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第04話 その感情はやめて!

 *


 二日後。


 私と三浦部長は会社の最寄り駅から二つ先の位置にあるホテルのレストランに来ていた。


 最上階にあるレストランは豪奢な内装で、普段の夕食がコンビニ弁当な私には不似合いこの上ない。しかも会社から直で向かったから着替える暇もなかった。


 安物のくたびれたビジネススーツ姿ではとても失礼な感じがして私は恐縮してしまう。


 緊張していたせいか、三浦部長と店員のやりとりは私の耳をスルーする。東ヨーロッパを連想させるクラシックの音楽だけが妙にはっきりと聞こえていた。


 お店の人に案内されて窓際のテーブルに着く。


 向かい合って座ると三浦部長が口をへの字にしてこちらを見つめてきた。その目が「どうして君はそんな格好なんだ」と責めているようで私はちょっと辛くなる。


 だってこんなに豪華なところに連れて行かれるとは思わなかったんだもん。


 前もって教えてくれない部長が悪い。


「……!」


 私ははっとした。


 もしかして私に恥をかかせるためにここを選んだの?


 いつもコンビニ弁当だから?


 どうせテーブルマナーも知らない山猿だとでも思ってるんでしょ?


 次々とマイナスな考えが浮かんでは消える。


 私は三浦部長から窓へと視線を移し、思考を切り替えようと試みた。


 夜空に浮かぶ月が静かにその存在を主張している。


 月明かりと町明かりで星はあまり見えない。ダークブルーの空が高層ビルの上に広がっていた。ビルの谷間から僅かに覗けるネオンは隣の繁華街だろうか。


 自分の行ったことのある店はどのあたりかなと目を凝らしていると三浦部長の声がコツンと意識を叩いた。


「大野はずっとこっちにいるのか?」


 私は彼に向き直る。


 イケメンだからという訳ではないが三浦部長はこのレストランにとても良く馴染んでいた。まるで名のある画家の描いた絵画のようだ。


 私が答えずにいると彼は質問を変えた。


「郷里に戻って暮らそうとか思わないのか?」

「……」


 えーと。


 これ、田舎に帰れって意味かな。


 私は膝の上に置いた手をぎゅっと握った。


 あーはいはい、どうせ使えない部下ですよ。


 でも、そんな嫌味ったらしく言わなくたっていいじゃない。


 ムカついてきた私に「東京から離れてまゆかの故郷で生活するのもアリだな」とつぶやく三浦部長の声は届かなかった。


 *


 出された料理はどれも絶品だった。


 食事を終えるころには私の怒りも収まり、料理への満足感とお腹を満たした幸福感で一杯になっていた。


 会計は三浦部長が払った。カードで支払う彼の仕草がどこかで観たコメディ映画の登場人物のようで何故か笑える。


 表情に出てしまったのか三浦部長が怪訝そうに眉をひそめた。


「ん? どうした?」

「いえ、別に」


 私は片手で口許を隠す。小刻みに震える身体を必死で抑えた。


 三浦部長が頭に疑問符を乗せて軽く首を傾ける。彼は会計のレシートを店員から受け取ると「じゃあ、行こう」と私を促した。


 私は会計係の店員に会釈して先に立つ三浦部長の後を追う。彼の横に並ぶと

「ごちそうさまです」と一声かけた。


 僅かにうなずいて彼は頬を緩める。その表情が何か企んでいるように見えて私は反射的に彼との距離をとった。危うくグーで殴るところだったというのは内緒だ。


「うん?」


 三浦部長の頭にまた疑問符が現れる。


 とりあえず作り笑いでごまかした。顔が引きつっていないことを祈ろう。


 *


「いい店だったな」


 ホテルから駅へと向かいながら三浦部長が言った。


 一月の半ばとなり通りの空気はその冷たさを厳しくしている。安物のコートとマフラーではとても防ぎきれない。吐く息が街灯の下で淡く色を成した。駅に着くまでに凍えてしまわないか心配だ。


 ちらと三浦部長を見る。


 彼と視線が重なった。


 たぶん寒さで私の心も冷え切っていたのだろう。嫌悪感は覚えなかった。その代わりと言わんばかりに心音がとくんと高鳴る。


 私は慌てて目を逸らした。薬局の入り口に置かれた看護士姿の白いウサギがピンク色の大きなハートを抱いている。これきっとバレンタイン仕様だと判じつつ私はさらに視線を動かす。


 レンタルビデオ店の窓ガラスに抱き合う男女のポスターが貼られていた。恋愛映画のポスターだとわかっているのに耳が熱くなる。


 とくんとくんと心臓が私の意識を煽ってきた。


 ちょっとやめてよ。


 どうして私がこんな男にときめいてるの?


 無理無理無理と呪文のように無言で繰り返す。お留守になった嫌悪感の帰りを待っていると三浦部長の声が降ってきた。


「ありがとうな、おかげでいい下見ができた」


 柔らかな声音が耳心地良く聞こえる。おーい、私の嫌悪感はどこへ行った?


 何だか自分が自分でないような気がして私は落ち着かなくなる。部長の顔をまともに見れそうにない。


 どこかに視線を走らせても嫌がらせのようにバレンタインのハートが追ってくる。ああもう、こんなイベント流行らせたのは誰よ。私に恨みでもあるの?


「それで、その、あれだ」


 三浦部長が口の中でもごもごさせる。この人はこの人で何をしたいのかわからない。


 私は歩くのを速めて彼の前に出る。とくとくとくとくと早鐘と化した胸の鼓動がばれないよう願いつつ、彼を見上げた。


「部長、今日は本当にごちそうさまでした」


 油断すると他の言葉を口にしてしまいそうで私は怖くなる。これ以上三浦部長といるのは危険だと胸の奥にいるもう一人の私が訴えていた。できるだけ速やかに彼から離れる必要がある。


「私、これで失礼します。それじゃ、おやすみなさい」

「えっ、おい、大野?」


 呼び止めようとする三浦部長を無視して背を向けた。自分でも不思議なくらい後ろ髪を引かれている。


「……」


 嘘。


 こんなの嘘。


 気の迷いに決まってる。


 走りながら私は自分に芽生えた感情を否定するのであった。

 


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