇とは龍になれるもの。

番と同じくらいに、我が民を愛し、我が民を守らねばならぬ。

我が龍となれば千里など一日で駆け抜けることが出来る。


だから今日も魔物相手にこの気持ちをぶつけるのだ。


それしかできないから。


そうして、魔物を倒して城に帰ってきた時だった。



全てが壊れたのは。




――――――――――――――――――――




「スイセン様!村を守ってくれてありがとう!」


「ワハハハ!民を、国を守ることこそ我の職務であるッ!!ヌシらが大きくなった時、国のために力を貸してくれる事を期待しておるぞ!!」  

 


「僕、大きくなったらスイセン様のようになる!」



「うむッ!その意気やよしッ!気張れよ少年ッ!」



村を襲っていた魔物相手にやり場なのない気持ちをぶつけ、身体に傷を受けながら我は夜に城に帰ってきた。


我はあの少年が目指すような、目指されるような人物になれていただろうか…。



完全無欠なスイセンに、なれていただろうか。



そんなボロボロで番にも避けられているような我だが、番を求める気持ちというものはマキと出会った当初から、番という存在を知ったその時から、熱量はずっと変わらない。


だから休む前にマキの顔だけでも見てからと思いたち、マキのいる部屋に向かう。



マキの部屋の前に立つ。

ノックをしようとした瞬間に手が止まる。

扉から微かに漏れる音。

男の声。女の嬌声。


内側から頭が破裂するのではないかというほど、なにかが、ガンガンと鳴り響いている。


胸を抑える。

心臓が切り裂かれたかのような痛み。

心が叫ぶ。

この扉を開けたら待っているのは地獄だ。

取り返しのつかないことになると。


でも、

それでも、


だから、

だからこそ、





――我は扉を蹴破った。





――――――――――――――――――――




「マキ…。君は僕の唯一人の最愛だ。」


「ホオズキ様…!私、嬉しいですぅ…!」


やった…!やったわ…!


スイセンは見た目も最初とは変わってぼろぼろになっちゃったし、オニユリ様はとりつくしまもなかったけど、顔は一番タイプのホオズキと遂に結ばれたわ!


スイセンでも良かったけどスイセンは見た目が酷くなっちゃったからなぁ…


あのアンとかいう女をやめさせないスイセンが悪いのよ!!


でも、そういえば番とかって大丈夫なのかなぁ…?



考え事をしてた私が気になったのかホオズキ様が怪訝そうな顔でこちらを見る。

 


「マキ?どうしたんだい?なにか悩み事かい?」



「私ぃ、スイセン様の番っていうことだったじゃないですかぁ?だからそこは大丈夫なのかなぁって!」



「そんなの大丈夫だとも!今の兄上を見ただろう!いくら龍になれるとはいえ、あんな姿では私たちに何かすることなど何もできないさ!ここだけの話だが、ゆくゆくは兄上を排し私を皇とする話も持ち上がっているんだ。兄上はちと野蛮すぎて敵も多いのだよ。」   


「それなら安心ですぅ!もし何かあったりしたらホオズキ様…ううん、ホオズキが守ってねぇ!」



「勿論だとも!嗚呼、マキは本当に可愛いなぁ。可愛すぎて、また食べたくなってきてしまったよ…」



そういって私に覆いかぶさってくるホオズキ様。



「ホオズキ様ならぁ、大歓迎で……………すぅ?」



なにか途轍もない破壊音と共に目の前の視界から消えたホオズキ様。


あれ…?あれれ…?

少しずつ頭が状況を理解してくる。


破壊音がしたのは扉の方からで…?

視界の端で見えるホオズキ様の腕や足が変な方向に曲がってて?

更に誰かに顔を殴られそうになってて?



殴ろうとしているのが…スイ…セン……?



「ぃゃ……ぃや……いやあぁぁああぁぁあぁああああああああああああああああああッッッッッ!!!!」




――――――――――――――――――――




「何事ですかッッ!!」



悲鳴と破壊音がした部屋に私と宰相であるオニユリが入る。



そこで見た光景は凄惨なものだった。



壁は崩れ床は割れ、もとよりあった調度品等欠片も見当たらない。


元は人の姿をしていたであろう血塗れのなにかが部屋の隅に転がっていて。


そんな中でまるで台風の中心にいるように、傷一つ負っていない女性がいて。


なにより未だ激しい感情をその瞳に宿し、破壊行為を行っているスイセンがいた。


オニユリが叫ぶ。

 


「止めろスイセンッッ!!!止めるんだッッ!」



スイセンが血走った目でこちらを見る。



「止めろだとッッッ!!!止められるわけがないッッッ!!!止める気もないッッッ!!!

