第61話 見世物小屋1
「キャッ! だ、誰なの!」
「危害を加えるつもりはないさ。静かにしてくれると助かるよ」
ここは見世物小屋の敷地内にある天幕のひとつ。見世物となった人や魔獣が檻の箱に閉じ込められて、無造作に置かれている場所。
誰もが眠る丑三つ時に現れたのは、あたしよりも幼い少女だった。
一瞬仲間の妖精族が助けに来てくれたんじゃないかと思ったけど、その少女には羽が無かった。耳は尖っていて顔立ちもあたし達とよく似ているけど、肌の色は妖精族のクリーム色じゃなくて真っ白だ。昔に絶滅したと言うエルフ族じゃないかと思える風貌だった。
「そ、その子をどうするつもりなの」
その少女はあたしの檻の前を素通りして、隣りで眠っている白子の男の子がいる檻の箱の前で止まった。
「少し事情を聞こうと思ってね」
「その子は口に火傷をしていて、ほとんどしゃべる事ができないわ。見世物として魔法じゃない本物の火を口から吐かせていたの」
「惨い事を……。君はこの子の事を知っているのかい。どこの出身だとか」
「国境沿いのエピソン村に居たと言っていたわ。白子の治療をすると言ってここに連れてこられたそうよ。可哀想に騙されていたのね……」
あたしも三ヶ月前、森にいるところを誘拐されてここに連れてこられた。その後この子が来て隣りの檻に入れられてしまった。
そう説明している最中に、目の前にいた少女が突然消え去った。天幕の向こうから話声がする! あたしは慌てて毛布を被り横になる。
「……旦那、そろそろ白子も弱ってきている。変わりの見世物は手に入りませんか? できればまた白子がいいんですが」
「そうそう白子はおらんよ。こいつを捕まえて二ヶ月、もっと長く持たせられんのか」
「そうは言っても、すぐ病気になったりと生かせておくだけでも大変なんですよ」
「この町の祭りも明日で終わりだったな。次の町までには珍しい魔獣を用意しよう」
あたし達の様子を見ながら、檻の前を歩いて行くこの男。あたしを故郷の森から連れ去った組織の者ね。この見世物小屋と結託して、各地から人を誘拐してきている張本人。
その二人がこの天幕を出て行ったのを確認したかのように、さっきの少女がまた姿を現した。
「あなたは一体何をしに来たの。もしかしてあたしを逃がしてくれるの」
「あいにくボクの目的は、そっちの子供の方なんだよ。檻は壊してあげるけど逃げるのは自分で逃げてくれるかい」
「でもこの天幕の周りには、飼い馴らされた狼が何匹も居るのよ」
あたしもここに連れて来られた時、得意の魔術で抵抗したけど何匹もの狼をけし掛けられて、大人しくするしかなかった。幸い見世物でもある七色に光輝く美しい四枚羽根と、長い金色の髪を傷つけるような事はしてこないけど、この頑丈な檻から逃げ出すことはできなかった。
「そういえば、あなた。どうやってここまで入って来れたのよ」
「闇に紛れて空からさ」
空から! 羽も無いのに、この少女は空を飛べるの? そういえばなんだか見慣れない服装をしているわ。体に張り付くような真っ黒で全身を覆うような服……いえ、下着ね。その下着の上に直接ローブを纏っている。何なのこの娘は、痴女なの!
そのローブで背中の羽を隠してるのかしら? でも繊細な羽は服などで押し付けると傷ついてしまうはずだけど……。
「そういえば君も空は飛べるんだよね。それなら一緒に来るかい」
「でも、足に鎖が付けられていて……」
片足には鎖と鉄球の付いた足かせがはめられていて、空を飛ぶことができない。
「そんなものは、切ってしまえばいいじゃないか」
そう言いながら片手を素早く振り抜くと、あんなに頑丈だった檻の箱が切り裂かれた。そして足の鎖も紙を破くように引きちぎってくれた。何なのこの少女は、あの白く細い腕にこんな力があるなんて。
隣の檻も切り裂いて中から男の子を助け出す。あっけに取られながらも檻から出ると、その少女は眠ったままの子供を抱え上げ、天幕の入り口を見つめていた。
「あ、あなたは一体……」
そういう間もなく、檻が壊れる音を聞きつけて見世物小屋の見張り役の二人が駆けつけて来る。既に少女はその二人に向かって片手を伸ばし、広げた手を向けている。
「おい、何だお前は! どうやってここに忍び込みやがったんだ!」
「……砂よ、集まりて……高速の散弾となり……」
隣りの少女が何かを呟いた瞬間。
「ギャー!!」
断末魔の叫びと共にふたり同時に血しぶきを上げて倒れ込んだ。空気を切り裂く音は聞こえたけど、一瞬のことで何をしたのか見えなかった。あれは魔術のはずだわ。でも二人を同時にやっつけるなんて……。
「さあ、空に向かうよ」
そう言って手を上にあげると、天幕の一部が切り裂かれて星の浮かぶ夜空が現れた。少女は白子の子供と、あたしを脇に抱えて飛び上がる。すごい速さだ、背中の羽がちぎれそう。あたし達二人を抱えながら少女は一瞬にして天幕の上空へと舞い上がっていた。
その少女の背中には黒くて大きな翼が広げられている。あれは妖精族の羽とは違う、もっと禍々しいものだ。魔族! そんな言葉が頭に浮かぶ。でも今はこの力に頼ったほうがいい。
「お願い、あたしも一緒に連れて行ってちょうだい」
「どうしたんだい。ここからなら、もう飛んで逃げられるだろう」
あたしの腰に回した手を緩めて、空に放とうとする少女の腕にしがみついて願う。
「あたしの力だと城壁を越えられるか分からないの。その後、故郷に帰るすべもないし……」
あたしの羽はこの少女の翼よりも小さくて、飛べると言ってもひらひらとゆっくり飛べるだけだ。城壁の上から弓を射かけられたら墜落してしまうだろう。
「仕方ないな。それじゃ腕をしっかりと掴んでいてくれるかい」
あたしは真っ暗な闇の中、少女の腕に抱えられて城壁の上空へと向かった。




