01:異世界。そして、奴隷へ――
周りからの期待は、絶大なエネルギー源となる。
しかし期待が消えても、立ち止まってはいけない。
強い意志を持て。
自分が自分に期待しなくてどうする。
強い意志を持て。
まだ終わった訳ではないのだから。
あきらめない限り人生はまだ、続いていくのだから。
目が覚めれると、そこには豪華な城にいるなどとは到底思えない景色が広がっていた。
街灯なんて存在しない。そもそもここは街なんて活気溢れた場所じゃない。
あたり一面ウエハースと鉄格子。通路の端には下水が流れ、ゴキブリなどの虫もウジャウジャいる。衛生面は最悪である。
寝倒れているまま、起き上がる気も沸かない。
先ほど国王に借りていた豪華な服は剝ぎ取られ、汚れてボロボロな薄灰色の半そで服と半ズボン1枚のみ。先ほどの待遇からはまるで信じられない服装である。
右腕には奴隷紋の焼き印。その下には番号らしきものが書かれていた。
「146860」
いくら大国でも、人は皆戦争で駆り出されたり魔物に襲われたりなどするため、人口は日本のように多いわけじゃない。その中でも今まで146859人が奴隷に成り下がってしまった……ということなのだろう。
「')#'&$)!*+`@H~=*;:+` ?」
すると、自分の真後ろから声が聞こえてきた。
ここは異世界。先ほど王からもらい首に提げていた音声変換晶もここにはないため、言語はわからない。
ん?前までの記憶がある。アルギエバはピーコックに記憶を消去するよう命令していたような気がするのだが……、どうやら記憶は残っているらしい。
「')#'&$)!*+`@H~=*;:+` ? #$&)#*`` !」
さっきからアラビア語のような声がうるさい。何を話されても俺はわからないんだよ。
しかし相手を無視するわけにもいかない。
俺は寝返りを打つように後ろへ振り向いた。
するとそこには、肌を泥で汚しながら、左手で巨大な魚を担いでいる、水浸しの白髪女子が。
「')#'&$)!*+`@H~=*;:+` ? #$&)#*`` !!」
言葉は理解できない。しかし、そのどこか大雑把で素っ気ない声は、大雑把なりに俺を心配してくれている……そんな気がした。
しかし残念だ。意識が遠のこうとするこの状況で、最後に見るのが貧乳だったなんて。服が透けていても全然興奮しない。
「はぁ……」
胸を見ながら大きくため息をつくと、白髪女子は顔を赤らめながら俺を睨みつけてきた。
しかしその顔を俺が拝めることはなかった。俺は、自分はここで死ぬのだと、もう一度悟り、眠りに落ちた。
☆少し前に遡る☆
――キーンコーンカーンコーン……――
「あっもう昼休み終わりじゃん!」
「ホントだ。後でこのクエストの続きやろー」
クラスメイトの娯楽。それにズバンッと終止符を打つ鐘の音が聴こえてくる。
そのたびに、次の休み時間は――や、今度の休みは――と言った、陽キャたちの甲高い声がクラス中に響き渡った。
俺が通う県立高校では、学校が始まってからと言うもの、これが毎休み時間の当たり前。……と言うか、この会話が無ければ、おそらく次の授業にも身が入らないだろうというぐらい日常に溶けこんでいる。
まだ学校が始まってから1か月しか経っていないが、どこかそれが温かいような、必然のような雰囲気で定着していた。
しかしだ。
今の俺の耳は、そんな、聞くのが当然といったことですらシャットアウトしていた。
何せ、俺は今、高浦セイ(俺)の彼女にして超絶美少女の、藤峰シホと、一緒に食後のデザートを食べてるからだっ!
