第56話 襲撃された村2
「お師匠様、ルルーチアをお願いします。オレ、隣りの家を見てきます」
ユイル達が住んでいた隣りの家は燃えてなかったけど、さっき道でおじさんらしき遺体を見た。お兄ちゃんは、ユイル達が心配だと急いで丘を登っていく。
お墓の前で動くこともできず泣いているルルーチアの背中から、魔女様が寄り添ってくれて言葉を掛ける。
「ルルーチア、悲しいのは分かるけどもう泣くのはお止め。村がこうなった以上、ここに留まるのは危険なんだよ」
魔女様は、兵隊がいないからと言って安心する事はできないと言っている。一度襲われた村を、軍は兵隊を進める拠点とするらしい。
「見たところ、この村に生き残りはいない。村は壊滅状態で再建する事も難しいだろうよ。あんたらがここに残っても死ぬ事になる」
「でも……でも……」
「これからの事は後で考えないといけないけど、最悪二人だけで生きていく事になる。まずは二人が生き延びる事を考えな」
そんな事を言われても、どうすればいいか全く分からないよ。
すると、丘の中腹にある隣の家の方からお兄ちゃんの声が聞こえた。
「お前か! お前達がこの村を襲ったのか!」
恨みのこもった叫び声。隣りの家の前でお兄ちゃんと竜の馬に乗った兵士! あれはリザードマン! 鎧は着ているけど槍を持った腕や、大きなしっぽには青緑色の鱗が光っていた。
「お兄ちゃん!!」
その兵士と睨み合っていたお兄ちゃんが、一歩前に足を踏み出して腕を下から上に振り抜くのが見えた。目には見えない風の魔術を使って、一瞬で馬ごと兵士を真っ二つにした。すごい威力だわ!
魔女様は自分の手を引いて、急ぎ丘を登りお兄ちゃんのいる場所へと走る。
「フィフィロ、大丈夫だったかい!」
お兄ちゃんは、握った拳を震わせながら、倒れたリザードマンの兵士を睨みつけていた。
「こいつらは竜騎兵だね。たぶん斥候に来たんだろう……」
竜騎兵? 二足歩行で巨大なトカゲの姿をした馬を竜騎というらしい。馬と同じように手綱を付け、背に鞍を乗せて人が乗る。リザードマンがいる地域にだけ住む竜騎、これは軍隊か貴族でしか使わない動物なのだと魔女様が言った。
馬よりも速い竜騎に軽鎧。戦うよりも移動速度を重視したこの兵士は、先遣隊らしい。この村を調査しに来たようだ。
「すると他にも斥候の兵がこの村に入っているだろうね」
「まだ兵士がいるなら、そいつらも倒しましょう」
「それも手なんだけどね……。敵の規模がまったっく分からないんじゃ、危険の方が大きい……」
魔女様は少し考えて、お兄ちゃんに厳しい口調で言いつける。
「フィフィロ。あんたらは、この家の中に隠れて出て来るんじゃないよ」
そう言い残して魔女様は急いで丘を駆け上がり、頂上付近へと走って行ってしまった。魔女様に言われた通り家の中に入って隠れる。
「あんな奴ら、オレが全員殺してやりたいよ」
「でも、魔女様はこの家から出るなって。それにこの村は今も危険なんだって言ってたよ」
お兄ちゃんは、槍を持った兵士を一撃で倒した。そんな魔術が使えるなら他の兵士とも戦えるかもしれないけど、危険な事はしないでほしい。リザードマンは初めて見たけど、大きくて怖い顔をしていた。
もし万が一のことがあって、お兄ちゃんまで死んじゃったらと思うだけで体が震えてくる。
「そうだ、ユイル達のお墓を作ってあげないと」
「えっ、ユイルお姉ちゃんの……お姉ちゃん達も死んじゃったの!」
お兄ちゃんに連れられて奥の寝室へ行くと、ベッドの上に背中を斬られて冷たくなっているおばさんを見つけた。その下から小さな手が見えている。それがユイルとメハラだとお兄ちゃんから聞かされた。
寝室の床を風魔法で切り裂いて、その床の下に見える土をお兄ちゃんが土魔法で穴を掘る。ギュッと目をつぶり無念そうな表情のおばさん。その遺体を風魔法でゆっくりと穴の中にいれる。
その下のユイルは、弟のメハラを庇うように抱きかかえて死んでいた。何かを訴えるように口と目を見開いている。お兄ちゃんが手でユイルの目をそっと閉じて、同じ墓穴に入れて土をかぶせる。
天に帰れますようにと、膝を突いてお兄ちゃんがお祈りしている。神様は早く天に帰したいからユイル達を殺させたの? そんなのおかしいよ。
死ぬ前に助ける事はできなかったの? ルルーチアはそんな神様にお祈りする事ができず、ギュッと手を握って盛り上がった土を見つめていた。




