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第17話 女の敵は女、というか私って……?

 第17話を更新しました。


 一時間ほど残業して書類を仕上げ、私は帰ることにした。


 まだ部内に残っている人たちに軽く挨拶して廊下に出る。結局お弁当タイムの後は一度も顔を合わせなかった三浦部長のことを思いながらエレベーターの前まで歩いた。


 ほぼ無意識にボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。私のまわりには誰もいない。微かに低く重い機械音がしていた。余計な音がないからこそ耳にできるエレベーターの稼働音だ。


 休憩室のほうから談笑する声が漏れてくる。聞き覚えのある声も混じっているから誰か第二事業部の人がいるのだろう。


 部長、まだ会議が終わらないのかな。


 途中で1回くらい顔を出してくれたらいいのに。


 明日は会えるかな。


 まあ同じ会社なんだし会えるんだろうけどゆっくりお話できる暇はないかも。


 部長、忙しいからなぁ。


 そこまで考えて私は足元に視線を落とした。。


 ……お見合いかぁ。


 部長、どうするんだろう?


 もしお見合いをして相手に気に入られちゃったら、でなければ逆に部長が気に入っちゃったら……。


 結婚、しちゃうのかなぁ。


 何度か目の疑問を反芻する。どうしようもないことをぐだぐだと考えてしまう自分に我ながら情けなくなった。それでも波のように不安が押し寄せてくるのだから仕方ない。


 それに私は三浦部長にとってただの部下だ。恋愛対象とは見られていない。そんな私に彼のお見合いをどうこう言える権利なんてなかった。


 お見合いなんかしてほしくない。


 でも、それを断ったせいで三浦部長の出世が遅れるのも嫌だ。彼にはその能力に相応しい仕事をしてもらいたい。


 エレベーターが到着して扉が開く。


「あ」


 中から若い女の声がした。


 意識を向けると肩まである茶髪を細かくウェーブさせた女子社員がこちらを睨みつけている。視線だけで私を呪い殺さんばかりの鋭さだ。


 顔は可愛いのに目つきで台なしになっている。いや、これはこれで好きな人には堪らないのか?


「大野まゆか」


 彼女の薄い唇がゆっくりと動く。普段なら小鳥のさえずりのような愛らしさであろう声が怨霊の呪詛のようにおどろおどろしい。


 これが地声なら私は耳鼻咽喉科に彼女を連れて行く。絶対に連れて行く。


「あなた、大野まゆかよね?」

「えっ、あ、うん」


 どう見ても私より年下な彼女に気圧され、一歩退きながはらうなずく。


 彼女はエレベーターを降りた。勢いのまま私に詰め寄ってくる。


「この泥棒猫っ、よくも彼をたぶらかしてくれたわね!」

「はい?」


 言われたことがわからず私は目をぱちぱちさせる。喉から漏れた声が頓狂だったとしてもやむなしだ。


 というかこの人誰?


 胸倉こそ掴んでこないが彼女の気迫が凄い。思わずもう一歩下がってしまった。


 間髪入れず彼女は距離を狭めてくる。


「あんたみたいな女は馬に蹴られて飛んで行けばいいのよっ! てかむしろ踏みつけられろ、このあばずれ!」

「……」


 何だかえらい言われようである。


 私が返さずにいると彼女の口撃が続いた。


「どうせ彼だけじゃなくて他の男にも色目を使っているんでしょ。あんたみたいな女はよーく知ってるんだからね。あれでしょ、散々玩具にしたらポイッと捨てるんでしょ? 彼がボロボロになっても知らん顔してポイッと捨てるんでしょ? そんなのあたしが許さないっ! 神様が許してもあたしが許さないんだから!」

「……」


 えーと。


 もしかしなくても私、最低女?


 これっぽちとして心当たりがなくて私は苦笑する。それがお気に召さなかったらしく彼女はますます目を吊り上げた。まさに鬼の形相だ。


「何? 不敵に笑っちゃってあたしのこと馬鹿にしてるの? 男を取られた憐れな女だって見下しているの?」


 もうどうしたものやら。


 私は何とか言葉を絞り出した。


「あ、あの……」

「何よ、文句でもあるの?」


 そりゃありますよ。


 ありまくりですよ。


 ないほうがおかしいでしょ?


 とはとても言えず。


 いや、まあ、言ってもいいんだけど反撃が凄そうだし。


 火に油を注ぐだけだよね。


 私は言葉を選びながら告げた。


「ええっと、一体何の話なのか全く見えないんだけど」

「はぁ?」


 不快さを隠そうともせず彼女は応じた。さらに声が一オクターブ下がったような気もする。


「よくもぬけぬけとそんなセリフを。あんたがあたしから彼を奪おうとするからこんなことになってるんでしょうが!」

「……」


 彼を奪う?


 私、そんなことしてない。


 そもそも彼って誰?


「わ、私、他人様の彼氏にちょっかい出したりなんかしないよ。何か誤解してるんじゃない?」


 そう、これは誤解だ。


 ちゃんと話せば私がそんな女ではないとわかってくれるはず。


 彼女の怒声が聞こえたのだろう、廊下に人が集まってきた。面子の大半が第一と第二事業部の部員だ。知った顔があるのでかなり恥ずかしい。


 ひそひそと話しているのは数人の女子社員。これきっと後で噂話のネタにされるんだろうなぁ。


 まあそれは甘んじて受け容れるとして、とりあえず誰か助けてくれない?


 無言で助けを訴えるものの、わざわざ争いに身を投じてくれるような勇者はいないようだ。でもここは株を上げるチャンスだと思うよ。少なくとも私の中では株が上がる。


 もう一度視線を投げた。


 あっ、何人か私から目を逸らした。


 最低。


 その顔憶えたからね。


「よそ見すんな!」


 彼女が激昂した。


「あたしは怒ってるんだからね。あんたはあたしに詫びを入れて彼から手を引かないといけないの! わかる? それともその汚い首の上に乗っかっているのはお飾りかしら? 胸だけじゃなく脳味噌も足らないのかしら?」


 くっ。


 さすがに人前で侮辱されるとかちんとくる。


 私はぎゅっと拳を握った。殴るつもりはない……いや、本当は殴りたいけどここは我慢だ。


「あ、あなたね……」


 私が言いかけたとき、ぱぁんぱぁんと両手を打つ音が通路に響いた。

 

 


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