この二人は我をッ…我をッ!虚仮にしたのだッ!欺いたのだッ!裏切ったのだッッッ!!!!

どうして許すことができようかッ!

どうしてッ!…どうしてどうしてどうしてッッッ!!!」



スイセンの悲痛な叫び声がこだまする。

スイセンの背中から翼が生え、暴風を生み出す。

爪が伸びる。

牙が生える。


私も、

オニユリも、

なにも言えなかった。


ただただスイセンの言葉を聞くことしかできなかった。



「ワレは!ただ番に愛してモラいたかったッッッ!!!!

それダケだっタノニッッッッ!!!!

他にはナニもイラなカッたノニッッッッ!!!!」



スイセンが、龍が吼える。



暴風により散らばっていた瓦礫が舞い飛礫となって周囲を切り裂く。



私はひとつ、ため息を付く。



「はぁ…


オニユリ。


――後のことは、任せました。」



覚悟を決めて。




――――――――――――――――――――




暗い、真っ暗な闇の奥深くに我はいる。

何も見たくない、聞きたくない。 

誰も入ることなどできない、我だけの空間。


孤独で、何も感じない、誰にも邪魔されない虚無の空間。


いいのだ。これで。


いいのだ。これが。


今の我にはこの闇こそが、救いなのだ。


どのくらいの時が経ったのだろう。

もっと深く。

闇の先へ、闇の底へ。


沈もうとした


その時。


どこからか、声が聞こえた気がした。

なにかが小さく、光った気がした。


嫌だ。

もうなにも聞きたくない。

見たくない。


声から、光から、逃げようとした。


だがその声と光はどんなに小さくても必ず我の後ろを付きまとう。


なんだ、なんなのだこいつらは。


煩い、眩い。


どんなに耳を塞いでも、強く目蓋を閉じようと、消えることは決して無い。


どんなことをしても消えないから。

ずっと煩いから。

仕方ない。

せめて何を言ってるのか聞き取ってやると、少しだけ、声に耳を傾けた。


『戻って…………いッッ!!』

『……たはッ!……………すかッ!!』



聞き覚えのある声だ。

これは…誰だったか。

なにかとても、我にとって、大切な、とても大切な存在だった気がする。



『自分で……上がりなさいッッ!』

『あなたはッッ!……ですかッッ!!!』



そう、そうだ。

この声は、我の背中を任せられる唯一無二の存在。

いつも我を支え、叱り、奮い立たせてくれていた存在。



『はぁっ…!はぁっ…!これがッ…!最後ですッ…!』



『戻って来なさいッッ!!』



『自分で立ち上がりなさいッッッ!!』



『あなたはッッッ!!!誰ですかッッッ!!!!!』




声が聴こえる。光が強くなる。



思えば、いつでも側にいてくれた。

幼い頃から。ずっと。ずっとだ。


いつでも側にいてくれたのは、番なんかではない。


アンだったではないか。


番がいなければ生きられない。

ならば番に会うまで我はどうして生きてこれたのか。



守るべき民。


我が家臣。


オニユリ。


アン。



皆がいたではないか…!

我を愛してくれていたではないかッ…!



光が眩く輝く。



嗚呼、そうだッッ!こんなところに引きこもっている訳にはいかぬ…!

皆にこれ以上の失態を晒す訳にはいかぬッッ!!



番がなんだというのかッ!

番に嫌われることがなんだというのかッッッ!

何を臆することがあらんッッッ!!

我は愛されているのだッッッッッ!!!!



目を開けろッッッ!

一歩を踏み出せッッッ!



そうだッ!我は何者だッ!我は…我はッッ!!





「完全無欠のスイセンであるッッッッッ!!!!!」






――――――――――――――――――――




目を開けた我の視界に映ったのはボロボロで仰向けに倒れているアンだった。



「はぁ…やっとお目覚めですか。本当に世話の焼ける人ですね…。」



「アンよッ!すまなかったッ!我は…我というやつはッッ…!!」


「いいんですよ…。あなたは…昔から一度悪いと思ったことは二度としない。そうして前に進んでいく人です。…知っていますから。」



アンはそういって少し微笑む。



「我はッ…我はそなたに…アンに伝えたいことが…!」



「はぁ…待ってください、スイセン…。私…眠くて…」


「ま、待てアンッ!寝たらダメだッ!」


「すみません…話なら…後…で…」


「死ぬなッ!死ぬんじゃないッ!アン!!」

 

