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第15話 にこやかにプロポーズ

 第15話の更新となります。


 お弁当を食べ終える頃に見知ったイケメンが社員食堂に現れた。


 新村くんだ。


 彼は私に気づいたらしく爽やかな微笑みを向けてくる。慣れた様子で注文を終えると丼の載ったトレイを持ってこちらに近づいて来た。


 そうすることが当然といったふうに私の隣の席に腰を下ろす。丼の中身はきつねうどんだった。


「三浦部長、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」


 新村くんは三浦部長と挨拶を済ませると私へと視線を戻した。


「お疲れ様、大野さんもお昼?」

「う、うん」


 先日のことを思い出し、頬が引きつる。脳内で彼の告白シーンが再生された。三浦部長もいるしどうしよう、と困ってしまう。


 そんな私の表情に気づいたのか三浦部長が尋ねてきた。


「ん? どうした大野」

「あ、いえ。何でもないです」


 苦笑しながら私は返す。


 できればこんな状況から逃げ出したいのだけれどどうすればいいのかわからなかった。頭を巡らせてもぐるぐると回るだけで何の解決策も出てこない。


 他の女子社員なら「イケメン二人と同席できて至福♪」となったのだろう。私だって何も知らない(気づいていない)自分でいられたのなら幸福で頬が緩みっぱなしになっていたのかもしれない。


 あーでも以前の私なら三浦部長と一緒にいても苦痛なだけか。


 新村くんのことも特に意識しなかっただろうし。


「ところで」


 新村くんの声で私は考えるのを止めた。


 彼は空になったお弁当箱を見ている。


「これ、大野さんが?」

「あ、うん」


 特に否定する理由もないので私はうなずく。


 新村くんが眉を下げた。少し肩を落として彼は嘆息する。


「そっか。うーん、もうちょっと早くここに来れたらなぁ」

「ふむ」


 三浦部長が一つ息をついた。


「美味かったぞ」


 やや口角を上げて彼は告げる。どこか勝ち誇った口調だった。


 新村くんが視線を三浦部長へと移す。一瞬だけ険しい顔をしてすぐににこやかなものへと変えた。でも心なしか彼から黒いオーラが漂い始めた気がする。室温も急に下がったような……。


「……」


 もしかして、修羅場?


 争奪戦勃発?


 いやいやいやいや。


 いくら何でもそれはないよね。


 新村くんはともかく三浦部長は私のこと好きでも何でもないんだし。


 むしろ頼りない奴くらいにしか思ってないんだろうし。


 ちくちくと胸が痛むけど本当のことなんだから仕方ない。


 私は三浦部長にとって部下の女子社員。


 彼女にはなれないしそれ以上も望めない。


 少なくとも今の私では駄目だ。


「三浦部長が美味いと言うのなら」


 新村くんが笑みを広げた。


 黒いオーラが消えた、ような気がする。


「将来がものすごく楽しみですね。きっといいお嫁さんになってくれるでしょう」

「……」


 ちょっと新村くん。


 そんなお嫁さんだなんてやめてよ。


 私は恥ずかしくなって耳が熱くなる。三浦部長の食事の支度をするエプロン姿の自分を想像してしまったのは内緒だ。


 不意に新村くんが私の腕をぐいと引いて自分に引き寄せた。突然のことすぎて抵抗もできない。やっとの思いで椅子から転げるのを回避した。


 目を見開いた私に新村くんが言った。


「大野さん、俺のお嫁さんになってよ」

「えっ?」


 いろいろと飛び越えていきなりプロポーズですか?


 というか私、新村くんの告白を断ったはずなんですけど。


 彼の体温を感じながらまたぐるぐると頭が回り始める。ぐるぐるぐるぐると回転する思考は摩擦熱を生んでいるらしく私の体温も上がってきた。とくんとくんと打ち鳴らす自分の心臓に情けなくなる。


 私の好きな人は新村くんじゃないのに。


 新村くんじゃなくて三浦部長なのに。


 どうして好きな人の目の前で好きでもない人にドキドキしているんだろう。


 無茶苦茶だ。


 てか、ひょっとして私、新村くんにも気があるの?


 自覚がないんですけど。


 コホン、と三浦部長が咳払いをした。


「あー新村くん」


 苦く笑んだ彼はこめかみのあたりをヒクヒクとさせている。声には妙な圧があった。


「大野が嫌がってるぞ。それにたとえ冗談でも軽々しく求婚するのはどうなのかな?」

「いや部長、別に軽々しくだなんてことはありませんよ」


 新村くんが私との密着を強めた。


 にこやかに。


「俺、本気なんで。大野さんと結婚したいって真剣に思っていますよ。彼女となら百歳になっても一緒にいたい」


「……」


 わぁ、どうしよう。


 私は目眩を覚えた。


 よりにもよって三浦部長の前で何てことを宣言してくれちゃってるのよ。


 あぁ、部長の口角がどんどん下がっていく。


 比例して眉間の皺がどんどん深くなっていく。


 ご機嫌メーターがどんどん悪くなっていくよぉ。


 ……ん?


 私ははたと気づく。


 どうして三浦部長が怒ってるんだろ。


「……」


 そっか、半人前の私がプロポーズされるだなんて納得いかないよね。


 私は落ちそうになっていた椅子を動かした。新村くんの腕から逃れたいけど彼はがっちりと私を捕まえているので容易に外れそうにない。


「新村くん」


 私は言った。


「放して」

「大野さんが結婚してくれるって応えてくれたら放してあげる」

「……」


 えーと。


 新村くんってこんな人だっけ?


 こんなに一途で結婚願望の強いタイプだっけ?


 私の知ってる新村くんはもっとこうプレイボーイみたいな感じだったんだけど。


「え……と、私には好きな人がいるって言ったよね? 新村くんとは付き合えないし結婚もできないんだけど」

「俺の入る余地はないの?」


 傷ついた子供のような声で新村くんが訊いてくる。その表情にプレイボーイらしさは微塵も感じられなかった。それどころかどこの純朴少年かって叫びたくなる。


 私が返事をせずにいると彼は微笑した。


「うん、まだまだチャンスはありそう。俺、諦めないから」

「……」


 いや、諦めて下さい。


 コホン。


 また三浦部長が咳払いをした。


「君たち僕のこと忘れてないか?」

「部長、こういうときは気を遣ってそっと席を外すのがマナーですよ」


 新村くんが息をするように嘘をつく。


 私は彼を睨みつけた。


 そんなマナーはありません。

 

 

 


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