「セイくんそのプリンおいしい?」
成績優秀、スポーツもできる、おまけにスタイル抜群の清楚系美少女。少し鼠色がかったそのロングヘアは誰の物よりも美しく、付き合いたい女子ランキングで学年ベスト3に入るほどの人気女子である。
「めっちゃうまい。週1でしか購買で売られないまろやかプリン、マジで買えてよかったぁ」
「私も牧場牛乳のショートケーキ買えてよかったなぁ」
まだカレカノが最終的に行きつく物理的に一つになるイベントは起きていない。
しかしこのような他愛もない日常にこそ、カップルとして相手が自分をどのぐらい思っているのかが現れる気がする。
そういう意味では、付き合い始めて1か月ちょっとと間もないカップルは、愛されているのを体ではなく心を通じて感じられる、新鮮な時期なのだろう。
……あぁ、俺、今、めちゃくちゃリア充してるなぁ。
「ね?そのプリン、私にも一口分けてくれない……?」
するとシホは、窓の外を眺め、チラチラとこちらを見ながら頬を染めた。
その中には、こんなことを言うのは恥ずかしいという思い、そして、もっとラブラブしたいっ!と言う思いが込められている気がする。
「……っ!いいよ!めちゃ美味いし、しっシホにも食べてもらいたいっ!」
俺が戸惑いと喜びを隠しきれていないながら張り切って答えると、シホは「じゃぁ……」と小さな声で呟き、小さな口を小さく開いた。
何?もしかして、カップルとかがあーんさせ合うあのイベント、ついに来た!?
周りの男子の視線が痛いが……俺たちはクラス公認カップルだ。別に隠して付き合ってるわけじゃないしね?彼女なんだから、人前であーんさせ合ってもいいよね?この視線は、男子が俺にやきもち焼いてるだけだよね??
ドンマイ童貞ども。はよ素敵な彼女作れよ!(※イケボ)
まっ、俺もまだ童貞だけどなー。
俺はそう思いつつ、シホの口へとプラスチックのスプーンを運んだ。
☆☆
学校の帰り道。自宅付近。
シホは部活をしており、俺はバイトをしている。そのため、いつも帰りはバイトが同じな男友達とになる。しかしその友達とも駅前までなので、電車に乗るあたりからは一人だ。
けれども一人だからと言って、ボッチとかそういう訳ではない。
一人の時間と言うのは良いものだ。自分は家に帰ったら何をするのか、どんな進路を選ぶのか、誰とどんなことをしたいのか。誰にも邪魔されず、一人でのんびり考えることができる。
勿論、中二病的な事やエロいことも。
そして今日の考え事は、”なぜシホは俺のことが好きなのか”である。
この課題は、シホと付き合い始めた当初から考え続けてる難問だ。
顔が特別カッコいわけではないし、運動は中の中、成績も中の上といった具合。女子がメロメロになるような要素は、間違いなく俺にはなかった。
そして困っているお婆さんに優しくした――や、苦しそうな妊婦さんを助けた――と言った、ネットの動画漫画における、ヒロインが主人公に惚れるテンプレ行事もなかった。全く思い当たる節が存在しない。
あるとすれば……中学校時代だろうか。
確かシホと俺は同じ中学校だ。
俺がシホの好むことをしたのだろうか?したとして、いったい何をしたのだろうか?
これさえわかれば、今付き合っている理由を掘り出すためのシャベルぐらい手に入れられると思うのだが。
しかし3年間を通してクラスは全て異なった。
それどころかうちの中学校は学年300人越えという超マンモス校だったため、自分の近くにこんな俺好みの人がいるという事にも気づいていなかったぐらいだ。
相手も恐らく気づいていなかっただろう。
……謎である。
――と、そんなことを考えているうちに、もう自宅の前まで来た。
新築でなければ、ひと昔前のように瓦の三角屋根と言う訳でもない、いたって普通の一軒家。
中からはかすかに、中学校から帰ってきた妹が鍋を煮込みながら鼻歌を歌っているのが聴こえてくる。
それに少し遅れ、甘いようなスパイシーなような、その料理ならではの風味が漂ってきた。
どうやら今夜は俺の大好物、カレーライスらしい。
妹の名前は高浦コノハ。俺とは違い母の遺伝が目に見え、綺麗で鮮やかな茶髪の、これまた美少女だ。……一応言っておくが、義理のではなく、実の兄妹である。
ふわっとしたショートボブは、恐らく他の男子のほとんどの心を一撃で射貫くんだろうなぁ。まぁ俺は、貧乳なんてあまり好きではないが。
そもそも義妹ならともかく、実の妹に恋愛感情が湧くわけもないし。
……はぁ、神様。なんで妹はこんなに美人なのに、俺は美男子ではないんでしょう?