目蓋が落ちたアンの身体を揺さぶっていると、後ろから静止の声がかかる。


「スイセンッ!止めるんだッ!」


「何故だッ!アンを失ってしまったらッ!我はッッ!」


「よく見ろッ!本当に寝てるだけだッ!呼吸を確認しろッ!生きてるだろうがッ!」



そういって我の頭に手刀を食らわせるオニユリ。



「ワ、ワハハハッ!オニユリよ!我は誰かッ!…そうッ!完全無欠のスイセンであるッ!勿論、気づいていたともッ!!………………………………すまぬ。」



オニユリは呆れた顔でこちらを見る。



「全く…。とはいえ、怪我をしていることには変わりがない。早く医者に見せるぞ。」


「うむ!さすが我の頭脳よ!いつも感謝しておるぞッ!」


我が褒めると少し照れくさそうに顔を背けながら言う。


「調子のいいやつだ…」




それからは慌ただしかった。 


アン以外にも我が傷つけてしまった者の治療、壊れた物や部屋の修理等、やる事は多岐に渡り、寝る暇もないほどであった。



それでもオニユリや他の家臣の力を借り、ある程度の仕事が片付いた。



だがその中に我が決着をつけなければならない問題がある。



そう。番だ。




――――――――――――――――――――




一体何が起こったのよッ…!

ホオズキと結ばれたと思ったら、スイセンが来て、あんな…あんな恐ろしいことになって…


スイセンが暴れてる間も私には傷一つつかなかったけど、ホオズキはッ…!


暴れ続けるスイセンがやっと止まって、正気を取り戻したと思ったら、オニユリに拘束されて、どっかの部屋に押し込まれてこの部屋から出るなって言ってほんとに出してもらえないし!



私の言葉なんて誰も聞いてくれない。



ホオズキが無事なのかどうかも誰もッ…!





………私の事、守ってくれるって言ったのに。




「早く来なさいよ…。唯一の最愛なんでしょ…。唯一ならッ…最愛ならッ…どうにかしなさいよッッ…!ホオズキの…馬鹿…。」



その時、今まで一度も開かなかった扉が開く。

 

 

まさかと期待して扉を見る。



「ホオズキ!遅い……!」



そこに立っていたのはホオズキではなくて。



「すまぬが我はホオズキではない。今日はそなたへの処罰を告げに来た。」



すこし申し訳無さそうに、目を伏せがちなスイセンを見て、最悪の結末が頭をよぎる。



「何よッ!どうせ処刑かとかなんでしょ!いいわよッ!早くしなさいよッ!………ただッ!最後にホオズキにひと目くらい会わせないッ!それくらいは許されるでしょッッ…!」



「すまぬ…。ホオズキは…」



聞こえない聞こえない。

話を遮る。


「あー、わかったわよッ!私が罪人だから会わせられないっていうのねッ!だったらいいわッ!さっさと処刑しなさいッ!ほらッ!早くッ!早くッッ!連れていきなさいッ!」



「――ホオズキは…死んだ。我が、殺した。すまない。」



スイセンは私に伝える。無慈悲に。そして申し訳無さそうに。



「は、あははは!そう!ホオズキは死んだのね!まぁ元から顔がタイプだっただけだしッ!何も!何もッ…!思うところなんてないわよッ…!別に…好きでも…なんでも……なかったんだから……!」



おかしいな。涙が勝手にでてくる。だから聞きたくなかったんだ。なんにも思ってないはずなのに。顔とか、立場とか、そんな表面だけでホオズキを選んだはずなのに。



――ホオズキのこと愛してなんかなかったはずなのに。



「そなたは我が無理やりこの国に連れ来てしまったようなものだ。その辺りも加味して処刑は行わぬ。居場所を奪ったのも我だ。このまま城で暮らすというのはさすがに許可できぬが、我が国でよければ、住処も、仕事も提供しよう。これが我がそなたのために出来る最後の温情であり、贖罪である。」



「――そんなの、そんなのいらないからホオズキを返しなさいよッッ……!何が温情よッッッ!なにが贖罪よッッ!!贖罪とかいって罪の意識があるんならッッ!!あんたも死になさいよッッ!!この人殺しッッ…!!私の国じゃああんたも死刑よッ!あんたの…!最低な人殺しの温情なんていらないわッ!私は私で生きていくッ!短かったけど、ホオズキとの思い出で生きていくわッ!絶対…絶対に許さないからッッッ!!!!」



