第14話 三浦部長とお弁当タイム、さて結果は?
私たちはお弁当タイムの場を社員食堂に移した。
「君はあれだな」
三浦部長の前には私の作ったおかずと社員食堂で調達したご飯が並んでいた。もちろん私の分もある。
「いつもコンビニで済ませているからご飯を炊くって概念がなくなっているんじゃないか? だからたまにお弁当を作ってもおかずにしか気が回らなくなる。そんなんじゃこの先困ることになるぞ」
「……」
返す言葉がない。
私は俯いて少し冷めたコンソメスープが入った紙コップを眺める。さっきまでの達成感などどこかへ飛んでしまっていた。残っているのは後悔と恥ずかしさだ。
どうしてご飯のことを忘れていたのだろう。
本当にコンビニに頼りすぎだ。
これからはたまに自炊するようにしよう。
うん、とりあえず明日もお弁当を作るぞ。
テーブルの陰でぐっと拳を握った。
「じゃあ、いただくとするか」
私が返事をせずにいると三浦部長は語調を和らげた。お小言マシンガンが連射するとばかり思っていたのでちょっとびっくりする。
顔を上げると「いただきます」と三浦部長が軽く頭を下げてから唐揚げに箸をつけるのが見えた。その姿が何だか可愛くてにやけてしまいそうになる。
表情が険しいのに仕草が可愛いだなんて反則だ。
唐揚げを一口食べると彼は僅かに頬を緩ませた。
「ふむ、予想してたより美味いな」
「部長」
私は口を尖らせる。
「予想してたよりってどういうことですか。それ地味に失礼ですよ」
「おっと、これはすまない」
彼は苦笑し、また唐揚げを食べる。
もぐもぐと咀嚼して飲み込むと今度はコロッケへと箸を伸ばした。
切り分けたコロッケの断面を目にして彼は小さく息をつく。
「なるほど、大野のコロッケはジャガイモをあまり潰さないんだな」
「……」
部長、すみません。
それ、潰し損ねただけです。
胸の中で謝りながら自分のコロッケにパクつく。こちらはちゃんとジャガイモが潰れていた。玉ねぎの量が心なしか多い気もするけど、これくらいならギリギリセーフだよね。
「それにしても、これ玉ねぎが多くないか?」
アウトだった。
私は何でもないというふうに装う。あえて三浦部長から視線を外した。
奥のテーブルで食事している二人って第一事業部の係長さんと営業事務の子だよね。
ずいぶん仲が良さそうだけど付き合ってるのかな?
とか現実逃避してみたり。
じいっ。
三浦部長の視線が痛い。
堪えきれず私は口を開いた。
「ええっと、コロッケっていろいろバリエーションがありますよね。実に奥が深いというか」
「つまりこれは失敗した、と?」
「そこでつっこむのが部長の悪いところだと思います」
私は彼を睨んだ。
うっ、と短く声を漏らして彼はごまかすようにコロッケをご飯に載せてささやかなコロッケ丼にする。コロッケとご飯を一緒に食べる姿は部活帰りに食堂でカツ丼を頬張る中学生みたいだ。
これはこれでポイント高いかも。
なかなか見られない姿に私はレアリティを感じる。スマホで撮影したいけれどばれたら後が怖いだろうなぁ。
次はハンバーグだ。
一口サイズに仕上げているので食べ易さについては自信がある。塩コショウであっさりと味つけしたハンバーグにはバターとケチャップを混ぜ合わせたソースがかかっている。実家にいた頃にお母さんがよく作ってくれたものを思い出してみたのだがこちらはうまくいっているだろうか。
「……」
私が見つめていると三浦部長が苦く笑んだ。
「おいおい、そんなに見られてると食べづらいぞ」
「あっ、すみません」
私は慌てて目を逸らす。視界の端で三浦部長がハンバーグを食べた。
「ふむふむ」
ゆっくり味わう三浦部長がこくこくと首を縦に振る。それが美味いということなのかそれとも別の意味なのか私には判別しかねた。でも、いきなり不味いと言われないだけマシかもしれない。
「うん、これは面白い味だな」
「……」
それは褒めてるの?
私が見つめすぎないよう注意しながら彼を見ると何だか微妙な表情を浮かべている。
わぁ、この反応は駄目だ。
私の脳裏に「失敗」の二文字が浮かぶ。心当たりがあるのはソースだ。ハンバーグに味つけしたんだからむしろソースはなくても良かったのかもしれない。
私が気落ちしているのが伝わったのか三浦部長が「いや、美味いぞ?」と付け足した。
部長、それ遅いです。
しっかりダメージが通りました。
私のメンタル瀕死です。
部長がフォローしてくれる。
「でもあれだ、ご飯は普通に美味いぞ」
「それ社員食堂のですし」
「あ」
ばつの悪そうな顔をされるがそれはそれで辛い。ここまできたらいっそ笑い飛ばしてもらいたかった。
「もういいですよ。やり慣れないことをした私がいけないんですから。これからはコンビニに頼らない食生活を心がけるようにします」
「そ、そうだな」
「……」
部長、もう少しフォローしてください。
私、泣きますよ?
落ち込みが激しくて今回の反省会を脳内で始めてしまった私には三浦部長の「僕のために毎日料理してくれたら絶対に上達すると思うんだけどなぁ。早くそういう関係になりたいなぁ」というつぶやきは聞こえなかった。