第42話 白子の居る村2
リビティナは、衰弱した女の子にヴァンパイアの血を分け与えようと思う。
こんな子供に血を与えて大丈夫だろうかと考えたけど、既に人間化している。熱を出すなどの悪影響はないだろうし、今の容態だと放っておくほうがリスクが高い。
ネイトスに部屋の前に立ってもらい、誰も入って来れないようにする。
「お嬢ちゃんのお名前はなんて言うんだい」
「……ジェーン」
顔をこちらに向けて、何とか言葉を発してくれた。
「ジェーンちゃんか、いいお名前だね。ボクはリビティナって言うんだ」
そう言って仮面を取って、女の子と向き合う。
「お姉さんも白子なんだ」
「少し違うけど同じようなもんだよ。これから君の治療をするけど驚かないでね」
「痛くするの……」
「少し痛いけど我慢してくれるかな」
力ない表情でコクンと首を縦に振ってくれた。
「ジェーンちゃんは偉いね。首筋を見せてもらうよ」
着ている服の首元を緩めて、幼く細い首を露わにする。慎重に首に噛みつき牙を立てた。
「ウッ!」
まだ子供だから分け与える血も少なめがいいかな。少し痛むだろうけど、牙には麻酔効果もある。その内痛みは感じなくなる。こわばっていた体の力が抜けて、朦朧としているジェーンをベッドに寝かせて部屋を出る。
「治療は終わったよ。今は寝ているからそのまま静かにしてやってくれるかな」
両親がベッドに向かい、横になっている娘の様子を見守る。
「ネイトス、すまないが川まで行って水を汲んできてくれないか」
「そうだな。ここの住環境は悪いようだ。こんな濁った水瓶の水を口にすれば病気になって当然だ」
この村に来る途中に小さな川があった。その水の方がまだましだ。家にあった二つの水瓶を荷馬車に積んで川に行ってもらう。
その間にリビティナは台所を風と水を合わせた魔術で清掃を行う。大きな鍋にお湯を沸かし、その中に食器を入れて煮沸消毒する。
両親に来てもらい、生活上の注意点を話す。
「白子……人間はひ弱だ。きれいな水と、よく火の通った食事をしないとすぐに病気になる」
「最初は元気だったジェーンが何度も病気を繰り返して、その度に衰弱していったんです」
「ここにある水や食事に原因があると言う事なのか……」
「後で薬草を混ぜた消化のいいご飯の作り方を教えるよ。今後はそれを娘さんに食べさせてくれるかい」
水汲みから帰ってきたネイトスと一緒に食事の作り方や消毒の仕方を教える。これが王国流の治療方なのかと感心しながらも、両親は真剣に聞いていた。
陽も傾き、その日は村の集会場に泊めてもらう。村人達も二人の事を王国から来た医者として受け入れてくれたようだ。
翌朝、心配しつつもジェーンの家に行き様子を確かめる。
「今朝はジェーンが起き上がってご飯を食べてくれました。あなた方のお陰です」
「何と感謝したらいいか。本当にありがたい」
家に入るなり母親が笑顔で迎えてくれる。父親も元気になっている娘の姿に顔をほころばせる。
とは言え、まだ安心できる容態じゃない。衰弱している全身を元に戻すには、それなりの時間がかかるようだ。その日もリビティナの血を与えて光魔法で治療をする。
その翌日にはベッドから起きて歩けるまでに回復してきた。ベッドに座らせてリビティナが首筋や体に異常が無いか確かめていく。
「これはどういう事じゃ。お前達! ワシの患者に触るな」
「あっ、先生」
家に入って来たのは、ギルドで紹介してもらった白子を研究していると言う元貴族の医師だった。時々、この村に来て診察しているらしい。
「この王国からのお医者様がジェーンを治してくれたんです」
「お前らは町で会った冒険者じゃろう。王国の余所者が、にわか医師のようなまね事をするんじゃない!」
医師は、ベッドの横でジェーンの様子を診ていたリビティナを押しのけて椅子に座る。ジェーンを横に寝かせ急いで診察を始めた。
「あれ、リビティナじゃない。なんでこんな所に居るの?」
後ろから入って来たのは冒険者のレインだった。
「レインこそ、なんでこの村に」
「あたしは先生がこの村で白子の子を治療するとき、いつも護衛で付いて来てるんだよ」
外部にバレないように秘密裏に治療していたようで、白子の事を知るレインに村までの護衛依頼をしていたらしい。
ベッドでジェーンの診察をしていたエマルク医師が、驚きを隠すこともできず呟く。
「どういう事じゃ、この短期間に自分で起き上がれるようになるとは……。これを、あんたらが……。奇跡が起こったのか、それともこれが王国の医術なのか……」
この医師と会ってから三日。普通の治療でここまで回復するはずはないから驚くのも無理はないね。そんな医師にネイトスが問う。
「エマルク医師。あんたは、長年白子に関する研究をしてきたと聞いていたが」
「ああ、ワシは白子の寿命を延ばすために医者になったんじゃよ。昔、妹が白子になって亡くなってしまってな……。じゃがワシではこの娘を助ける事すらできん」
帝都に近いと目を付けられてしまうからと、国境沿いのあの町でひっそりと病の治療法を見つける研究をしていたそうだ。
「あんたのことはレインから聞いた。白子であるのに元気に冒険者をしている者がいると。王国では白子の延命方法が見つかったんじゃな。やはり帝国では追いつけないのか……」
悔しそうに唇を噛みうなだれる。
「今からでも協力できると思うよ。あなたの研究の事を聞かせてくれないかな」
別室でエマルク医師とレイン、それにリビティナ達四人で話をする。
「ボク達は白子になってくれる人を探しに帝国に来たんだけど、モンスターに噛まれると白子になると言うのを聞いた事はあるかい」
「ああ、二百三十年前のヴァンパイアの伝承じゃろう。ワシも研究していたからな」
ヴァンパイアの伝承!
「じゃが古い話だ。どんな毒なのか見当もつかん。その成分が分かれば治療薬も作れると思ったんじゃが……」
「毒なんかじゃないよ。白子になるには、ヴァンパイアの血を与えればいい」
「なるほど……君達の研究は進んでいるようだな。白子は元の姿に戻れるのか?」
「ボク達は人間と呼んでいるけどね。一度人間になった人は元の獣人には戻れないよ」
これは遺伝子の問題だからね。
「そうなのか……毒消しなどを与えていたが無駄だったんじゃな」
「後は、水や食事などの環境を整える事が大事なんだ」
「確かに白子は日に日に衰弱して死に至る。じゃが水と食事だけで長生きできるのか」
清潔な環境を作るのは簡単なようで難しい。人間の病気は目に見えない病原菌やウイルスとの戦いだ。科学的な知識の無いこの世界の人達では困難だろうね。
「もっと早くに他国と協力できていれば、救える命があったのかも知れん。ワシが今までしてきたことは間違いじゃったのか……」
落ち込み、頭を抱えるエマルク医師にこれ以上言葉を掛ける事ができなかった。
「おい、兵士だ! 兵士がこの家に近づいてきた。みんな隠れろ」
父親が血相を変えて部屋に飛び込んできた。




