193.殺戮と森
東の森は戦争など無縁の様な静かさだった。
だが染み渡る様な速度で、ミスラウェル聖皇国軍が侵入し来てている。
「今の所順調だな」
「あぁ、部隊を細かく分けているからな、そうそう見つかるまい」
「おい、油断は禁物だぞ」
3人の兵士がボソボソと小声で話している。
森の中での団体行動は個々の動きを阻害する為、指揮官が分隊を更に三人一組に分けた。
戦闘よりも隠密特化にした作戦であり、最初こそビクビク怯えてい三人の体も街に近づくに連れ落ち着いてきていた。
「おっと、危ない危ない」
一人の兵士がぬかるんだ地面に足を取られ転びそうになる。
思わず近くの岩に手を掛けた。
「おい、気をつけろ」
空気が湿気て来た、どうやら沼地が近い様だった。
「二人ともさっさとここを抜けるぞ」
「「…………」」
返事が無い事を不思議に思い、振り向く。
「な、何だこれは……」
そこには石化した仲間が悲痛の表情を浮かべたいた。
よく見れば、違う分隊であろう男達の岩もあった。
「こんにちは」
驚きで動けずにいる男の後ろから声が掛かる。
「な、なんだ!!」
武器を構え思わず振り向く、そこには上半身が人、下半身が蛇の亜人がいた。
そして男が最後に見た光景は、その亜人がにこっりと微笑む姿だった。
それはほんの氷山の一角にすぎない。
ある所では、背後から突然襲いかかり仲間を殺した後、何の抵抗もなく自分の喉を剣で切り裂き自決。
またある所では、仲間の首に何かが刺さったと思ったら泡を吹いて死ぬ光景を男は目にし、パニックになりかけるが眉間を矢に貫かれる。
森の中では静寂なる殺戮が繰り広げられていた。
「森は私達にとっては庭も同然、敵も甘いわね」
フェルシエは弓を構え矢を放つ、作業をする様に敵の眉間を貫いてはまた移動する。
この森には多種多様な部族が協力しあって暮らしている。
それらが個々の特技を活かし、敵を阿鼻叫喚の地獄に落としていた。
蛇人族の邪眼、妖精族の幻惑魔法、蜥蜴人族の毒の罠、そしてエルフの弓術。
このまま順調に行けば時期に全滅するだろうと思った所で、フェルシエは新たに敵を発見する。
先程と同じ様に眉間目掛けて矢を放つ。
ヒュンっと音を切り裂き矢が男の額に刺さる瞬間、男は人差し指と中指の間で挟む様に矢を止めた。
「おっと、危ない危ない」
長身で無精髭を生やした男は飄々としていた。
男は矢の軌道を読むと、まっしぐらに走る。
(……何、この寒気は)
フェルシエは唯ならぬ悪寒を憶えた。
距離を縮められぬ様に一目散に逃げ出す。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば」
相手は人間だ、森の中での移動では到底エルフには敵わない……はずだった。
「見つけた」
フェルシエは振り返る。
そこには仕留められなかった飄々とした男が、木の上に立っていた。
「な、なんで……」
「まぁ、俺もこういう場所には慣れているからな」
驚愕の表情を浮かべるフェルシエとは裏腹に、男はポリポリと頭を掻きながら怠そうに答える。
「悪い様にはしないから、とりあえず降参してくれると助かるな」
男はそう言うとフェルシエに近づく。
その言葉を鵜呑みにする馬鹿はいない、フェルシエは間髪入れず弓を構え矢を放つ。
「なぜ……当たらないの!?」
連続で矢を放つも男は最小限の動きで矢を回避する、反射神経がずば抜けているとかの話では無い、正に超人が如くの動きをしていた。
「ふぅ……諦めてくれたかい?」
「諦められるわけないでしょ!!」
男は気怠さを見せながらコキコキと首を鳴らす、まるで準備運動にもならないと主張している様な雰囲気に、フェルシエは苛立ちを憶えた。
「単刀直入に聞く、アキラっていう男は何処にいる?」
男はそんなフェルシエの態度にお構い無しだった。
「……教えるわけないでしょ」
「やれやれ、あまり手荒な事は好まないのだがね」
男は鞘から剣を抜いた。
フェルシエはそっと目を閉じる。
(アキラ様、お父様、お母様ごめんなさい)
フェルシエはそこで死を受け入れた。
エルフは仲間意識が強い、その覚悟はどんな拷問を受けようが決して仲間を売ったりはしない。
「大岩壊」
「!!」
男は突如飛来して来た大岩を叩き切る。
大岩は真っ二つ割れ地面を抉り、やがて止まった。
「私の娘をどうする気かな?」
フェルシエは聞き慣れた声にゆっくり目を開ける。
「お父様!!」
男の後方からヴィクセンが歩み寄って来る。
フェルシエは先程の絶望感は忘れ、歓喜に満ちた。
「やれやれ、全く面倒が立て続けに起こるな」
男はハアっとため息を吐いた。
「……余裕そうに見えるが」
「まぁそうだな、あんたは俺には勝てない」
(そうだろうな)
ヴィクセンも勘づいていた、この男の唯らぬ強者の気配を。
だが勝算はある、それはヴィクセンは一人では無い。
「ヴィクセン殿、子は無事か?」
何者かが草木を掻き分けながら現れる。
「おいおい、マジかよ……」
その禍々しい迄のアンデットを目の当たりにした男は、額に初めての冷や汗を浮かべた。




