75.長い旅路の果てに。
「……風が気持ちいい」
潮の香りがする風が、フェルシエの艶のある髪を靡かせる。
深呼吸をして空気を体に取り込む、長い旅の疲れが少なからず癒やされた。
フェルシエは娯楽都市ゴールデンサーラーから、南西にある港町シーカルに来ていた。
海を一望できる高台で景色を眺めながら、焦る気持ちを落ち着かせる。
少しずつアキラの元へと近づいている、このまま行けば近いうちに会えると思ったからだ。
早くしなけばリュームの大森林が手遅れになる、強迫観念と化しているその悩みはフェルシエの睡眠を妨害する程まで育っていた。
「そろそろ出航ね」
大きな帆船が港に到着する姿が見え、フェルシエは酒場でテイクアウトしたフィッシュバーガーを持って船へと向かった。
少しして、商業都市ユルフォン行きの船が出発した。
「すみません、ユルフォンまではどれくらいの時間で着きますか?」
「ユルフォンは1番最初に停まる港だから、ざっと5時間ってとこかな」
「わかりました、ありがとうございます」
船員に到着時間を聞いたフェルシエは、ここ最近眠れてない事を加味し仮眠を取ることにした。
ーこの海域だよな確か。
ーあれから一回も出てないから大丈夫だよ、心配しすぎだ。
船員達が去り際にヒソヒソと話し始めたがそれを気にせず、丁度眠気が来たフェルシエは自室に戻った。
眠っていたら感覚的にあっという間にユルフォンに着いた、疲れも取れ軽い足取りで船を降りる。
もうすぐ夜になる、酒場が賑い始める時間だ。
フェルシエは宿を決め早速酒場へと向かった。
「この方をご存知ですか?」
酒場の店主に似顔絵を見せる。
「見た事ないねぇ」
酒場にいる人達全員に聞き回ったが、まさかの情報が全く無かった。
直ぐに情報が見つかると思っていたフェルシエは、まさかの事態に焦り出す、ここに来て手詰まりなのだ、そうなっても仕方なかった。
翌日になり、街中を回ってアキラの情報を聞いてみたが案の定収穫は無かった。
「……どうしよう」
公園のベンチに座りながら打開策を考える。
(もしかしたら、直ぐに他の街へ行ったのかな?)
何か事情があったのかもしれないと思い、フェルシエはすぐさま近隣の村や街へと向かった。
月日を掛けて片っ端から聞き込みをしたが、アキラを知っている者は一切居なかった。
「こんなの……おかしいわよ」
わざわざ船でここまで来て、どの街や村も訪れていない。
フェルシエはアキラの行動が不可解すぎて頭を抱えてしまう。
「…………うぅ」
どうしたらいいかわからなくなり、フェルシエは静かに涙を流す。
諦める選択肢はない、ならば歩くしかない、自らを奮い立たせ涙を拭い次の街へと向かった。
それから長い月日が流れた、海を跨いで商業都市ユルフォンの遥か向かいの海沿いにあるネマナ村へと来ていた。
「……こんな所まで来ちゃったか」
ネマナ村はパロメッツァ王国の管轄だ。
フェルシエは最初は王都へ向かったが、道行く商人に王都は検問が厳しくなったと聞いて引き返した。
もしかしたら荷物や装飾品なんかも事細かくチェックされるかもしれない、エルフだと発覚したら情報探しどころではなくなる。
「すみません、このアキラと言う人をご存知ですか?」
花を持った道行く白髪の初老の男性に尋ねる。
毎回尋ねても知らないと言う返事が来すぎて、フェルシエは今回も全く期待してなかった。
「…………アキラか、懐かしい名前だな」
「!?」
フェルシエはまさかの事態に言葉を失う。
「教えてください!!何処にいるんですか!?」
「もうここには居ないよ、どこかへ行ってしまった」
初老の男はどこか物悲しげな表情を見せる。
「すまんが、これから用事がある私はもう行くよ」
そう言うと初老の男は去って行った。
「やっと掴んだ……」
0が1になった。
嬉しさで飛び跳ねたくなる衝動を抑える。
それからフェルシエはしらみ潰しに村や街を回りアキラの情報を聞き回った。