いや、一応顔立ちは俺も悪くないと思うけど……ねぇ?周りの人が超絶美人だと、ちょっと拗ねちゃうよ。
……と、そんなことを考えながら、俺はいつも通り、玄関のドアを開けた。
そして次の瞬間、俺は玄関前から、世界から、そしてこの次元からさえも、姿を消したのだ。
☆コノハ視点☆
兄にはいつもお世話になっている。
親は共働き。その上お世辞にも裕福と言えないため、自分の娯楽費は何とかして自分で稼がなくてはいけない。
しかし私はまだ中学3年生。バイトができる年齢でもなかった。
そのため、私が家事全般を引き受ける代わりに、私の分の娯楽費も兄が稼いでくれるようにお願いしようと思ったのだ。
普通はまず断るだろう。
何せ、自分が担当する家事が全て無くなるとはいえ、自分のお金も半分無くなるのだ。割に合ってない。
バイトができる時間は有限のため、その分多くのお金を稼ぐこともできない。
ならば、元々妹と半分になっている家事をきちんと自分でこなし、娯楽費を自分のために自分で稼ぎ自分だけで使う方が明らかにお得である。
私たちは中高生の兄妹だ。仲が良くないほうが当たり前。喧嘩をする家庭も多いのではないだろうか。
だから私も、高校生になるまでは全てにおいて我慢する必要があるんだろうな……と思っていた。
しかしその予想は良い意味で越えてくれたのだ。
兄は、私のことを思ってくれた。一応いうけど……恋愛的な意味ではないよ?
自分は高校生になるまで好きなことができなかったと言うのに、
「コノハ、お金ないだろ?俺家事嫌いだから、俺の家事も引き受けてくれるなら、バイト代半分あげるよ」
と言い、中学生の私を甘やかしてくれた。私がお願いするよりも前に、だ。
それが本当に、家事が面倒くさいからお金をあげることにしただけなどとは到底思えない。
きっと私が落ち込んでいるところでも見て感づき、落ち込ませまいと先に踏み出してくれたのだろう。これには感謝しかない。
だからその感謝の気持ちを伝えるために、週に一度は兄が大好きなカレーライスを作ってあげることに決めたのだ。
日にちはランダム。毎週変わるため、私としては他の日とのバランスを取るのが難しい。けれども兄は飽きないだろう。
だから私は今日も作るんだ。兄が大好きなカレーライスを。
――と、そんな思いをカレーに込めていたら、玄関付近に足音が聞こえてきた。
この時間に親は帰って来ない。私も友達には、夕方は家に来ないように言ってある。(家事があるため)
つまり、兄が帰ってきたのだ。
制服が汚れない様につけていたエプロンを外す。
廊下を渡り玄関に置いてある外用サンダルを履いた。
さて、
「お兄ちゃんー!今日はカレーだよ~!!」
ドアを開けた先。
そこに、いつもなら笑顔で喜んでくれる、意外とナイーブな顔はなかった。
兄の制服とバッグだけが、蟻の通り道をふさいでいた。
☆セイ視点☆
目が覚める。
するとまず、体に大きな違和感を覚えた。
寒すぎる。
桜が散ったばかりの穏やかな気候とは決して思えないほどに寒かった。
そして何やら周りがうるさい。
コノハは確かに天真爛漫でそそっかしかったりするが、それにしては人混みの中にいるようなうるささだ。
不思議に思い目をこすり開け、横たわったまま辺りを見渡す。
「何だここは。でっかい教会の地下で神に祈りをささげる場所みたいな……薄暗い巨大ホールみたいな……」
自分でも驚くほど具体的な例えが出てきたのは置いておこう。
それに俺がいま寝転んでいる場所。そこでは円の中に書かれている幾何学模様が輝いていた。明るめの黄緑色。なぜ俺を中心としてそんなものがあるのかはわからないが、その10mを超えるライトアップに驚かない人はいないだろう。
すると視界の端から、何やら変な話声が聞こえてきた。
「#(&$()%$*?<{="?」
「_}$=&&$#("")!%#!"(!!」
「「「 @&#"\。」」」
何語かすら分からない、アラビア語のような話し方。……いや、別にアラビア語は知らんけどね。
何やら、教会の神父のような格好をした男女数名が話し合っているらしい。
って言うかなんで俺ん家にコスプレ神父が大量発生してるんだ?そもそもなんで俺ん家にでっかいホールができてんだ!?
そう思いつつも、こういう場面で慌ててはいけない。あたかも落ち着いているような身振りを見せ、俺は取り敢えず立ち上がった。
そこでふと気づく。
なににかって?
