第62話 見世物小屋2
真夜中の城壁を飛び越えて、連れてこられたのは町にほど近い森の中。降りて来た場所には旅馬車だろうか、側面に小さな窓のある箱型の馬車が停められていた。
「ナーム、もう大丈夫よ。あたし達あの見世物小屋から出られたのよ」
ナームは、檻の中で寝ていて事情も分からず、ここまで連れてこられた。空を飛んでいる間も驚きの表情で、モガモガと言葉にならない声を発していたわね。
「その男の子は、ナーム君と言うのかい」
「ええ、紹介が遅れたわね。あたしはエルフィよ。助け出してくれてありがとう」
「ボクは、リビティナって言うんだ。君達はこの馬車の中で休んでいてくれればいいからさ」
あんなに力が強くて空を飛べる魔族であろう少女が、気さくに挨拶してきた。
リビティナにも肩を貸してもらって、一人で歩けないナームを馬車まで運ぶ。馬車の後部のステップを上がり扉を開け中に入る。天井にはランプが取り付けられていてリビティナが火を灯してくれた。
十人は楽に座れる室内の片側の壁際には、木箱に詰められた荷物が置いてあり、その反対側の壁際に、毛布が敷かれて眠れる場所が用意されていた。
毛布の下にも絨毯のようなフカフカの敷物が敷かれていて、ナームをそこに寝かせる。
「やはりナーム君は衰弱しているようだし、口の怪我も酷そうだね。先に治療をしておこうかな」
ナームは口に火傷を負って、しゃべる事も食事をするのさえ不自由にしている。光魔法の治療でもするのかしら。
「はあっ!! あんた何してるのよ! ナームにキスするなんて」
リビティナは横になっていたナームを抱きかかえて、口づけしている。それもべろチューをしているじゃない。何なのこの娘は……ショタ好きなの!
「コラ、離れなさいよっ!」
引き離そうとしたけど、離れない。リビティナはこの男の子が目的だって言ってたけど、まさかこんな目的のために連れてきたんじゃないでしょうね。
やっとナームから離れたリビティナが、口元に光魔法を当てながら尋ねた。
「どうだい、少しはしゃべれるようになったかい」
「う、ん……。あ、り、がと……」
あのナームがしゃべっている! 元通りとはいかないけど、あんなに酷い火傷だったのに……。
「ナーム、あなた……」
「エル、フィ……お姉、ちゃん。ボク、口が、開くように、なったよ」
瞳に熱いものを感じナームを抱きしめる。見世物小屋で酷い仕打ちを受けて、もう声を聴くこともできないと思っていたのに。
「君達はここで朝まで寝ていてくれ。ボクは外を見回ってくるよ」
「え、ええ。ありがとう」
信じられないけど、リビティナが治してくれたのよね。黒い翼があったりと謎の多い人だけど、悪い人じゃ無いようだわ。毛布にナームを包んで一緒に眠る。
「久しぶりね。こんなに温かな場所で眠るのは」
「う、ん……。フカフカ……だね。お姉……ちゃん」
「今まで、助けてあげられなくてごめんね」
「そんな、こと、ないよ。あ、り、がと」
「これからはちゃんと、あなたを守ってあげるからね」
あの少女は多分、魔族の子孫だわ。でもあたし達を助けてくれる。昔の大戦で敗れたとはいえ、魔族の力に敵う者はいないと聞いた。その力に頼れば、故郷に帰れるかもしれない。いざとなればあたしがナームを連れて逃げればいいわ。
隣りではナームが寝息を立てている。そうね、あたしも体力を回復させるために今はしっかりと睡眠をとりましょう。
そう思ってウトウトとしていたら、もう朝になっていた。
「ナーム君、エルフィ。起きているかい。朝食ができているよ」
リビティナの声に起こされて馬車を降りると、かまどで料理を作っている見慣れない男の人がいた。中年ぐらいの歳に見えるけど、獣人にしては小柄だ。でも背中は広く、筋肉が発達しているようだった。リビティナと同じローブ姿で、目深にかぶったフードで顔を隠している。魔族のお仲間かしら。
「ナームは体が弱っていて、馬車の中に寝かせたままなの」
地面の上に岩を並べて作られた簡易かまどには、美味しそうなスープが鍋にかけられていて良い匂いが漂ってくる。お仲間の人が、あたしにどろっとしたスープとスプーンを手渡してきた。
「ナームには、これを食べさせてくれ。薬草が入っていて少し苦いかもしれないが、消化の良い物を作っている」
あたし用には鍋で温めたスープとパンが渡された。その人はリビティナの元に戻り、かまどの周りで食事をしながら何か相談をしている。
お仲間の獣人がリビティナ様って言ってたから、ここのリーダーがリビティナなのね。あんな小さな女の子なのに……。
馬車の中で、ナームの上体を起こして食事を与えていると、御車台の方の扉からリビティナが声を掛けてきた。
「君達は今日一日この馬車で過ごしてくれるかな。ボク達はまだあの町でする事があるんだよ」
「ここは、森の中だけど安全なの?」
「馬車の周りには、魔獣避けの香を焚いている。この馬車から離れなければ安全だよ」
馬車には水も食料もあるから、ここで過ごすことはできそうね。
「そうだ、ナーム君には朝の治療をしておかないとね。そのまま座っていてくれるかな」
リビティナは身軽に馬車の中に飛び乗り、食事のために座らせていたナームにまた口づけしている。治療だと分かっていてもいい気分じゃないわね。
その後、体全体を包み込む光魔法をかけていた。ナームを中心に半球状の光魔法。中々の強さだわ。妖精族の里にいる長老様クラスの魔法のようね。長老様の半分くらいの歳でこれが使えるとは侮れないわね。
「ありがとう、リビティナお姉ちゃん」
昨日よりも上手くしゃべれるようになっている。どんな治療魔術を使ったのか知らないけど、信じられないほどの回復力だわ。でもあたしだって。
「あたしも光魔法が使えるわ。ナームの治療をしてもいいんでしょう」
「それならお腹周りに光を当ててやってくれるかい」
そう言い残してリビティナは馬車を降りて、お仲間と町の方へと歩いて行った。
「ナーム、今日はお腹痛くない? あたしが治療してあげるわね」
「うん、ありがとう。今日はなんだか気分がいいや。エルフィお姉ちゃんの光魔法、すごく暖かいよ」
ナームの笑顔を久しぶりに見た気がするわ。背中からそっと抱きしめるようにしてお腹に光魔法を当てる。




