表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/83

第25話 マウネル山のヴァンパイア

「おや、おや、おや? 扉を叩く音! これはお客さんだね」


 この洞窟に住んでから、初めて扉を叩く音を聞いた。魔獣ではなく、これは人が手でドアノッカーを叩いている音……お客さんだよ~。


 おっと、こんなボディスーツのままじゃ変態だと思われてしまうね。急ぎローブを羽織って扉に向かう。初めてのお客さんはどんな人だろうと、ウキウキと期待しながら扉を開いた。


「いらっしゃ~い。ここは眷属屋さんだよ~」


 あれ? 獣人の人が三人だけど、何だか意表を突かれたような顔をしているね。対応を間違えたかな?

 一人は怪我しているのか気絶したまま、一番大柄なオオカミ族の男の人に背負われている。仲間を担いだその獣人が尋ねてきた。


「あ、あの。あなたがヴァンパイア様でしょうか」

「やっぱりボクの事を知っていて、ここまでやって来てくれたんだね。歓迎するよ。その人は怪我しているみたいだし、まずは中に入ってよ。さぁ、さぁ」

「この人……ネイトスを助けてやってください。あなたの眷属になりたいと、ここまでやって来たんです」


 後ろに付いてきたキツネ族の女の人は悲壮な顔で、リビティナに頼み込んでくる。


「眷属になりたいと言うお客さんを、死なせるわけにはいかないからね。特別の治療をしてあげるよ」


 洞窟の中、以前にバァルーや他の魔獣の治療をしていた石の台の上に、背中を怪我し気を失っているヒョウ族の獣人を寝かせる。まずは汚れた体を洗わないとね。

 リビティナは水と火と風魔法を駆使して、怪我人を温水で包み込み、洗濯機のようにお湯を勢いよく撹拌させて服ごと洗う。


 一番深い傷は背中のようだね。リビティナの爪で服や軽鎧のベルトを切って患部を診てみる。魔獣に襲われて爪でひっかかれたのかな。二本の真っ赤な傷から今も血が滴り落ちている。


「まあ、これぐらいなら、すぐにでも治るかな」


 傷口に口をつけ、牙を立てて血を少し分け与える。床に座り込んでいた仲間の二人はその行為に目を見張った。


「やはり、あなたはヴァンパイア……。ネイトスの血を吸って……こいつは大丈夫なのか」

「別に血を吸っている訳じゃないよ。さっきも言った特別な治療さ」


 そして、台に寝かせた彼を光魔法で包み込む。


「な、なんという強い光なの。こんなの司祭様の治療でも見たことがないわ……」


 驚きと多少の恐怖に彩られた目を向けてくる二人を後ろに置き、怪我人に包帯を巻き一通りの治療を終える。


「この人……ネイトスと言ったね。この人の話を聞きたいな、部屋に案内するよ。おっと、その前に君達も全身を綺麗にしておこうかな」


 二人とも服や鎧が随分と汚れているし、キツネ族の女性は腰まで伸びた金髪が土まみれでドロドロじゃないか。少しの間息を止めておいてもらうように言って、さっきのお湯の魔術で全身を包み込み服ごと洗う。


「こ、これはすごいな」

「服も体も、こんな綺麗になる魔術があるなんて……」

「乾燥機付きの全自動洗濯機だよ。君達も怪我をしているようだし、光魔法を当てておこう」


 床で座り込む二人を光魔法で包み込む。光の中、狐族の人が胸の前で手を組んで目を瞑り、涙を流さんばかりに空に向かって何かつぶやいている。感謝の祈りでもしているのかな。


「さあ君達、その怪我人をベッドまで運んでくれるかな」


 二人に言って、寝室のベッドにネイトスを寝かせる。治療は施したけど、このまま明日まで起きることはないだろうね。

 ネイトスを運んできた二人には、食堂でテーブルに座ってもらってお茶を出す。珍しさからか、キョロキョロと辺りを見回している二人に尋ねた。


「君達二人は眷属になりに来たと言う訳じゃなさそうだけど、どうしてここに来たんだい」

「私達は領主様に頼まれて、この山にあると言う不老不死の薬草を探しに来たんですの」

「ネイトスが言うには、ここにヴァンパイアの少女がいるからと……あなた様の知恵を借りに……」

「え~、美少女がいるから会いに来たって~。そんなにおだてても何も出ないよ~」


 照れながら言った言葉に、二人は唖然としている。

 ……しまった、少し和ませようとしたんだけど、また対応を間違えてしまったかな? なにせ人としゃべるのは何十年ぶりだからね~。

 コホンと咳払いして仕切り直す。


「で、不老不死の薬草がなんだって」

「血のように赤い花で、ギザギザの葉が光り輝いている草が、不老不死の薬草だと聞いています。長年ここに住んでおられるヴァンパイア様は、ご存じありませんか」


 やっぱりこの二人は眷属になりに来たんじゃないんだね。がっかりだよ。


「不老不死の薬草なんか、この世にある訳ないじゃないか」


 頼みの綱であるリビティナに無いと断言された二人は、何とかヒントなり突破口が無いかと食い下がる。


「あ、あの……でも本には確かにその草を煎じれば、不老不死になると……」

「そ、それに他国でも不老不死の薬草の噂がありまして……」


 やっぱりこの二人は、全く分かっていないようだね。


「あのね。不老不死になろうと思ったら、各遺伝子のテロメアを保護して短くならないようにする必要があるんだよ。その上で無限増殖しないような遺伝子操作と免疫システム、それに万能細胞による体の再生が必要なんだ。そんな複雑な事が薬草程度でできるはずがないだろう」


 リビティナの説明に全く理解が及ばず、顎が落ちたようにあんぐりと口を開け目を丸くする二人。

 まあ、この世界の文明じゃ遺伝子だの細胞分裂などと言っても理解できないだろうね。魔法や薬草などに頼らずに、科学の事をもう少し研究してもらいたいものだね。


「あ、あの。ヴァンパイア様は不老不死であるとお聞きしたのですが、それは本当のことでしょうか」

「そうだよ。そのボクが言っているんだから、不老不死の薬草なんかは存在しないよ。君達は無駄足だったようだね」


 その言葉を聞き肩を落とす二人に、今晩は泊まっていくようにと伝えた。


「折角、ここまで来たんだ。今夜はここでゆっくりすればいいよ。ここにはお風呂もあるからね」

「えっ、お風呂があるんですか! 私、神殿にあるお風呂に二、三度しか入ったことが無いんです。こんな所で入れるなんて……」

「それって、領主様しか入れない湯あみの施設の事だろう。オ、オレも入ってもいいのか」

「まあ、混浴じゃないから一人ずつにしてくれよ。食事の準備もしなくちゃだけど、君達も手伝ってくれるかな」

「は、はい。手伝わせてください」


 ふたりは恐縮したような様子で、リビティナの手伝いをして食事やお風呂、寝床の準備をしていく。久しぶりに洞窟の中が賑やかになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