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第50話 魔女ヘルベスタ

「ほう、これが白子の子供かい」


 病気になった白子の子供を診てやってくれと、村の魔術師に頼まれてやって来たのは、森の魔女と呼ばれる人物。キツネ族の三十歳を過ぎた女性、名をヘルベスタという。カールのかかった金色に近い明るい茶色の髪が肩まで伸び、しっぽはオオカミ族よりもふわふわしている。


 ヘルベスタは森の近くで、魔術や魔獣についての研究を日々行なっている。その茶色の瞳は理知的ではあるが、鋭さがあり物事を探求する厳しさを持っていた。

 首都の大学を卒業し、博識であるヘルベスタも、こうやって間近に白子を見て触れるのは初めての事だった。


「魔女殿。わざわざ森から出て来て下さり、ありがとうございます」

「アタシはあんたらとは部族が違うからね。こうやって村に入るのも久しぶりだよ」


 この村は森オオカミ族だけが住む村。ヘルベスタのようなキツネ族が村に世話になる訳にはいかない。村外れの森近くに家を建てて住んではいるけど、こうやって村に呼ばれる事もある。厄介な事だよ。


「確かこの子は魔法が全く使えないと言っていた子だね」


 七、八年前、魔法が一切使えない子供がいると、村に呼ばれて診た子だ。生まれ持っての魔結晶を胸に持っているのに、それが全く機能していなかった。魔力回路も貧弱で生活魔法さえも使えなかったと記憶している。


「魔女殿。この子は黒死(こくし)病じゃないかと思うんじゃが、どうじゃろう」

「確かに黒死病の症状に似ているね」


 寝ている子供の手を持ち上げ、指先を確認する。この指先が少し黒ずんでいるのはまだ初期症状の段階だろうけど、真っ白な指だから余計に目立つね。

 黒死病は体内に貯まった魔素が放出できなくて、体の末端から腐っていき死に至る恐ろしい病気だ。


「でも、この子は魔法が使えないまでも、魔素の放出はできていたはずだけどね……。白子になってどれぐらい経つんだい」

「この病気になってから一ヶ月程になります」


 一緒にいる家族の者に、今までの経緯なども聞いたけど、黒死病になった原因は分からなかった。


「体質が変わって魔素の放出ができなくなっているのかも知れないね」


 この子の体内に流れる魔素の通り道をつぶさに調べていく。前に診た時と同じように、指先から僅かではあるけど魔素がちゃんと放出されている。普通であれば黒死病になるはずはないんだけどね。


 魔素の流れを追っていくと、どうやら胸の魔結晶に魔素が貯まっていてそこから逆流しているようだ。以前には機能していなかった魔結晶が魔素を取り込み、一杯になった魔素を放出している。

 その量が多く、体内に魔素が充満した状態になっているみたいだね。


「少し刺激を与えて、魔法を発動させてみるよ。家族の者はこの部屋から離れていてくれるかい」


 体内の魔素を排出するには魔法を使うのが一番だけど、この子は今まで魔法を使ったことが無い。外部からヘルベスタの魔力を注入して魔法を発動させる事は可能だ。

 だけど今は、この子の体内に魔素が充満している状態。外部から魔力を入れるのは非常に危険だけど、このまま死を待つよりはいいはずだ。


「魔女殿。この子の魔法属性は分かりますかな」

「いや、分からないね。意識を失っているようだし、調べるよりは試してみた方が早いだろうね」


 体内に注ぐ属性と、この子の持つ属性が合わなきゃ魔法が発動しないだけで、体に影響はない。まずは四元素の魔法属性の内一番安全な水魔法で試してみようかね。


「あんたは魔法が暴走した時の防御かキャンセルをお願いするよ」


 意識もなく眠っているこの子自身に魔法制御はできないだろう。外部から無理やり魔法を発動させると、暴走する可能性が高い。

 この子の手の指と自分の手の指を合わせて指先から魔力を入れていく。指先が湿ってきたけど、これは皮膚表面の魔素が水に変化しただけだ。


 今やっている事は、噴き出すガスに火花を近づけて引火させるようなもの。もし体内の奥深くで魔法が発動すると、体ごと破壊されてしまう。慎重に指の中にヘルベスタの魔力を注ぎこまないと……。


「んん……。少し反応があったようだね」


 と思った瞬間、手から大量の水が溢れ出した。

 村の魔術師が防御する暇もなく一瞬で部屋が水で満たされる。ヘルベスタと村の魔術師、子供が寝ているベッドごと水中に浮かび上がってしまった。その水圧で窓ガラスが割れて、ドアを破壊して水が外に流れ出ていく。


「ゲホッ、ゲホッ……なんて量だい。よくもこんなに魔素をため込んでいたもんだ」


 水中に浮かんでいたベッドも今は床に戻り、子供は眠っていたお陰か水を飲む事もなかったようだ。急ぎ指先を調べたけど、五本の指とも内部から破壊された痕跡はない。一安心だね。


「ま、魔女様、今大量の水が台所まで押し寄せてきたんだが」


 外にいた両親が、慌てた様子で部屋に入って来た。


「ああ、この子の魔法だよ。これで体内の魔素はほぼ抜けたね」

「それじゃ、うちの子は助かるんですね」

「今のところはね。しかし、いずれ再発する」


 今後の事を両親に話しておいた方が良いだろうね。ヘルベスタは隣りの部屋で両親と向き合う。


「この子の魔力量は大きい。定期的に魔素を体外に排出させないと、また同じ病気になってしまう。白子になってひと月位だとすると、今後も毎月、同じ病気になるだろうね」

「それじゃ来月も、魔女様に同じ治療をしていただくことになると」

「これは対症療法でね、今回は上手くいったが次もこうなるとは限らない。生か死かの賭けみたいなもんなんだよ」

「そんな……」


 母親は泣きそうな顔で父親の顔をみる。根本原因はこの子の胸にある大きな魔結晶。そのひし形の形が分かる程に、胸の上に盛り上がっている。通常、魔結晶から魔素が逆流する事は無い。なんらかの異常か未発達なのかもしれない。


「この子をアタシに預けてはくれないかい。この子の体を調べながらどんな治療方があるか探りたい」


 突然のことで、両親は迷っているようだ。まあ、無理もないね。


「お金も心配しなくていい、治療費は要らない。この子を預かっている間の食料をもらえればそれでいいよ。白子は一年しか生きられないと聞いている。このままだと本当にそうなるだろうね。まあ、アタシに預けたからと言って長生きできるとは限らないが、まだその方が生きられる可能性は高いだろうよ」


 それを聞いて、両親はヘルベスタに我が子を預ける決断をした。


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