第55話 襲撃された村1
「よし、この狩猟小屋は無事だね。荷物を降ろして少し休みな」
光が漏れないように窓を閉じ布を被せ、ランプに明かりを灯す。かまどで火は起こさず、乾し肉と硬いビスケットだけを食べて毛布に包まった。
朝まではもう少し時間があるから、今は少しでも休んでおいた方がいいと言われた。こんな状況じゃ眠れないと思ったけど、お兄ちゃんと一緒に毛布に包まって、いつの間にか寝て朝を迎えていた。
「今、お師匠様が村の様子を見に行ってるんだ。オレ達はここで待っていよう」
「村、大丈夫かな」
「大丈夫だよ、きっとみんな無事さ」
お兄ちゃんはそう言って、手を握り肩を抱いて寄り添ってくれる。
「今、明け方だよね。お祈りしなくちゃ」
天の神様に、村のみんなが無事でありますようにと、お兄ちゃんと一緒に祈った。今できる事はこれぐらいしかない。
お昼前、扉から鍵を開ける音がして、魔女様が村から帰ってきた。
「村にはまだ多くの兵隊が残っていてね、近づくことはできなかったよ」
村の様子がひどかったからなのか、魔獣の森を歩いてきたからなのか、少し疲れた顔で村の様子を話してくれた。
遠くから見ただけでも、半分程の家は焼かれてしまっていて、村人の姿はなかったという。
ルルーチア達の家は丘の向こう側で、森からは見る事ができなかったらしい。
森近くの魔女様の家は焼かれてなかったけど、鍵が掛かった家の扉が開け放たれていて兵隊が調べに来たみたい。
「なんにしても二、三日はここから動かない方がいいだろうね」
ここは魔獣が住む森の奥。わざわざこんな奥地まで兵隊が入ってくる事は無いと魔女様は言っている。いつもは脅威となる魔獣が、今は自分達の護衛役になってくれる。
小屋の周りには魔獣避けの香が焚かれていて、大型魔獣でもない限り、この小屋を襲って来る事は無い。村の近くにも、こんな狩猟小屋や洞窟がある。そこにお父ちゃんやお母ちゃんも逃げ延びていてほしいと願うばかりだ。
狩猟小屋に逃げ込んで三日目、村を襲った兵隊はいなくなったと魔女様が教えてくれた。
「お師匠様、すぐに村に戻りましょう」
「そうだね、荒れた村を見て盗賊が入ってくるかも知れないからね。早い方がいいだろ」
まだお昼前、明るいうちに森を抜けて村へ戻る事になった。警戒しつつ魔獣の森を急いで抜けて、まずは魔女様の家に入る。扉は壊されて部屋の中は荒らされ、食料や本、お金になるような物が盗まれていた。
「この地下室は無事だったようだね」
一階奥にある地下への扉は壊されずそのまま残っていたみたい。そこには貴重な本や研究資料が保管されているらしい。
「お師匠様。オレ、村に行ってきます」
「お兄ちゃん、私も一緒に行く」
お父ちゃんやお母ちゃんの事が気がかりで、居てもたってもいられずに外に出ようとするお兄ちゃんに魔女様が声を掛ける。
「ちょっと待ちな。アタシも一緒について行くよ。まだ兵士がいるかもしれないし、柵も壊れていたからね」
村の周りの柵が壊れていたら魔獣が村に入っているかもしれない。魔女様も一緒に来てくれるけど、離れないようにと注意された。
村に近づくと、自分の家が焼け落ちているのが遠くからでも見て取れた。
「お兄ちゃん、私達の家が燃えちゃってるよ」
遠くに見える家は、屋根は焼け落ちて壁にも穴が空いている。庭の柵が壊れ、飼っていた牛や馬も見当たらない。家の周りの石垣は残っているけど、人の姿は無い。
走って家に向かう途中、道の脇にある草むらの中に誰かの遺体があった。ギョッとして避けて通ったけど、あれはお隣のユイルのお父さんじゃ……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。こっちに来て」
焼けた家の中、奥の寝室のあった辺りを見ていると、燃えた木の柱の陰に人の手が見えた。駆けつけたお兄ちゃんが、瓦礫や焦げて焼け落ちた木の柱をどける。
「母ちゃん……」
どけた瓦礫の隙間から、伸びた手とススにまみれたお母ちゃんの顔が見えた。
「お母ちゃん、お母ちゃん!!」
駆け寄って黒くなったお母ちゃんの肩をゆすったけど、何の反応もない。胸から下は石垣と大きな柱の下敷きになっていて動かすこともできない。真っ黒な頭だけがぐらぐらと揺れるばかりだった。
「なんて事だ……父ちゃんまで……」
少し離れた所で、お父ちゃんの遺体も見つかった。
「酷い事をするもんだね。他の家も見たけど住民が何人も殺されていたよ」
家に来てくれた魔女様が、肩を抱きながら慰めてくれたけど、涙が止まらない。
「気の毒だが、ご両親の墓を作って弔ってやる他、あたし達にできることは無いね」
魔女様が家の横に魔法で墓穴を掘ってくれた。瓦礫から運び出したお母ちゃんの遺体を魔女様とお兄ちゃんの二人で墓穴の中に入れる。
「お兄ちゃん、ダメだよ! お母ちゃんをそんな穴の中に入れちゃ」
「ルルーチア、ごめんな。このまま野ざらしにしておく訳にはいかないんだ」
「でも、でも! お母ちゃんもお父ちゃんも、少し前にこの家から私を見送ってくれたんだよ。ちょっと前まで生きてたんだよ……」
「ごめんな、ごめんな。ルルーチア」
泣いて、お兄ちゃんに縋りついたけど、抱きしめてごめんと謝るばかりだ。どうしてこんなことになってしまったの。
お父ちゃんのお墓も作って土を埋め、壊れた石垣の石を乗せて墓石の代わりにする。
まだ涙が止まらないけど、三人でお墓の前でお祈りをした。……だけど、こんなお祈りに何の意味があるんだろう。もう、すべてが遅いじゃない。
今まで毎日、毎日、神様にお祈りをささげてきた。私達の神様は空からみんなを守ってくれるんじゃなかったの? どうしてお父ちゃんとお母ちゃんを守ってくれなかったの? こんなひどい事をなぜ神様は許しているの……。




