34.底なし沼
「あぁ、愛しのロイズ……私はここにいるわ」
「待っててくれシェリー、この身が朽ち果てよう共君を助けてみせる」
キーラとアイリスは台本を読み合わせをしている。
演劇の経験があるチェリッシュが監督を務める、メガホンを持ちながら椅子に座るチェリッシュは顔を曇らせた。
「はいストップ!ん〜、なんかキーラさんの棒読み感が抜けないわね」
「そうかな?私的には結構感情込めてセリフ言ってるんだけど」
「それだけじゃダメなのよ!こう、なんて言うか……そう!体の芯から焦りを滲ませる感じでさぁ!」
台本読み合わせの前キーラとアイリスに、私が監督を務めるからには妥協は許さないと言い放ったチェリッシュはやけに情熱的だ。
「もう20時よ、明日また練習しよ?」
アイリスは時計を指差す。
「もうこんな時間……、キーラさん!!もっとロイズの立場になってみて考えて!これは課題よ!それじゃあまた明日練習するからね!」
そう言うとチェリッシュは稽古場から退室した。
「はぁ……」
「あんまり思い詰めちゃダメよ」
「……ありがとうアイリス、部屋に帰ってロイズの立場になって練習してみるよ」
キーラはトボトボ歩きながらドアへ向かう。
「……ねぇ、私もキーラちゃんの部屋に行っていい?」
「……へ?」
「私も付き合うわ、1人より2人の方が捗ると思うよ」
「え、でも……」
「じゃあ部屋で待ってて、すぐに行くから」
半ば強引に約束を取り付けアイリスは去って行った。
(俺は本当は男だってアイリスは忘れてないよな……?)
新たな悩みに先程迄の悩みは、掻き消されていた。
アイリスは部屋に戻るとドアに背を凭れる。
「部屋に行くって言っちゃった……」
心臓の鼓動が高鳴る。
もちろんキーラの正体はアキラという事を忘れていない。
むしろ旅館での事件の時から意識しすぎて忘れるはずがなかった。
「急いでシャワー浴びないと、あと少しお化粧してから……あぁやる事がいっぱい」
上の空だったアイリスは、時間がないと気づいて慌てて動き出す。
机の上に姉から"勝負時にはこの香水を使えばイチコロよ!"と言いながら誕生日に渡された香水が目に入る。
「……イチコロ、お姉ぇちゃん私頑張る」
アキラの顔を思い浮かべながら決意する、イチコロにすると。
「……マジで牢獄とかないよな」
キーラは部屋の中で右往左往していた。
リノアに悪さしたら牢獄行きだと釘を刺されている為だ。
「でも誘ったのはアイリスだし、ウーン」
思考が坩堝に嵌まって行く。
そうこうしている内にドアのノック音が聞こえた。
玄関のドアを開ける、アイリスは微笑みお邪魔しますと言って部屋に入って行った。
「とりあえず、お茶出すね」
キーラはキッチンへ向かう。
(お姉ちゃんに教えてもらった秘技を試す時よ)
その頃アイリスはイメージトレーニングに勤しんでいた。
お茶を出し終えると、ベッドに座り早速台詞合わせに取り掛かる。
「あぁ、愛しのロイズ……私はここにいるわ」
(秘技その1、密着するだったよね)
アイリスは徐々に距離を詰めて行く。
「待っててくれシェリー!!この身が朽ち果てよう共君を助けてみせる!!」
(アイリス近ッ!!あとすげーいい匂いだな)
皮肉にも急な接近に、台詞に戸惑い焦る様な力が篭った。
「ロイズ、……あなたが死んでしまうわ」
(秘技その2、シャツのボタンを少し開けながら耳に髪を掛けて大人っぽさを出す)
胸が大きいアイリスは今この時母の遺伝に感謝する、胸を強調しながら髪を耳にかけ更に密着した。
「シェリーの為なら死など怖くはない!」
(いや!だから近いって何これ!?色っぽすぎるよ!!そうか、罠だろこれ!?)
皮肉にも罠だと見破った(罠じゃない)キーラの台詞に、決意した様な力が篭った。
「ストーーーープ!!」
キーラは緊急停止を促す。
「アイリスどうした?なんか今日おかしいぞ?」
アイリスは顔を赤くし、恥ずかしくなり嘘を付いた。
「……反応が面白いから少しからかっただけよ」
「……ふーん」
唐突にキーラはベッドにアイリスを押し倒した。
「へ?」
アイリスはキョトンとしている。
アイリスの目をじっと見つめ、あと少し動かせばキスできる距離まで顔を近づける。
「……君の事を愛してる」
「……アキラさん」
アイリスの脳内はアドレナリンが大量に分泌し、快楽に似た感情が押し寄せる。
アイリスは目を瞑る、だがキスの代わりにデコピンが来た。
アイリスは額を抑える。
「これ、ロイズの最後のセリフね」
「もう!アキラさんのバカ!!」
アイリスは頬を膨らませプリプリと怒っていた。
「あんま大人を揶揄うんじゃないの、本気にしちゃうよ?」
そう言うとキーラはニカッと笑った。
(……本気になってもいいのに、バカ……)
アイリスは何とも言えない歯痒さに胸が締め付けられる。
これまで歳上から年下まで幅広い多数の男性から告白され続けてる事からも考えて、自分は心も体も大人びている事は自覚しているからこそ、恋愛にも慣れているつもりだった。
だかそんな数多の異性の中で、こんなにも心を振り回された事は1度もなかった。
どんどんアキラと言う沼に嵌まって行く感覚がわかる、もがけばもがくほど深く深く沈んでゆく。