股間がスース―することに。
☆☆
「すまんな。まさか言語が違うなどとは思わんかった」
「俺が全裸で召喚されたことについての謝罪は無いんですね」
「あぁ」
きっぱりと断られた。
なんか振られた気分だ。おっさんに。
今俺が話しているのは、ここ、スレインド王国の国王、アルギエバ・スレインド。
金色の髪を持つ、赤マントにまんまるお腹の、如何にもなRPGの国王感を持った人だ。結構威厳もある。
そしてここは、この国の王都アルギルの中心にある、湖に囲まれたスレインド城。その中の3階。宴の場である。
シャンデリアが綺麗に輝く大広間。そのド真ん中を長い白テーブルクロスの机が占領している状態だ。
国王アルギエバの周りには何やら偉そうな公爵?みたいな人もずらりと並んでいる。
ちなみに俺の周りでビキニほどしか布量のない服……まぁ室内できるビキニ?を着て俺の周りでワインを注いでくれているお姉さんには触れないでおこう。
当然鼻の下なんて伸ばさないさ。俺にはシホという心に決めた人がもういるんだからな。
……っと、そんなことはひとまず置いておこう。
「なんか凄い……」
ただ語彙力が無いだけなのか、それともその光景に圧巻されているのかは分からない。けれども初めて見る異国の風景に、つい口に出してしまうほど感動していたのは間違いないのだろう。
「にしても凄いですね。まさか言語を翻訳できる水晶があるなんて」
「これは国宝の一つで音声変換晶と言ってな。意思を持って話せば、それを周りにいる者の言語に変えて流してくれるのだよ。首飾りにして持ち運べるようにしてある。持っているといい」
流石は異世界。きっと物理法則とかガン無視して、何でもありなんだろうなぁ。
「それにしても儂は主に驚いた。普通別世界に召喚されたなどと聞かされたら、状況を飲み込むのに数日かかるのが普通だと思うのだが……」
「まぁそこら辺は、よくアニメや漫画でありますから」
「……良く分からんが、呑み込みが早いのはこちらとしても助かる」
異世界召喚はアニメや漫画、小説なんかで流行っている。……と言うか、最近のアニメは大半が異世界系なのではないだろうかと思えるほどだ。そんな環境に居れば、あまりアニメを見ない俺でも状況を早く呑み込めるのは当然という訳だ。
「まぁ……、流石に2次元と実写での違いは呑み込むのにまだまだ時間がかかりそうだけれどな」
「ん?何か言ったか?」
「あぁ……いえ」
ワイバーンとかゴブリンとかのような魔物も居るのだろうか?いるんだろうなぁ。異世界だし。
居るんだとして、どんな見た目をしているのだろうか。
2次元の場合は容易く想像ができる。見ようと思えばアニメとかゲームとかでも見ることができるし。
けれどもここは実写世界だ。
ワイバーンは全身鱗で覆われているのだろうか。案外コウモリみたいに体毛があるのだろうか。
ゴブリンなんかはやっぱり臭いのだろうか。肌は近くで見ると荒れているのだろうか。
アニメをあまり見ない俺としては、「へぇそうなんだ」程度であまりこのようなことを考えてこなかったけれども、いざ自分がその立場に置かれると、こんなどうでも良いことが気になって仕方がない。
☆☆
「それでは本題に入らせてもらうとしよう」
しっかりとした重めのフルコースディナーを堪能した後、国王アルギエバは両手をたたいて注目を集めた。
「本題って言うのは……、何故俺が召喚されたのかについてですか?」
「その通りだ。さて……」
国王アルギエバはそういうと、自分の右隣に座っている人物にチラッと横眼を向けた。
