第54話 村の異変
「お兄ちゃんそっちに鹿が行ったわよ。お願い」
「ああ、任せろ」
お兄ちゃんが魔女様の家に行ってから一年が過ぎた。病気がちだったお兄ちゃんは、今も魔女様の家に居て元気に過ごしている。
ルルーチアも魔女様の家に通って、弓を習うようになった。魔術ができない自分でも弓なら一緒に森に入って狩りができる。
連携して獲物を追い込めば、二人だけでも容易く獣を仕留められる。
「ルルーチアの弓、すごく上手くなったな」
「まだまだ、お兄ちゃんの魔術には敵わないわ」
「正確さだったらルルーチアの方が上じゃないか。すごいよ、ルルーチア」
そう言って頭をよしよしと撫でてくれる。またしっぽが激しく左右に振れちゃうよ。
「お師匠様。大きな鹿が狩れましたよ」
「それじゃ、解体して奥の倉庫に吊しておいてくれるかい」
「魔女様。今晩はこの肉でステーキにしてもいいですか」
「ああ、そうしようかね。今晩の分だけ切り分けて、残りはハムと乾し肉にしておくれ」
「は~い」
魔女様の家にも慣れて、いろんな仕事をするようになった。最近は自分の家にいるより、ここに泊まっている方が多いくらいだ。
この前、ここにお父ちゃんが来て「フィフィロ、そろそろ家に帰ってくるか」って聞いてた。でもお兄ちゃんは、魔女様に新しい魔術も習いたいし、やっと本が読めるようになってきて、もっと教えてほしい事があるからと断ってた。
「ねえ、魔女様。前みたいに魔獣の居る森の奥まで連れて行ってくれませんか」
「そうだね……フィフィロも新しい杖に慣れてきた頃だし、明日にでも魔獣狩りをしてみようかね。ルルーチアも一緒に行きたいんだろ」
「はい、前は矢が一本も当たらなかったから、再挑戦したいんです」
お兄ちゃんは、魔女様に練習用の小さな杖をもらっている。自分は新品の弓矢をお父ちゃんに買ってもらったし、今度は上手くできるような気がする。
そんな充実した日々を送って数ヶ月が経ち、弓の腕もどんどん上達してきた。今日も魔女様の家に泊まってお兄ちゃんと一緒に過ごす。
――その日の夜中。
「フィフィロ、ルルーチア。起きるんだ」
「どうしたの……お師匠様」
「村が襲撃を受けて燃えている」
隣りで寝ていたお兄ちゃんが、飛び起きて窓の外を見る。夜中で真っ暗なはずの空が、村の方だけ赤い光が広がっていた。怖くなってお兄ちゃんにしがみついた。
「お兄ちゃん……」
「さあ、逃げる準備をおし」
「でも、お父ちゃんとお母ちゃんがあそこに……」
「今からアタシ達が行ったところで、何もできやしないよ。さあ、ルルーチアも急いで支度しな」
「お兄ちゃんも魔女様も魔術が使えるんでしょう。それで村のみんなを助けられないの」
「今、村を襲っているのは、隣国の軍隊だ。盗賊が夜中にこんな大掛かりな夜襲はしないからね」
軍隊!! ここは国境に近いけど、国境まではまだ二つの村があったはずなのに。
「その村も同じように襲われたんだろうよ。それだけ奴らは手慣れていると言う事さ」
この家が魔獣に襲われた時のために、逃げる準備は常にしている。衣類や避難道具をお兄ちゃんが鞄に詰めていき、ルルーチアも自分の鞄を持って弓と矢を手にした。
眠るための毛布を半分に折って、マントみたいに肩に掛けながら一階へと急いで降りる。食糧庫にあった乾し肉や水を持てるだけ持って裏扉へと向かう。
「ルルーチア。大丈夫、重くない?」
「うん、大丈夫。お父ちゃんとお母ちゃん、ちゃんと逃げられたかな」
「きっとオレ達と同じように逃げているさ。前に魔獣が村を襲った時も、ちゃんと逃げたって言ってたじゃないか」
優しく言葉を掛けてくれたけど、村がどうなっているか分からなくて心配なのはお兄ちゃんも同じ。今は自分達が助かる事だけを考えて、魔女様に付いて行こうと言った。
「お師匠様。準備できました」
「さあ、森の奥の狩猟小屋まで行くよ。あそこなら保存用の食料もある。しばらくは凌げるからね」
「お兄ちゃん、村があんなに燃えてるよ……」
裏口から外に出て、振り返ると真っ赤な炎と黒い煙が立ち昇っている。
「さっきより火の手が回っているな。なんてひどい事をするんだ」
お兄ちゃんはキッと睨むように村の方を見た後、森の奥に目を向けた。これから逃げるのは魔獣のいる森の中、安全と言う訳じゃない。お兄ちゃんが手を引いてくれて、魔女様の後ろに付いて行く。
今は真夜中、夜行性の魔獣が徘徊する時間。こんな時間に森の中に入るのは初めてだ。普通のランプを灯す訳にはいかないから、足元だけが薄っすらと明るくなるランプを腰に付けて、森の暗闇に目を凝らして歩いて行く。
「みんなと一緒ならルルーチアも怖くはないだろう。魔獣が襲ってきてもオレの魔法で追い払ってあげるからね」
「うん。私も弓でやっつけるよ」
「ルルーチアは強い子だな」
お兄ちゃんにそう言ってもらったけど、夜の森は怖い。
もし森の奥深くで魔獣に襲われたら速やかに、断末魔すら上げさせずに仕留めないといけない。声を上げさせると興奮した魔獣が一気に襲ってくる可能性がある。
魔女様が前方と左右を、自分を真ん中に挟んでお兄ちゃんが後方を注意しながら進んで行く。
魔女様が持つ杖が動いたと思った瞬間、右手の奥で獣が地面に倒れる音がした。でもその後は静寂が森を支配する。
「急ぐよ」
すごい。あの一瞬で魔獣を倒したんだ。弓を構える暇さえなかった。これが実力の差なんだと思い知る。足手まといにならないように、足音を忍ばせながら急ぎ付いて行く。




