第18話 魔獣の王
バァルーは朝早くに、倒した相手の縄張りへと出かけて行った。泊りがけになって、これから一週間は帰ってこないそうだ。今まで行った事のない土地だし調べながら、自分の臭い付けをしていかないといけないらしい。
『ねえ、ねえ。母さんも一緒について来てよ~』
『君が一人で倒した相手の土地に行くんだ、もっと堂々としなよ。倒した相手にも失礼になるからね』
不安なのも分かるけど、いい加減親離れしてもらわないと。いつまでも母親にべったりなバァルーだと、倒されたあの大きな熊も、泛かばれないだろうしね。
まあ、どんどん縄張りを広げていくことはいい事だ。こうやって一人前になっていくんだろう。
ところが、洞窟を出て三日目の夕方にバァルーは帰って来てしまった。
『随分と早く帰って来たんだね』
『母さん、母さん。向こうの縄張りで可愛い娘を見つけたんだ』
興奮した様子でバァルーが、見つけたメスの熊の事を話してくれる。一目見て気に入ったようで、一緒にその娘の所まで行って自分の母親を紹介したいと言ってきた。
リビティナを紹介したいなんて人間臭い事を言うもんだ。自然の中じゃそんな事しないはずだけど、一緒に暮らしてきた影響なんだろうか。
もう独り立ちしてもおかしくない年なんだし、このまま結婚と言う事もあり得るだろう。
翌日、バァルーの背にまたがって、気になると言う熊の女の子の居る場所まで案内してもらった。そこには母熊が二頭と子熊が四頭、それに娘らしき熊が二頭いる群れだった。多分、倒した巨大熊の家族なんだろう。
『これが僕の母さんなんだ』
バァルーが他の熊たちの前でリビティナを紹介するけど、戸惑いの色しか見えない。群れの中の一頭が前に出て魔法で話し掛けてきた。
『どうか・子供・殺さないで』
昔のバァルーのように、単語だけを並べた魔法の言葉で意思を伝える。
でも、殺さないでとは? ……そういえば聞いた事がある。群れのボスが交代すると、それまで生まれてきた子供を殺して新しい自分の子供を作るのだと。
『安心しておくれ、バァルーに子供は殺させないよ。そんな事をする子に育てた覚えはないからね。そうだろう』
『勿論さ』
母熊達はリビティナが魔法で話した事に驚きながらも、子供に危害が無いと分かってホッとしているようだった。バァルーは一頭のメス熊に近づいて、リビティナに紹介した。
『どうだい、母さん。きれいな娘だろ』
はっきり言って熊の見分けはつかない。でも少し小柄で若い娘だと分かる。
『バァルーが気に入ったと言うなら、それでいいじゃないか。ここに居る他のみんなも一緒に守ってあげるんだよ』
『うん、ありがとう母さん』
これでバァルーも一人前になって家族を持つことになる。寂しいけどバァルーともここでお別れだね。
リビティナの役目も終わったと思っていたら、その三日後。バァルーが洞窟にやってきた。
『母さん、母さん。この崖の下に新しい巣穴を作ろうと思うんだ。母さんも手伝ってよ』
『お前は新しい家族と、あの縄張りで暮らすんじゃなかったのかい』
『僕が母さんと別れる訳ないじゃない。でもあの娘が新居に住みたいっていうからみんな連れて来たよ』
子連れの群れごと、この洞窟のすぐ近くに引っ越してきたようだ。どうしてこんなマザコンに育ったんだ? あっ、自分か! 子熊の頃からぬいぐるみのようにモフモフして、いつもくっ付いていたのは自分の方だった。あの子の育て方を間違ってしまったようだ。
まあ、仕方ない。みんなまとめて面倒をみよう。
その後もバァルーは縄張りを拡大していった。何種類もの魔術を操り、人間に近い思考を持つ魔獣の熊。バァルーに敵う魔獣はこの森には居ないようだ。
バァルーはその後、この森を統べる王となった。
『やあ、母さん。この森の近くに獣人達の村ができたようなんだ。どうしたらいいかな』
『母さん、母さん。孫が生まれたんだよ。すごくかわいいんだ』
事あるごとに、この洞窟にやって来てリビティナに相談したり、子供や孫の顔を見せに来る。王様になっても子供の頃と同じような笑顔を見せてくれる。
王となったバァルーは森の魔獣達を守り食料の分配、地域の棲み分けをして、森を管理し繁栄させている。弱肉強食の自然界の中にあっても、この豊かな森をしっかりと守っているようだ。
◇
◇
バァルーを拾ってから早、四十五年。
『僕はこんなに年を取ってしまったけど、母さんは若くて綺麗なままだ。僕の自慢の母さんだよ』
『お前はよくやったよ。森の魔獣達からも信頼され、立派に王としての役目を果たした。自慢の息子だ』
既に王の座は孫の代に移り、バァルーはリビティナの洞窟で生活していた。リビティナの力をもってしても老衰と言う病に勝つことはできない。
『こんなに長く生きられるとは思っていなかったよ。母さんと出会った僕の一生は素晴らしいものだった……。ありがとう、母さん』
『ボクも君と過ごした日々は、すごく楽しかった。感謝しているよ』
『僕が死んだら、血と肉は森に返して、この毛皮は母さんが持っていてよ。それならいつまでも母さんと居られるから……』
『いくつになっても、君は甘えん坊だね……。分かったよ。君の言う通りにするよ』
『母さん……。手を握ってくれないかな……。ああ、母さんの手は暖かいな……。母さん……母さん……』
リビティナは洞窟の中でバァルーを看取り、ヴァンパイアになって初めて泣いた。
以前の記憶はなく、この世界に知り合いもいない。それでもリビティナは生きていかないといけない。これからも愛する者達の死を見る事になろうとも。




