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第06話 私の好みで選んでいいの?

「よし、とりあえず四階を見よう」


 三浦部長が行き先を決めた。


 私たちはエレベーターで四階に上がる。専門店街は他の階と違ってどこか高級感が漂っていた。私のように普段安物で済ませている者にとってはあまり馴染みのない場所だ。


 空気にさえ気品を感じる。


 やや腰の引けた私と比べて三浦部長は実に堂々としていた。高級ブランドとか似合いそうなイケメンだけあって違和感も全くない。


「お、ここなら知ってるぞ」


 躊躇無く三浦部長が入店したのは私が買ったことどころか触れたことすらない超高級ブランドのお店。


 戸惑う私に彼は小さく首を傾げた。


「ん? どうした、ここは駄目なのか?」

「……」


 いや、駄目というか。


 ここ、私みたいな庶民が入っていいの?


 言ってみた。


「わ、私みたいな安物だらけの女が仕事の後でふらっと入っていいお店じゃないですよ。こういう店は田園調布の奥様がホホホとか言いながらメイドさんと一緒に立ち寄るべきであって……」

「何を訳のわからないことを言ってるんだ? いいからさっさと入れ。選ぶ時間がなくなる」

「えーでも」

「でもじゃない。とにかく入れ!」


 三浦部長の強い口調に私は観念する。これは仕事と自分に言い聞かせて店内へと進んだ。


 店の中はとても綺麗でやはり高級感がハンパない。それでいてごちゃごちゃした雰囲気はなく内装はむしろシンプルなほうだ。こういうのはセンスを感じる。


 三浦部長が手近のバッグを手に取りふむふむと眺めた。


「ま、この程度のバッグならいくらでも買えるか」

「……」


 ちょっと待って。


 ここ、最低でも諭吉さんがサッカーの試合を組めるくらいいても足りない類のお店だよ。


 というか部長って金持ち?


「大野はマフラーとコートが欲しいって言ってたよな」


 三浦部長の声が私の疑問符をぺしゃりと押し潰す。


 私はさっきとは違う陳列棚へと移動した彼を慌てて追った。頭の中で部長って収入どのくらいだっけと考える。


 えーと基本給に役職手当がつくでしょ。


 そうそう、うちの会社って他社と比べたらお給料良いらしいんだよね。実感ないけど。


「……」


 そういや部長って二十代のときに何度も社長賞を獲得するくらい営業成績が良かったって聞いたことある。優秀なんだよなぁ。今だって部長職が板についてるし。


 大学も一流の国立大を出てるし。


 今住んでいるのだって新築のタワーマンションだし。


 あれ?


 もしかしなくても超優良物件?


「色はあんまり派手じゃないほうがいいよな……って、大野?」


 数字がぐるぐる回り始めた私の頭に、怪訝そうな彼の声音が響く。


 私ははっとした。


 むすっと口角を下げた三浦部長の目と合う。


 あ、やばっ。


 部長の話、ちゃんと聞いてなかった。


「君はあれか」


 三浦部長が拗ねたように言った。


「僕と買い物するのはそんなに退屈か?」

「べ、別に退屈とかでは」


 面倒くさいことになってきたなぁと無言で嘆息する。でも三浦部長の拗ねた表情は改めて見ると子供っぽくて可愛い。


 じゃなくて。


 私は必死で言い訳を探す。どこかに正答はないものかと中空に視線を走らせるがもちろんそんなものは見当たらない。


「まあいい」


 三浦部長が私から目を逸らした。


 その目が僅かに寂しそうに思えたのは気のせいだろうか。


 陳列棚に置かれたマフラーの一本に彼が手を伸ばす。クリーム色のそれはシンプルなデザインでどこか懐かしい印象があった。とはいえ私がそれを首に巻いた記憶はない。


「これなんかどうだ?」

「……」


 どうだ、と言われても。


 私へのプレゼントじゃないし。


 まあ、いっか。


「いいんじゃないですか。あったかそうですし」


「そうか」


 三浦部長がまたうなずき、マフラーを元の位置に戻してコートの並んでいるほうへと足を向ける。


 私の返事が気に入らなかったのかな、と小さな反省がちくりと胸を刺した。たとえ自分へのプレゼントじゃなかったとしてもきちんと応えるべきだったのかもしれない。


 どれも暖かそうで値段も張りそうなコートを三浦部長が眺める。私にちらと視線を向けてからその中の一着を選んだ。通勤時にも使えるようなさっぱりとしたデザインのコートだった。


 それは今日も私が着てきたコートと同じ色でこれならさっきのマフラーとも合う。


 まるで自分へのプレゼントを見繕ってもらったみたいで私は嬉しくなる。だがすぐに知らない女性への贈り物だと思い出し私はがっかりした。


 いや、ちょい待て私。


 どうしてがっかりする必要がある?


 売り物のコートを私に示しながら彼が訊いてきた。


「大野はこういうのがいいだろ?」

「ええ、まあ」


 答えたものの彼の意図がわからない。


 これ、私じゃなくて別の人へのプレゼントだよね?


 私の好みで選んでいいの?


 顔もわからぬ相手への申し訳なさが立ってくる。部長が好意を抱いている相手に複雑な感情はあるがこれは結構まずいのではないかと判じた。


 私は隣のコートを指差した。


 デザインは一緒だが色は異なる。しかし、マフラーと組み合わせても違和感のないチョイスだった。


 ただし私なら買わない。この色に合う服を持ってないからだ。


「これなんか素敵ですよ」

「そうだな」


 ちらり。


 三浦部長の視線が私に絡みつく。また心音がざわめきだした。私、このままだとどうにかなりそう。


 意識して彼の視線を無視する。とくんとくんと打ち鳴らす鼓動が自分の物ではない気がして私はうろたえた。これまずいこれまずいと声に出さずに連呼する。


 この動揺が彼に知られませんようにと願った。

 


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