第51話 森の魔女の家1
「フィフィロって名前だったね。あんたは今日からアタシとここに住むんだよ」
そう言って連れて来たのは、村の外にあるヘルベスタの家。森の……と言われるだけあって森のすぐ近くに立つ二階建ての家。一人で住むには大きすぎる家だけど、研究施設を兼ねているからね、この程度の大きさは必要になってくる。
「オレがここに住めば、この体は元に戻るの?」
「白子の事かい? それは無理だね。ただ、あんたが長生きできるようにはするつもりさ。今までのような大病にかかればあんたは死ぬかも知れない。だがここなら、それを回避できる可能性は高い」
一緒に住んでいれば、この子の体に異常があってもすぐに対応できる。手遅れになる事もないだろうさ。
「森の魔女様は村の魔術師様よりも偉いの?」
「あの老いぼれとかい。まあ、魔術の腕や薬学の知識は上だろうね。だけどアタシは村人を助けてやる義理は無いからね。村の役に立っているかと言う事なら、あの魔術師の方が偉いんだろうね」
ヘルベスタは村とは関わりを持たないようにしている。まあ、今回は特別だ。この子を連れてくる時も、妹さんに連れて行かないでと泣かれてしまった。ああいうのは苦手だよ。
フィフィロを二階に用意した部屋に案内する。ここは物置用の部屋で、前に使っていた古いベッドもある。
「いいかい。あんたは自分の事は全部自分でするんだよ。部屋の掃除や洗濯、食事を作る事もだ」
多分、今までは母親にしてもらってきた事だろうけど、できる事はやってもらう。ヘルベスタにも今までの研究の続きがある。それに加えて今回の白子の研究もしなくちゃいけない。フィフィロの生活に費やす余分な時間はないからね。
「分からない事はちゃんと教えるから、アタシに聞きな。そしてあんたがする一番大事なことは魔術を覚える事だ」
「魔術を?」
この子は今まで魔法すら使ったことが無い。白子になる前は魔結晶が機能していなかったからね。食堂の椅子に座って向かい合い、この子にも分かるように説明していく。
「白子になった影響なのか、あんたの体は徐々に魔素が貯まる病気になっている。それを放出するために魔術を使うんだよ。それも一ヶ月以内にだ」
「一ヶ月で!? 俺にも魔法が使えるようになるの」
「まずはあんたの魔力属性を見てみよう。人差し指をこう立てて、その先端に体内の魔力を集めてみな」
フィフィロは、人差し指を立てて「うん~ん」と唸る。しかし何も起きず、じっと手を見る。
「えい、えい」と手を振っているけど、ダメなようだ。
「おかしいね。あんたの指からは僅かだけど魔素が出ている。魔力回路も働いているからどれかの属性は発現するはずなんだけどねえ」
「オレ、体の中の魔力と言うのが良く分からないんだ。でもオレ、魔法が使えるようになりたい。何でもするから教えてください」
幼いころから魔法が使えず、急に魔力を使えと言われても感覚的に分からないらしい。でも意欲はあるようだ。魔術が使えないと命にかかわるからね、何としても習得してもらわないと。
「じゃあ、胸に手を当ててみな。心臓が動いているのが分かるだろう。そこから血液を全身に回しているんだ」
「うん、分かるよ」
「胸にある魔結晶。ここから魔力が全身を巡る。その魔力を手に集中させるんだ。分かるかい」
「何となく分かるけど、上手くできないよ」
「じゃあ、これなら分かるかい。魔力には波動……波があってね、その波に合った魔力が属性として発現する。その波を指に集める」
「んん~、難しくて分かんないよ」
フィフィロの困った顔を見て、どうしたものかとヘルベスタも悩んでしまう。魔力の感覚は小さな頃から身についていて、人から教えてもらうものじゃないからね。
う〜んと腕を組んで悩むヘルベスタ。
「よし、じゃあアタシの人差し指の炎をじっと見て、同じことをやってみな」
フィフィロが同じように人差し指を立てて、ヘルベスタの指先の炎をじっと見る。
「胸の魔結晶。これを心臓だと思って拍動……魔結晶をバクバクと波打たせる」
「うん、やってみるよ」
「そして、この炎の揺らめきに合わせるように波を作る。その波を指先に持ってくる。どうだい」
フィフィロは炎の揺らめきを瞳に写して、その波動を見逃すまいと真剣に指先の炎と向き合う。
「うわっ! 炎が出た」
「そうだ、上手いね」
指先に小さな炎が灯る。初めて使った魔法に大喜びするフィフィロ。そういや、自分も初めて魔法が使えた時は大喜びしてはしゃぎ回ったものだ。
「よし、次は水魔法を試そうか」
「はい!」
いい返事だ。ヘルベスタが人差し指に水滴を作りフィフィロに見せる。フィフィロはそれを真似る。
ヘルベスタは光属性を含むすべての属性を使い熟せる。全属性が使える者は稀。だからこの村に来た時にヘルベスタは魔女様と称されるようになった。
それらを全て試し、そしてフィフィロにも光属性以外の四属性が使える事が分かった。
「すごいじゃないか。やはりその胸の魔結晶は特別な物のようだね」
「えへへ。でも光はできませんでした」
「光属性は修練をしなきゃ発現しないからね。魔術を勉強すればできるかもしれない。まあ、頑張りな」
こうして、フィフィロはこの家で魔術の勉強をする事になった。魔術を教えるのはこの子の命を永らえさせるためだけど、生き甲斐にもつながる。
この先、短い命になるかも知れないけど、それまでに学び、何かを成せるかもしれないと希望を持つことが生きる上で大切なことになるからね。
そしてフィフィロはヘルベスタの事をお師匠様と呼ぶようになった。




