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1-5 はじめてのマッサージ①

 部屋を出た僕はそのまま階段の近くまで向かい、1階へと視線を向けるが、キョロキョロと見回してもアナさんの姿は見当たらない。


 ……もしかしてまだ洗濯中かな?


 そう思いながらも、準備ができたら伝えるということになっているため、一応声をかけてみることにした。


「アナさ〜ん、準備が整いましたよ!」


「は〜い」


 どうやら屋外にいるようで、遠くからそうくぐもった声が聞こえてきた後、少しして裏庭に繋がっている扉が開く。

 アナさんはそこからヒョコリと顔を出すと、柔らかい笑顔のまま言葉を続けた。


「すぐに向かいますので、少々お待ちください!」


「わかりました〜」


 そう返答した後、施術内容やオイルの様子などを確認しながら部屋で待っていると、およそ5分ほど経ったところで、パタパタと階段を登る音と共にアナさんがやってきた。


「すみません、お待たせしました」


「いえ! あ、お仕事の方は──」


「ふふっ、今日の分はすべて終わりました」


 その言葉を受け、僕はホッと息を吐いた。


「お疲れ様です。あ、どうぞこちらおかけください」


 言いながら椅子へと案内すると、アナさんは小さく会釈をした後、そこへ姿勢良く腰掛ける。そしてなにやらキョロキョロソワソワと辺りへ視線を向けた後、僕へと微笑みかけた。


「ふふっ、なんだか緊張しますね」


 表情を窺えば、その柔らかい笑顔の奥に言葉通りの緊張の色が見てとれる。


 ……まぁ、そりゃそうだよなぁ。


 心の中でそう思いながら、僕はあははと力なく笑う。


「軽く説明をした程度で、まだマッサージのことよくわからない状態ですもんね。無理もありませんよ」


「そうですね……素晴らしい技術だということはわかるのですが、やはり未知のものなので……」


 そう言って、僕のように力なく笑った後、彼女はその表情をキラキラしたものへと変えながら言葉を続ける。


「──でも、同時にワクワクもしているんですよ」


「ワクワクですか」


「はい! そんな素晴らしいものを、この町で誰よりも早く体験できるんだって……」


 言って満面の笑みを浮かべる彼女の姿を見て、これは頑張らなきゃなと僕はより気を引き締めながら微笑みを返す。


「ご期待に添えるよう全力で頑張りますね」


「ふふっ、よろしくお願いします」


「さて……では早速マッサージを始めて行こうと思うのですが……そうはいっても何も知らない状態でいきなりというのもなんなので、まずは施術の流れをお伝えしますね」


 このままマッサージを始めてもいいが、緊張で身体が強張った状態ではマッサージの効果も薄れてしまう。

 ということで、マッサージを行う前にまずは今日の施術内容と簡単な効果の説明をすることにした。


「今回はですね、こうして椅子に座っていただいた状態で、頭からデコルテにかけてと、手のマッサージを行おうと思います」


 ──施術内容に関しては正直かなり悩んだ。


 個人的好みとしては全身もしくは半身のオイルマッサージとなるため、できればそれらをやりたいところではあった──が、今回に関しては早々に除外した。


 もちろんオイルの量が心配というのもあるが……何よりもこれらを行うためには少なからず衣服を脱いでもらう必要があり、さすがに彼女に警戒をさせてしまうと考えたからだ。


 ……やっぱり、マッサージ中はリラックスしてもらうことが大切だからね。


 ということでベッド上での施術も同様の理由で除外──と、そんな感じで色々と悩んだ結果、彼女に伝えた通りの流れでマッサージを行うことになったのである。


 うんうんと頷く姿を見た後、僕は再度口を開く。


「まずは首からデコルテ、頭の順で、手指を使った簡単なもみほぐしをしていきます。……そうですね、イメージとしては手指で圧をかけることで、固くなった筋肉の緊張を少しずつ解いていく感じでしょうか」


 アナさんの反応を見ながら、さらに言葉を続けていく。


「……と、こうしてある程度リラックスしてもらった所で──最後はこちらにあるオイルを使った、リンパマッサージというものしていこうと思います」


 言いながら、彼女の前で木の容器を揺らせば、チャポチャポと心地の良い水音が響く。


「オイル……」


 容器を見つめながら、アナさんはそう言葉を漏らす。


 その表情に、僕はもしや……と思いながら「──あ、もちろん料理に使う油とかとはまた別物ですよ?」と冗談めかして言うと、アナさんはその美しい容貌をみるみるうちに赤らめていった。


 ……どうやら勘違いしていたみたいだ。


 マッサージ用ではないにしろ、乾燥を防ぐためのオイルとかであればこの世界にもありそうなものだが、そうでもないのだろうか? 

 もちろんアナさんが知らないだけだとか、この町周辺では一般的ではないという可能性もあるが……その辺りは追々調べていけばいいか。


 それよりも今は彼女へのフォローだ。


「ま、まぁ馴染みがないだけですから」


「そ、そうですよね」


 ……フォローって難しい。


「と、とにかくですね。今回はこんな感じの流れで進めていこうと思いますが……よろしいでしょうか?」


「はい、よろしくお願いします」


 そう言ってアナさんが頷いてくれたため、僕は心を落ち着けるようにフーッと軽く息を吐き──


「では、はじめていきますね」


 という言葉と共に、マッサージを開始した。


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