ーあぁ、あのやけに暗い兄ちゃんか確か北に向かったよ。
ーあぁ、覚えてるよ西へと向かった。
ー確か北西かな。
どの方角へ向かったのか検問している兵士を中心に聞く、フェルシエはそれを頼りに辿って行った。
そして、ルテ村へと着く。
「あぁ、あの暗い兄ちゃんか、ごく稀にウチに肉を買いに来るよ」
露店で肉を売っている男がアキラの情報を持っていた。
しかもここに来る事がある、フェルシエは終わりが見えて来た事に目頭が熱くなる。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「……ぐす、すびまぜん、ちなみにこの方どこへ行くとか言ってませんでした?」
「どこへ行くとかは言ってないんだが、ちょっと意味がわからない事があってね」
「……意味がわからない?」
「ちょいちょいウチに来るもんだから、世間話に兄さんどこから来たんだい?って聞いたらなんて言ったと思う」
「んー、なんて言ったんですか?」
「ボソッと小さな声で、見捨てられた地からって言ったんだよ、あんな人でも冗談は言うのかと思って俺は笑っちまったよ」
男は思い出し笑いをしている。
「見捨てられた地?」
「お嬢さん知らないのかい?あそこは誰も住まない、いや、誰も住めないって言った方が正しいか」
「それは何故です?」
「年中空は分厚い雲に覆われて作物は育たない、海岸に行けば雷が降り波は荒れに荒れてる、飲み水も無いし木1つすら生えない土地なんだ、その上瘴気が蔓延して、アンデットや魔物がウヨウヨしてやがるんだってさ」
「……確かにそんな所に住んだら3日も持ちませんね」
「だろ?あれには笑ったよ、他に何か聞きたい事あるかい?」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございました」
「ウチの肉は美味いから、買う時は安くするぜ!」
フェルシエはお礼に幾つか肉を買う、宿屋のおばさんに渡して調理してもらい今夜の晩御飯にする予定だ。
(……見捨てられた地)
フェルシエはステーキを食べながら肉屋の男の言葉を思い出す。
(……もしかしたら本当に住んでいるのかしら)
学園長から話を聞いた限りあれ程の力を持つ人だ、何かしらの方法で住めているのかもしれない、それに可能性があるのならここでいつ来るかもわからない曖昧な時間を過ごすより、行って確かめた方が有意義だ。
「よし!明日行ってみよう!」
声が洩れていたのか、宿屋のおばさんはフェルシエを見て少し笑っていた。
そして翌日……
「こ、こんな所に本当にいるの……?」
見捨てられた地がある場所を宿屋のおばさんに聞き、フェルシエは早速来ていた。
既に何十体ものアンデットや魔物と遭遇しては戦っていた。
体はヘトヘトになり、それに追い討ちを掛けるかの様に瘴気が気分を悪くする。
暫く歩いても何も無い、やはり冗談だったのかなと思い引き返そうと思ったその時それは見えた。
「あれは……何?」
遠くに何か人工的な物があるのを見つける。
フェルシエはヘトヘトの体に鞭を打ち、それに向かって走った。
「え……?」
近づくにつれそれの全貌が見えて来る。
それは家だった、ぽつんと1つあるこの地では場違いな物にフェルシエは幻覚でも見てるのではないかと思い目を擦った。
だがそれは現実だった。
煙突から煙が出ている、誰かいる様だ。
家に入る扉の前に着く、そして扉を叩く。
「すみません!誰かいませんか!?」
反応が無く何回も扉を叩く、暫くすると鍵を開ける音が聞こえ扉が開いた。
フェルシエは目を見開く、それは正に探していた男、アキラその人だった。
「お願いします!我々をエルフをお救いください!」
フェルシエは変化のペンダントを外しエルフに戻ると深々と頭を下げる。
それを見てアキラは言う。
「…………いやだ、とっとと帰れ」