すると隣の人物は立ち上がり、一度礼をしてから説明を始めだす。
☆☆
話されたことを箇条書きでまとめてみよう。
(長くて詰まらないだろうけどゆるしてちょ♡)
まず、世界観を簡潔にまとめるとこうだ。
①ここは魔族や人族など、様々な知性を持つ種族が入り混じる世界。
②中世のヨーロッパにどこか似た雰囲気があるが、魔術や魔法と言うものが存在する。
③複数ある大陸を大雑把に分けると、魔族地域、人族地域、他の種族地域の3つになる。
④魔族は魔族地域にしか生息しないが、魔物はどこの大陸にも生息する。
⑤人族地域には様々な国があり、国王や大統領、帝王なんかが統治をしている。
⑥魔族地域にも様々な国があるが、紛争が激しいせいか国境が定まっていない部分が多い。また、魔族を従わせる、言わば魔王になるには、魔之覇者と言う称号を持つ者と同等もしくはそれ以上の魔力を持っていなければならない。
次に、魔力や魔法、魔術なんかを簡潔にまとめよう。
①この世界には「魔素」と言う、言わば元の世界の空気中で言う「酸素」や「窒素」と同じような物質が存在する。
②魔素の濃さは場所により変わるが、人族地域の場合、空気中の凡そ3割を占める。
③魔素を体内に流し込み、それに力を込めて形にするのが魔法なのだそう。良く分からない。
④先ほどの世界観⑥で言った魔力と言うのは、魔素を体内にどれくらい入れることができるのかと言った、いわば魔素の器である。魔素を水、魔力をコップで表すとわかりやすい。水は沢山あるが、一つのコップに入る量には限りがある。そしてそのコップの大きさにより、そこから作ることができる氷の質量や体積も変わる。という具合だ。
⑤魔術と言うのは魔法と異なり、魔素を直接操ることを言うらしい。つまり、魔力を使わずに魔法を使う……と言った感じだ。コップを使わずに水を凍らせると言った方が分かりやすいだろうか。
⑥魔法と魔術があると言ったが、実際に使われているのはほぼ100%が魔法だ。コップ無しにして水を操るのは想像以上に難しいらしく、魔術を操ることができたのは、一番最近の人物で2000年以上昔に全大陸を統一していた初代魔王なのだそう。
⑦ちなみに魔力は、努力次第で大きさが変わる。魔力の大きさは才能や生まれた環境によって人それぞれだが、魔法をたくさん使う・心を清めるなどといた修行により、その大きさを増やすことができるのだ。
続いて、称号について。
①称号は、ゲームで言うスキルやステータスなどと全く異なる物らしい。簡単に言えば、何らかのポイントや条件によってふとゲットできるものではないという訳だ。称号は元の世界で言う、検定試験や柔道・書道の段制度、運転免許なんかに近い。そのことについて学習や練習をし、何級何段などと言う称号を手に入れるのだ。つまり称号とは、強さやレベルが異なるものを簡単に区別するために、知性ある者が勝手につけた、あだ名のようなものである。
②必ずしも称号を持っている人が、その物事において有利となるわけでない。例えば剣術。称号を持っていない……剣術を習っていないと言うだけで、それでも指導者レベルの達人に勝てる人だってまれに存在する。まぁ本当にまれだそうだが。
③世界観についての⑥で言った、魔之覇者と言う称号も、人族が強大な魔力を持つ魔族をそう呼んでいるだけ。魔族はより強大な魔力を持つ者に忠誠を誓う習性があるため、国を創れるほど魔族を従わせることができるだろうという魔族を、魔之覇者と言う称号で区別しているのだ。
あっ、今韻踏んだのわかった?忠誠を誓う習性……なんつって!
……俺って今、スベった?
