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第46話 オオカミ族の村

 【まえがき】

 しばらくは、各話ごとに視点が変わっていきます。

 


「ねえ、あなた 。起きてちょうだい」

「んん~。なんだこんな朝早くに」

「フィフィロがすごい熱を出しているの。魔術師様を呼んだ方がいいんじゃないかしら」


 その言葉にジガータの眠気も吹き飛び、妻と一緒に息子のフィフィロが寝ている寝室へと向かった。


 確かに熱が高いな。

 既に長男を幼い頃に亡くして、次男のフィフィロを十一歳になるまでに育ててきた。病弱で何度も病気にはなったが、今まで何とか乗り越えてきた。もう大丈夫だろうと思っていた矢先に、また病気になるとは……。


 ここはヘブンズ教国の森オオカミ族だけが暮らす村。この村に専門的な医術を知る者はいない。隣の大陸オオカミ族が住む町には、医者が居て良い薬があるそうだが、町までは馬車で片道二日も掛かってしまう。


「もう少し様子を見て、それでも熱が引かなきゃ俺が魔術師様の所に行こう」


 大事な息子のためだ。今日の畑仕事は休みにしよう。こういう時は、村に居る魔術師様の調合する薬に頼る他ない。

 魔術師様が居るとはいえ、この村の子供は十歳になるまでに半数近くは死んでしまう。この貧しい村にあっては仕方のない事だろう。


 その後も息子の熱は下がらず、ジガータはこの村に一人だけの年老いた魔術師様に来てもらう事にした。


「どうだ。治りそうか?」

「そうじゃのう。この薬草で少しは落ち着いたが、この先は様子を見てみんと何とも言えんな」


 今は手持ちの薬草で治療をしているが、呪いや悪魔が取り()くこともある。そうなれば魔術師様の術だけが頼みの綱となる。

 妻は気が気じゃないと部屋の外でウロウロしているようだが、自分達にできる事は少ない。天の神ウエノス様に祈る他ないだろう。


「お前は、ルルーチアの面倒を見てやってくれ。まだ九歳だ。あの子に病気が移ってしまってはいけないからな」


 伝染する病かも知れない。念のため妻と娘はフィフィロに近づけず隣の部屋に居てもらう。治療を終えた魔術師様は薬草で作った薬を置いて、何かあれば呼ぶようにと言って帰って行った。


 ジガータは長丁場になるかもしれんと、食事を摂り休憩しながらフィフィロの様子を見守る。夕方になっても熱は高いままだ。うなされている息子の様子にジガータは最悪の結果も覚悟した。

 そしていつものように、膝を突き神に祈りをささげる。天に居られる神様、どうぞ我らをお守りくださいと。


 その日の夜。息子のフィフィロが急に苦しみだした。


「俺は魔術師様を呼びに行ってくる。その間フィフィロを頼む。だが部屋には入らんようにな」


 妻にそう注意して、外に飛び出し魔術師様の家に急ぎ走る。あの息子の苦しみ方は尋常ではなかった。手遅れになる前に何とかしたい。長男を亡くした時の妻のあんな悲しむ顔はもう見たくはない。


 急ぎ連れてきた魔術師様は息子の様子を診て、薬草を飲ませようとしたが吐き戻してしまう。祈祷のお祈りをしてもらったが、息子はベッドの上でもがき苦しむ。

 様子が変だ。フィフィロの体毛が大量に抜け、ベッドは黒と焦げ茶色の毛で覆われてしまった。


「おい、どうなっているんだ。これは悪魔憑きなのか!」

「い、いや。こんなのはワシも見たことがないぞ」


 苦しんでいる我が子を抱き上げると、毛だけではなく体全体を覆う毛皮自体が剥がれ落ちている。ひと回り小さくなったフィフィロは真っ白な体になって震えていた。


「こ、これは白子(しらこ)かもしれん……」

「白子? なんだそれは」

「奇病の一種でな……それよりもその子を毛布で包んで暖かくしてやれ」


 そうだな、今は体に毛皮も無く震えているフィフィロを温める事が一番だ。妻に言って冬用の毛布を持ってきてもらい息子を包む。


「父ちゃん……」

「心配するな。俺がずっと付いていてやるからな」


 震えは収まったようだが、ぐったりとした息子をベッドの上で寝かせてやる。頭の上だけ毛を残して真っ白な顔の息子は、顔の形まで変わってしまった。だがしかし、その声は確かに息子のフィフィロだった。白子……こんな病気になってしまうとは、なんて運のない子なんだ。

 水を飲ませて休ませると、やっと落ち着いた状態になり眠ってくれた。



 翌朝、魔術師様が本を持って家に来てくれた。自分と妻に話がしたいと言うので、部屋を用意する。


「白子については、ワシも初めてじゃが、ここにその事が書かれておる。あんたらには辛い事かもしれんが、白子となった子供は一年と経たずに亡くなると書いてある」

「い、一年の命ですって……」


 妻が驚きの声を上げ、手で口を覆う。


「移る病気ではないがその治療法は無く、衰弱して死を迎えるらしいのじゃよ……。すまんがワシの術ではどうする事もできん」

「何とかならんのか! 例えば隣町の医者の所に連れていくとか……」

「それも良いかもしれんが、この文献はこの国中の医者が持っておる医学書じゃ。何処に行っても同じ結果になると思うがのう」


 隣町の医者に手紙を出して聞いてくれるとは言っているが、期待はしないようにと言われた。隣りで妻がすすり泣いている。

 確かにフィフィロのあの姿では、体温が奪われて衰弱してしまうだろう。手足も細くなっていて、以前のように外を歩き回わる事もできないように思える。

 一年の命……なんて事だ! なぜ神様はこんな試練を自分達に与えるんだ。


 魔術師様が帰った後も、泣き続ける妻の肩を抱いてジガータは言う。


「死ぬと言っても、まだ一年あるんだ。俺達でフィフィロを救う手立てを考えてみよう。それまではお前も頑張ってくれ」

「……はい、あなた」


 肩を震わせながらも、妻が返事をしてくれた。


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