第58話 魔女様の町1
「ここが、アタシの育った町だよ。またここに戻って来るとは思っていなかったけどね」
村を離れて二週間が過ぎた。リザードマンの軍隊から逃れるため大陸の内陸部へ向かい、魔女様の生まれ故郷の町までやって来た。
途中幾つかの村や町に立ち寄り、色々な話を聞いた。国境を越えたリザードマンの部隊は、今このヘブンズ教国の軍隊と交戦状態になっているらしい。でもいつもある国境付近の小競り合いだと言う。
あれが小競り合い? そんな馬鹿な。国境近くの村が三つも襲われているのに。
リザードマンのガゼノラ帝国との国境線は長く、毎年のようにどこかで戦闘が起こっているそうだ。
そんな国同士の小競り合いで、お父ちゃんとお母ちゃんが死んだなんて……。でも一つ前の町だと、そんな紛争があった事すら知らないようだった。
この国は自分達を守ってくれない、神様もだ。自分を守れるのは自分だけだと思い知らされる。
やっとたどり着いた魔女様の町は、岩でできた立派な城壁に囲まれている。村の周りにあった魔獣避けの柵とは全然違うわ。城門の所には門番さんが立っていて、出入りしている人達を検査している。
「お兄ちゃん、あの人すごく大きな武器を持ってる。なんだか恐いよ」
忙しく働く門番さんとは別に、門の両脇に鎧を身に着けている人が立っていた。
お兄ちゃんは平気なようだけど、その人を見ていると、村を襲った兵士の事を思い出してしまう。
「あれはハルバードって言う武器で、斧と槍を合わせた物だね。オレ達は悪いことをしていないんだから、怯える事はないさ」
お兄ちゃんが言うには、あの人はこの町を敵から守る兵隊さんだと言う。あんな兵隊がいるってことは、大きな町で、都市と言ってもいい規模なんじゃないかって言ってる。
「あの両脇の兵隊は威嚇のためだけに立っているんだよ。あんな武器は魔獣討伐か戦争にしか使わないからね。まったくここの領主は税金の無駄使いをしてくれる」
馬を操りながら荷馬車の中に向かって、魔女様が不平を口にした。
確かに検問だけなら門番さんが持ってる細い槍で十分だと思う。昼間、こんな人が住む場所に魔獣は現れないし、戦争だったらこの二人だけじゃ戦力にならなそうだ。
この町は、こんな所に無駄な人を配置できるぐらい余裕があると言う事なのね。魔獣に怯えて暮らしていた故郷の村とは大違いだわ。
やっと順番が回って来て、城門の手前で魔女様が門番に書類を見せている。
「あんたは、昔ここの住民だったのか」
「ああ、国境の紛争で焼け出されてしまってね。こっちの実家に世話になろうと思って帰って来たのさ」
「そりゃ気の毒だったな。それで子供には災難除けの仮面をつけているのか」
お兄ちゃんは白子だとバレないように、宗教上の仮面をつけてフードを被ってじっとしている。自分も服を着て同じように、仮面をつけて隣に座る。
服は前の町で買った無地のワンピース。村とは違って、この町では小さな子供でも服を着てるから必要だそうだ。
「久しぶりにこの町に戻って来たけど、相変わらず賑やかだね」
「そうだな。もうすぐ祭りもあるからな。おっと、荷物は確認させてもらうよ」
そう言って門番さんが二人には気も留めず、馬車に積んでいる荷物だけを見ていく。
検査も終わり、何事もなく荷馬車は城門を潜り町へと入って行った。
「この町に、魔女様の家があるんですか」
「この東門からすぐの所にね。アタシの家じゃないけど、母親と弟夫婦が今も住んでいるはずさ」
もう、何年もこの町に帰ってきていないから、家の様子も変わっているかもしれないけど、ルルーチア達を泊められる部屋ぐらいはあるだろうと言っている。
大きな馬車がすれ違っても余裕のある石畳の道。その両脇には石造りの五階建ての家が建ち並び、反対側の城壁も家に隠れて見えない。
「まあ、ここは東西の城門を結ぶ大通りだからね。もう少し先に行けば、普通の市場や公園もある」
ここは、集合住宅のある一画で、大きくて四角い家が多いらしい。その先にある魔女様の家は二階建ての家庭向けの家だそうだ。
荷馬車が止まり、魔女様の家に着いたみたい。一階だけが石造りの少し古い三角屋根の家。
「母さんは居るかい。ヘルベスタだよ」
魔女様が馬車を降りてノックすると、中から小さなキツネ族の男の子が出てきた。
「おばちゃん、誰?」
この家の子供なのかな。その後ろからキツネ族のおばあさんが顔を出す。
「おや、ヘルベスタかい? 連絡もなしに帰ってくるなんて、一体どうしたんだい」
「事情は後で話すよ。荷物もある、馬車を停めたいんだが」
「それなら家の横に停めて、裏庭から入っておいで」
この方が魔女様のお母さんみたいね。魔女様が馬を引いて馬車を移動させて、手荷物だけを持ってお兄ちゃんと一緒に馬車から降りた。
「さあ、こっちだよ」
魔女様は家の中にいるおばあさんと一言、二言話してから階段を登っていく。「お邪魔します」と、挨拶をして魔女様に付いて階段を登った先は、屋根裏部屋のようだった。
「お前達は、この部屋の掃除をしておきな。その後で食事にしよう」
そう言って魔女様は階段を降りて行った。言われた通り部屋の隅にある箱から掃除道具を取り出し、窓を開けてお兄ちゃんと一緒に掃除を始める。
「ルルーチア、見てごらん。ここからだと街並みが良く見えるよ」
ここは三階の位置にある部屋。窓から見える景色は、町を囲う城壁と建ち並ぶ家々の屋根、遠くの高台にはお城も見える。
「大きな町だね。お兄ちゃん」
「そうだね。オレ達はここで暮らすのかな」
魔女様の故郷の町。わざわざここまで連れてきてくれたんだから、一緒に住まわせてもらえると思うんだけど。
と、その頃。一階ではヘルベスタとその母親がフィフィロ達兄妹を今後どのように扱うかを話し合っていた。
「身寄りのない子供が二人、そのうち一人は白子とはねぇ……。一、二週間くらいならここで預かる事はできるけど、ずっとは無理だよ」
「分かっているよ。アタシもあの村に捨ててくる訳にもいかず、ここまで連れて来ただけだからね」
ヘルベスタは村の惨状を説明して、ここに来た経緯を話す。母親もフィフィロ達の境遇には同情した。
「十歳と十二歳……あんな小さな子だけど、働くことはできるのかねぇ」
「そうだね、フィフィロには魔術を教えているから、冒険者に成れなくはないだろうけど、一人では難しいだろうね」
「するとやはり、人買いに買ってもらう方がいいかね……」
「アタシもここでの働き口を探さないといけないからね。その間だけでもこの家に置いてくれないか」
「それぐらいなら、構わないよ。さて、お前もお腹が空いただろう、食事の用意でもするかね。生肉でも……ヘルベスタは生肉が嫌いだったね。穀物でも茹でるか」
「薬草と野菜がある。それを混ぜてくれるかい。あの子達もいつもそれを食べてるんでね」
「あいよ」
ヘルベスタは今後どうするか悩みつつも、まずは荷物を家に運び込むために、裏口から外の馬車へと向かった。




