1-23 歓喜の声と達成感
あの後僕はアナさんへ事情を説明した。
するとすぐさまどういう状況か把握したようで、彼女は僕に「1階で待っててください」と言うと、半裸のリセアさんを連れてどこかへと行ってしまった。
ということで彼女の言葉に従い1階の席に座って待っていると、少ししてアナさんと、宿屋の備品だろうか大きめの麻服に身を包んだリセアさんがやってきて、僕の対面に並んで腰掛けた。
そしてアナさんは僕に「すみません、お待たせしました」と言った後、横に座るリセアさんへとジト目を向ける。
「まったく、リセアはもう少し恥じらいを持たないと」
「うー、すまねぇ……」
プリプリと可愛らしく怒るアナさんと、その横でしゅんとするリセアさん。その姿だけで、この2人の仲の良さがはっきりと見てとれた。
「それで、どうして朝からあんなに騒いでいたの?」
アナさんがそう問うと、リセアさんは思い出したとばかりにカッと目を見開く。
「そ、そうだった! なぁ聞いてくれよ! あたしの肌がな、もちもちつるつるになってんだよ! ほら、見てくれ! 触ってくれ!」
言って立ち上がり、前のめりになると、こちらにしなやかな筋肉のついた美しい腕を差し出してくる。……いつぞやのアナさんのような圧力である。
その圧に苦笑を浮かべつつも、まぁ腕ならいいかということで軽く触れてみる。
……なるほど。確かに完全によくなった訳ではないけど、それでも確かに昨日とは比べものにならない程に肌質が改善しているな。
血行が改善したり、マッサージオイルの保湿によって肌環境が良くなったりすることはある。しかしそれでもこんなにすぐに効果が出ることは当然ない。
おそらくこれは美肌(極小)と、あとはオイルによる一時的な効果が合わさった結果なのだろう。
……にしても 美肌(極小)でこれだけの効果って。美肌(大)とかになったらどうなるんだこれ? 肌が若返ったりでもするのか?
そう密かに戦々恐々としながらも、僕は彼女の腕に触れつつ言葉を返す。
「確かにだいぶ改善されてますね」
「そんな淡々とする話じゃねぇぞ!? 今まで何やってもよくならなかったのに、あのたった1時間で! こんなに!」
リセアさんはかなり興奮した様子でそう声を上げる。
……まぁ長年の悩みが、それもいつしか諦めてしまったそれが少しでも改善していれば、こういう反応にもなるか。
「なぁアナも触ってみてくれ!」
興奮覚めやらぬとばかりに続いてアナさんへと腕を差し出す。アナさんはその腕に優しく触れながら、柔らかい声音で声を上げた。
「……すごい」
「だろ? めっちゃ良くなってんだよ!」
「ずっと悩んでたものね」
「そうなんだよ! だからアナありがとな!」
「えっ……?」
「ソースケを紹介してくれてだよ!」
「ふふっ、どういたしまして」
「ソースケもありがとな!」
「喜んでいただけたのなら何よりですよ」
「うぉぉぉ!! なんかテンション上がりすぎてじっとしてられねぇ! よし! 今から魔物狩ってくるわ!」
「……えっ」
「んじゃ、そういうことで!! あ、アナこれ宿代な! ソースケ、またくるからな!」
「はい、いつでもお待ちしてま……って行っちゃった」
「すみません、朝から騒がしくて……」
「あはは、まぁそれだけ喜んでくれたということで」
そう言って僕が微笑むと、アナさんは肯定するように小さく頷いた後、その視線を宿の入り口の方へと向けた。
「それにしても……あんなキラキラした目のリセア、久しぶりに見ました」
そう呟くように言った後、アナさんはさらに言葉を続ける。
「まるで憑き物が落ちたみたいに、輝いた……」
じっと入り口の方を見つめるアナさん。その表情はよく読み取れないが、少なくともリセアさんの症状が改善したことを喜んでいるのは間違いなさそうだ。
アナさんはそうして少しの間だけそちらへ視線を向けた後、ゆっくりと僕の方へと向き直ると、小さく頭を下げた。
「私からもお礼を言わせてください。ソースケさん、リセアの憂いを取り払ってくれてありがとうございました」
その声に、僕は微笑みと共に言葉を返す。
「いえ、それが僕の──」
「やべぇ! 剣と鎧忘れてた!」
そう言いながらドンっと宿に戻ってくるリセアさん。
その姿になんだか締まらないなと思いつつも、喜びを露わにする彼女のキラキラした表情を見て、僕は確かな達成感を感じるのであった。