第47話 フィフィロ
……フィフィロ、…… フィフィロ。
遠くで名前を呼ぶ声が聞こえる。体が熱くて胸が苦しい。ハァ、ハァという自分の息だけがやたらとうるさい。
小さな頃にも、こんな事があった。幼い頃からよく病気をして、その度に父ちゃんや母ちゃんに看病してもらっていた。でも今回の病気は今までと全然違う。
父ちゃんが魔術師様を呼びに行くとか言っている。
魔術師様? そんな人を呼びに行かないとダメなくらい酷い病気なんだ。
――オレ、死んじゃうのかな。
来年十二歳になれば、母ちゃんが作ってくれた服を着て、父ちゃんの畑仕事も手伝えるようになるのに……。
「オレ、父ちゃんの後を継いで、立派な農夫になるからね」
「おお、そうか。フィフィロには期待しているぞ」
そんな事を言ってくれた父ちゃんの役に立てないなんて……。オオカミ族の子供は普通、服は着ない。全身の毛皮があればそれで十分だ。でも十二歳ぐらいになると一人前と認めてくれて服を着て、親の仕事の手伝いをするようになる。
母ちゃんが作ってくれた服に、袖も通さず死んじゃうなんて嫌だよ。
幼いころから何をやっても上手くいかず、村のみんなからもバカにされていた。村で魔法が使えないのは自分一人だけだった。みんなが使う魔法が一切できず、ずっと悩んでいた。
父ちゃんと母ちゃんは気にする事ないって言ってくれたけど、みんなにバカにされるたびに唇をかみしめた。
あいつらを見返してやりたい。自分をバカにしたあいつらを……。
なんだか体も頭も熱い。昔のことが妙に思いだされてしまう。
◇
「おい、こいつ魔法が全然使えないんだってさ」
「本当かよ。俺なんて二属性も使えるんだぞ」
「俺は土属性だ。フィフィロ、この石つぶてを避けてみろよ」
「うわ~、こいつ、すごいのろまだぞ。こんな石も避けられないのかよ」
「こら~、あんた達、何やってるのよ! フィフィロ君をいじめちゃダメでしょう」
走るのも遅く力も弱いから、いつもいじめられる。遊び相手は隣に住んでいる一歳上のお姉さんと、その二つ下の姉弟だけだった。
「フィフィロ兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ、メハラ。ちょっと頭に小石が当たっただけだから」
「ちょっと、血が出てるじゃない。フィフィロ君、あたしの家まで来なさい」
「ありがとう、ユイル。いつもごめんね」
「お隣さんなんだから、気にしなくてもいいわよ。そうだ、後でルルーチアちゃんも連れて丘の上に登りましょうよ。今、お花が咲いててすごく綺麗なのよ」
お隣のユイルの家は、牧場を挟んだ丘の途中。その先にある丘の頂上は花畑があって、よく連れて行ってもらったなあ。
そして二つ下の妹のルルーチア。まだ三歳で、フィフィロの事をニイニ、ニイニと呼びながら、いつも後をヨチヨチと付いて来てくれる。
「ルルーチア。ほら、赤い花で冠をつくったよ。頭にのせてあげるね」
「ニイニ、ありがとう~」
ルルーチアはにっこりと屈託のない笑顔を見せてくれる。
◇
……こんな可愛い妹に心配を掛けたくない。大事な、大事な妹だ。そんな妹をおいて自分は死んでしまうのか。ごめんよ、こんな情けないお兄ちゃんで……。
……いや、ダメだ! まだ死ぬわけにはいかない。バカにした連中を見返すまでは。可愛いルルーチアにもかっこいいお兄ちゃんを見せてあげないと……。
でも、頭は朦朧として体を動かすこともできない。フィフィロはうなされながらも夢を見る。
「……次は、あの城か。距離はどれくらいある」
「そうですな。一日もあれば手前の平原に軍を集結させることができますな」
「兄さま。砲兵部隊も準備は整っています。命令があればいつでも出撃できます」
「それにしても、英雄と名高きフィフィロ殿が最前線に出てきて下さるとは、光栄の限りです。兵の士気も上がります」
「我が部隊であの城を落とせば、王も喜んでくださる。オレも少しはいいところを見せないとな」
「兄さま。あまり無理はなさらずに……」
「ルルーチアが、いつもオレの後方を守ってくれているから、頑張る事ができている。感謝しているよ」
「お二人が揃えば、鬼に金棒ですな。作戦は軍師アルディア様から授かっておりますゆえ、今回も勝利は間違いないかと存じます。ご安心ください、ルルーチア様」
「よし、ならば行こうか」
これは遠い、遠い未来か、はたまた願望による儚い夢か。いずれにしても、この病を克服して生き延びた先にしか答えはない。