そういって私は駆け出す。

涙は拭いて、上を向いて。

何代かかっても必ずやり遂げる、復讐を決意して。




―――――――――――――――――――――




彼女を、出ていくマキを止めることができなかった。

止める資格もないと思った。

人殺し。事実である。

政争の末でも、戦争でもない、ただただ私の身勝手で弟を殺した。

ずっと不仲だったわけではない。幼少時はアンも交えてよく遊んだ時期もある。


兄として、弟を手に掛けた事実が、一人の人にとっての最愛を身勝手で奪ってしまったことが、心に重くのしかかる。



我らはどこで間違えたのであろうな…。



番。本来なら番うべき存在。互いに存在を知り得たのならば、引き寄せられる運命。


彼女は言った。

許さない…と。


願わくば、彼女の復讐の終着点が、我だけであるように。


目を閉じて祈る。





――――――――――――――――――――




「オニユリ様!こちらの配置はどういたしますか!」

「オニユリ様!警備部隊より手が足りないとのこと!」

「オニユリ様!こちらにサインをお願いします!」



あれから幾日か経ち、やっとの思いで様々なことに片がついたと思っても、日々の仕事の忙しさは変わらずむしろ増えてるのではと思うくらいだった。


「オニユリ様!スイセン様が見当たりません!」


「全くあいつはどこをほっつき歩いているのだ…!探してこい!あいつのサイン待ち書類が列をなしてるぞと見つけ次第伝えてこいッ!」



「はっ!」



あれからスイセンは物事をよく考えるようになった。

何が良くて何が悪いのか、己が判断で突っ走るのではなく、周りに聞き、尊重するようになった。

皇として思慮深くなってきたことは良いことだが、まぁ少し、寂しい気もする。



「オニユリ様!スイセン様みつかりません!」



「あぁもう!私も探しに行くッ!」



それでもスイセンとの関係は変わらない。

スイセンが私を頭脳として求める限り、最大限の力をだそうではないか。

皇と臣下としてではなく、親友として。




――――――――――――――――――――




「――来たか。」


「はぁ…スイセン様、なんですか急に。こんなところに呼び出して。」



ここは城の天辺。街が一望できる我のお気に入りの場所だ。



「アンよ。お主に聞いてもらいたい願いがある。」


「はぁ…。どうぞ…?」



アンはすこし怪訝そうな顔をしながらもこちらを向いて答える。

その瞳に我も応える。


「先日の一件からも分かる通り、我は皇として、一人の人としてまだまだ未熟である。


故に失敗をしてしまう時や、落ち込んでしまう時が数え切れないほどあった。だが、そんなとき、我を叱り、励まし、奮い立たせてくれた。いつでも側にいてくれたのは、そなた、アンだ。


もし番が見つからなければ、恐らくそなたと結ばれていたと思う。しかし、そこにあるものは愛情ではなく友愛であったと思う。


だが、今は、自信持って言える。


アン。

愛している。


そなたの強さに、優しさに、姿にッ!頭の先から爪先まで、徹頭徹尾、惚れているッ!



どうか我の最愛に、妃になってはくれないかッッ!!」



我は跪き、アンに手を差し出す。

そしてアンはいつもの様にため息をついて言う。

いつもとは少し違う涙声で。

我の手を取る。



「はぁ……私なんかでよければッ…!」




――――――――――――――――――




「おおッ!アンよッ!朝食中の今まさにッ!目の前のそなたからッ!感じたことのない衝動を感じるのだッッッ!」


「お腹空いてるんですか…?朝はちゃんと食べましょうね?はい、あーん。」



「美味いッ!…ではなくッ!なにかとても我とそなたに近いような、形容しがたい波動を感じるのだ!」



「はぁ…まぁ…そうかも知れませんね…。」


「どうしたッ!アン!悩み事か!この完全無欠のスイセンになんでも話すが良い!」


「まぁ…悩み事といえばそうですが…。スイセンのいうその感じたことのない波動は、私のお腹辺りから出てるのかもと思います。


………父親としても完全無欠であってくださいね。」



 

            fin



マキのその後は短編でそのうち書くと思いますッ!

最後まで読んでくださりтнайк чoμ_〆(・ω・。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最初っからアンは特別扱いでしたよね! 番衝動があるのに、番からのお願いなのに傍におき続けて… 自分はそんな浮気みたいな事してるのに、 マキには他の男に近づくな的な事ゆってー 何がしたいんだこの龍様はっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