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第39話 タヌキが来たりてにいっと笑う

 第39話を更新しました。


 翌日。


 朝方からどんよりと曇っていた空は数時間後には小雨を降らせていた。冷たい冬の雨はただでさえ落ち込んでいた私の気持ちを暗くさせる。


 昨夜ヨツビシ工業の釜本さんを殴った件で三浦部長と私は武田常務の部屋に呼び出されていた。


 高価というよりは品のあると表現したほうがいいソファーセットに座っているのは私と三浦部長それに武田常務の三人だ。ローテーブルを挟んで奥に武田常務、壁側に私と三浦部長。ローテーブルの上には常務の秘書が淹れてくれた紅茶が人数分置かれている。良い匂いが鼻腔をくすぐるけどとても口をつけられる雰囲気ではない。


「さて、困ったことになったね」


 しばらく黙って紅茶を見つめていた武田常務が眉をハの字にさせて言った。


「ヨツビシ側は今回の一件を最大限に利用するつもりだよ。三月の新商品のことだけではない、これまでの契約についても見直しを要求する気でいる」

「……申し訳ありません」


 三浦部長が深々と頭を下げる。


 私も彼に倣った。悔しさと情けなさで感情がこみ上げてくる。


 これは私のせいだ。


 私がもっとしっかりしていればロバ(釜本)に連れ去られそうになったりしなかったのに。


「私に謝られてもね。というか君は悪くないだろ、本当に悪いのは向こうのはずなんだから」

「そ、そうですよ」


 私は顔を上げた。


「部長は私を助けようとしただけなんです。あの人、ヨツビシ工業の人が私を強引にどこかに連れて行こうとしたから……」

「うん、それはもう聞いた」


 武田常務がゆっくりとうなずく。彼は私を落ち着かせるように小さく微笑むと言葉を接いだ。


「ただ、ヨツビシ側が問題にしているのはそういうことじゃないんだ。どんな理由があれ殴ったのはこっちなんだからね。相手が君にしようとしたことは未遂だけどこちらはそうじゃない。この差は大きいんだ」

「僕、いや私が軽率でした」


 三浦部長がさらに頭を低める。放っておいたらローテーブルか床に額を擦りつけてしまいそうだ。


 私はその姿に胸が締めつけられる。つんとする鼻をどうにか我慢させた。気を抜いたら目から熱いものが零れかねない。


 膝に置いた両手をぎゅっと握った。指が痛くなるくらい強く力を込める。


「拓也、頭を上げろ」


 声音は優しいのに厳しい口調で武田常務が言った。


「もう起きてしまったことだ。過ぎたことに拘っていても何もならないよ。それよりもこれからどうするべきかを考えるほうが大切だろう?」

「そうですが……」


 三浦部長の苦しげな声に私は唇を噛む。


 彼にそんな声を出させてしまったのは私だ。本当に情けない。


「三月の新商品の件だが、進捗具合はどうなんだい?」

「問題なく進んでいます。三%のズレもありません。広げるつもりでいた販路も順調に拡大しています」

「そうか」


 うんうんと武田常務が首肯する。幾分かさっきよりも口許が緩んでいた。細められた目は自分の子供を見ているかのように穏やかだ。


「昨夜のことがなければヨツビシ側ともこのままうまくやれていただろうね。だが、これからはどうなるかわからない」


 武田常務が中空に視線を走らせた。


 その表情はとても硬い。


「拓也、私は君の味方だよ。出来ることならずっと守ってやりたい。しかし、組織というのは個人の情だけでどうにかできるものではないんだ。それはわかるね?」

「はい」


 何かの覚悟を決めたような声で三浦部長が応じる。


 彼はスーツの内から白い封筒を取り出した。そこには「辞表」の二文字。


 えっ、と私は目を疑った。


 ちょい待って。


 それはダメですよ、部長。


 てか、何かの冗談ですよね?


 会社を辞めるなんてこと、しませんよね?


 疑念と願望を半々に三浦部長へと視線を移すと彼は感情を押し殺したような顔をしている。


 え?


 マジなの?


 そんなのダメダメダメ!


 私が部長を止めるべく声をかけようとすると、彼はまっすぐに武田常務を見つめて告げた。


「お世話になりました。常務にこれ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません。どうかこれを……」

「馬鹿野郎っ!」


 いきなり常務が怒鳴ってローテーブルを叩いた。衝撃でカップとソーサーが音を鳴らすくらい激しい。


 その迫力に私までビクリとしてしまッ他。


「それで責任を取ったつもりかい? ふざけるんじゃない。君一人が首を切られたくらいでどうにかなる問題じゃないんだよ。そんなこともわからないでよくここまでやって来れたものだね!」

「……すみません」


 三浦部長の声が震えている。


 いや、声だけではない。肩も小刻みに震えている。感情の昂ぶりが表に出ているのだ。


 絞り出すように。


「ですが、私にはこれしか」

「本気で言ってるんじゃないんだろうね。少なくとも私はそんな程度のことしかできない奴に育てた覚えはないよ」


 うっ、と三浦部長が言葉を詰まらせる。


 武田常務が部長を睨みつけたまま深く息をつく。心の底から不快さを吐くかのようでもあった。


 彼はソファーの背もたれに身を預けると目を瞑る。深呼吸すると怒声を発してから少し変わっていた口調を和らげた。


「拓也、楽な道を選ぼうとするなよ。もうちょっとあがこうとか思わないのか? そんなに簡単に辞められるほどこの会社への愛着はないのか? それに私に頼ってくれたっていいんじゃないのかね? 辞表を提出するだなんて寂しい真似をするのはやめてくれよ」

「……」


 あ、やばい。


 私、こういうシーン弱いんだよね。


 鳴きそう。


 私がドラマでも見ているような感動に浸っているとコンコンと部屋のドアがノックされた。


「失礼します」


 返事も待たずに常務の秘書が入室してくる。二十代半ばくらいの綺麗な顔立ちの女性だ。スタイルも良いしいかにもって雰囲気の人である。


 彼女は少し戸惑った様子で口を開いた。


「常務、実は……」

「はいはい、お邪魔するよ」


 秘書を押し退けるようにでっぷりとした身体の男が入ってくる。タヌキを連想させるどこか愛嬌のある顔は微笑んでいた。シリアスな雰囲気だったこの場にはそぐわないややコミカルな印象の笑い方だ。


 タヌキ……北沢副社長は私たち三人を見遣ると大きく身体を揺らしながらフフンと笑った。


「これはこれはお揃いで。こいつは話が早そうで助かる」

「何かご用ですか、北沢副社長」


 武田常務の声には警戒の色があった。


 にぃっと笑みを広げて北沢副社長が答える。


「ご用も何も、お前さんにそこの二人の処分をするよう命じに来たんだよ」

「はぁ?」


 私は驚きのあまり口をあんぐりとさせてしまった。


 処分って、もしかして私たちクビになっちゃうの?

 

 

 


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