最後は、何故俺が召喚されたのかについて。
①この世界には、魔之覇者という称号を持つ、魔王と言う存在が4人いる。それを合わせて四魔脳と言うらしい。正直ネーミングセンスが皆無だが……気にしてはいけないぞ。魔族の主要人物、人間の体で言う「脳みそ」に当たることから、そう呼ばれているんだとか。大事なことなのでもう一度言おう。気にしてはいけない。うん、いけない。
②四魔脳はそれぞれが国を持っている。繁栄力や経済力など、国力は大小さまざまだが、どれもが人族国家と対等な権利を持っているのだ。
③四魔脳は基本的に、戦争を起こさない。1700年ほど前の天魔大戦という戦争により魔族は大損害を受けたため、戦争を嫌うようになったのだとか。現在いる魔王も過半数が当時からこの世に存在していたらしく、その戦争での憎しみを覚えているらしい。
④しかし四魔脳の残りの一柱である、魔王サルガスだけは戦争を好むらしい。天魔戦争……と言うのが何なのかは詳しく聞いていないため分からないが、その当時魔王サルガスはこの世にはいなかったそう。つまり、負ける悲しみを知らないのだ。
⑤俺は、この、如何にもな暴れん坊将軍、魔王サルガスの魂を消滅させるために別世界から召喚されたのだそう。サルガスの肉体は不死身である。元々倒すことすらできないほどに強大な魔力のくせして、いくら切り刻んでも、翌日にはケロッとした顔で復讐に来るほどゴキブリじみている。いや、ゴキブリよりもゴキブリしてる。そのため魂をも消滅させなければ殺すことができないのだそう。そして魂を滅ぼすために、異世界からの召喚者、即ち「勇者」が居なければならないらしい。
⑥異世界からの召喚者は、体に突然変異的な事が起き、自己の魔力量が半端ないぐらいに増えるのだそう。それはもう、魔之覇者だって遥かに凌駕するほどに。まぁその魔力を使いこなすには時間がかかるらしいが、そうだとしても、異次元なのは理解できる。
⑦この世の最上位魔法は、魔之覇者の持ち主ですら実行できないほど高度な魔力量と操作力が必要らしい。しかし勇者ならば話は別である。この世の最上位魔法は「霊魂之暴喰」と呼ばれている。「呼ばれている」と言うのは、実際に見た者が存在しないからなのだが……。どうやら俺になら、この魔法を操ることができるのだそう。この魔法の効果は文字の通り。精霊や生き物の魂などを丸呑みし、消化してこの世から消してしまうというもの。
⑧この霊魂之暴喰を使い魔王サルガスを消滅させるのが俺のミッションという訳だ。
⑨報酬はお金ではなく「純金」10兆ドール相当。ちなみに、「ドール」と言うのは日本で言う「円」と同じで、1ドール1円に値する。いやぁー物価が同じでわかりやすい!報酬をお金ではなく純金にした理由は簡単。ことが済んで日本に逆召喚してもらう際、この世界と元の世界、共通で価値が高い物の方が便利だからである。こっちの貨幣があっちでも価値があるとは限らないもんなー。
以上で説明を終わるっ!こんな長くてつまらない説明を最後まで読んでくれた諸君っ!ありがとう。
☆☆
そんな訳で俺は今、自分の魔力量がどれほど増えているのかを調べるため、先ほど俺が召喚された巨大ホールみたいな場所に来ていた。
ちなみにこの巨大ホールは、試作術式訓練所と呼ばれているらしく、スレインド王城の地下最下層に位置する。ここで、同じ階にある研究室で開発した新たな魔法を展開し、調整しているのだ。
「ではセイよ、そこの魔法陣の上に座ってくれ」
国王アルギエバはそう言うと、俺が召喚された魔法陣のさらに奥にある魔法陣を指さした。
って、魔法陣の奥にさらに魔法陣があったんか。気づかなかった……。でもまぁさっきの魔法陣よりも2周りぐらい小さいし、色だって薄暗い青だからね~。でかい黄緑と並べられたら気づかなくて当然だよね~。
「陛下、次は成功するといいですね」
「そうじゃな。3年前のような失態は許されんからの」
「ん?国王さん!今何か言いました??(大声)」
「何でもないぞ!どのぐらい魔力が上がっているのかが楽しみじゃなと話していただけじゃ」
薄暗い青色の魔法陣。その周りには召喚されたときと同じく神父姿の男性女性がたくさん立っている。どうやら両手を合わせて握り、祈りをささげているらしい。
そしてその魔法陣の中央付近では、室内ビキニを着ているお姉さんたちが俺のことを呼んでいた。大きく手を振る隙間から拝見できる、わきの下当たりがなんともエロい!
……と、そんな下心を抱いてはいけない。俺にはシホがいるんだ。さっさと魔王サルガスを亡き者にして逆召喚で元の世界に返してもらわなくてわ。
そう考えれば今第一に急ぐべきは魔法陣に乗って魔力量を測定をすること。
俺はチラチラとお姉さんの胸に目をやりながら、魔法陣の上に、支持された通り正座で座った。
男とはいかにたくさんの子孫を残せるかを考える生き物。つまり沢山の女性に目を向けてしまうのは当然。即ちこの行動は本能。そう、本能なんだ。本能だから……しょうがないんだ。うん、しょうがない。
☆国王アルギエバ視点☆
勇者殿は魔法陣の上に座った。
あとは魔法陣を発動して、魔力が如何ほどになっているのかを調べるだけ。
一般の冒険者や魔法師の魔力は特殊な水晶で量ることができる。しかし今量ろうとしているのは勇者殿の魔力量。この召喚が成功しており前のようなことがなければ、常人の1000倍を凌駕する魔力を纏っているはずである。
「やはり伝説級の魔力は古代から続く人力の量り方しかできぬか。しかし国内最高クラスの魔法陣師、総勢30名も必要となってしまう。不便だのぉ」
「しかし陛下、これでようやく事が進みますね」
「うむ」
こうして術はすぐに展開が始まった。
この人力測定は、魔法陣の色によって魔力量がわかる。
もともと青色なのが完全な深緑になると常人並みの魔力量。深緑を通り越して黄緑、黄色、オレンジ、赤となるにつれて、魔力が高いということになる。ちなみに黄色は常人の50倍、オレンジは300倍、完全なる深紅は1500倍だ。オレンジと赤の間でで大きく倍に跳ね上がるため、そこら辺の判断は少し難しいのだが……、まぁ魔力が増幅しているのは変わらない。
そして魔力測定の結果は――
☆セイ視点☆
「なんじゃ!?また青じゃと!?」
「くそっ!3年前と同じで魔力ゼロじゃないか!」
正座をして目を瞑っていたさ中、いきなり国王アルギエバとその隣の侯爵が大声でわめきだした。
慌てて目を開け、俺の近くに笑顔で座っていたビキニのお姉さんに質問を問いかける。しかしその美貌から発された予想もできない毒舌的な言葉に、俺はすぐに耳を疑うのだった。
「近づかないで下等なサルが!さっきからいやらしい目で見てきてキモかったのよっ!」
そう言うとすぐ様立ち上がり、俺を跳ねのけて国王のほうへと駆けていった。お姉さん全員が。
悲しい。なんか悲しい。俺にはシホがいるはずなのに、なんか悲しい。
って、そんなことは今はどうでもいい。それよりも国王アルギエバとその隣にいる侯爵の会話だ。
全く何が何なのか理解が追い付かない。魔力ゼロ?3年前?一体何なんだ。
「どうしてまたもや失敗するのだ!3年もかけてもう一度魔素をため込み、ようやく召喚までたどり着いたというのじゃぞ!」
「陛下、私に言われても困りますぞ!私だって楽しみにしていたのです。ようやくあの、魔族と人族を等しく平等だと言い張る忌々しい魔王サルガスを消し炭にできるとワクワクしていたのですぞ!」
「全くだ。可憐な人族とB級な魔族を共に尊重するなど馬鹿げておる。人族が哀れで仕方あらん!」
「陛下。これだとまた魔王領への進軍が先送りになります!魔王の領地を得るという予定も先送りになるかと」
「いったいどうすればよいのだ!!」
何の話だ。平等を望む魔王サルガス!?戦争好きの暴君だって話じゃなかったか?魔王の領地を得る!?防衛のために俺を召喚したって話は?
「えっと……何の話でしょうか?それと俺の魔力量って、結局どうだったんでしょう?」
「お前は黙っとれサル!」
「陛下。また口封じのために記憶を消したほうがよいかと」
「そうじゃの!おいピーコック。コヤツに記憶消去の魔術をかけておいてくれ。それと奴隷紋もつけておけ」
すると魔法陣の周りで円状に立っていた神父のうちの一人が、国王アルギエバの前に出てきて跪いた。
がたいが良く筋肉質な左腕がマントの中に納まりきっていない。右腕は見る限りでは確認できなかった。
しかし、途轍もなく怖いオーラを纏っている。魔法の世界だから実際にオーラがある……とかではなく、そう感じるほど威圧感があるだけなのだが。
「はっ!陛下。また3年前のように、この下にある奴隷収容所へ入れておいたほうがよろしいでしょうか?」
「そうじゃの。頼んだ」
「このピーコックめ、招致しました」
「あのぉ……、どういう――
戸惑いすぎて何も言葉が出なかった。それでも何かがおかしいと思い、必死に声を絞り出した。声色は最悪。完全におびえてる。
しかし声を出した。そう、確かに出したのだ。出したというのに……
その言葉が国王どころか、自分にすら、届くことはなかった。
しかしその前、ピーコックと呼ばれていた男の左手から出された白い光が、俺の身体を包み込んだのは確かだったと思う。