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第12話 会議室で壁ドンされました

「それで? 昨日はどうだったの?」


 翌日。


 出社してすぐに優子さんに捕まった私はそのまま空いた会議室に連れ込まれていた。ドアは内側から施錠されており外からの邪魔が入らないようになっている。


 なぜか壁ドンされている状態で私は優子さんに見つめられていた。女同士だけど綺麗な容姿の優子さんが相手だと自然に心拍数が上がってしまう。半ば目眩を覚えかけた私に優子さんが妖艶な笑みを向けた。


「何もないってことはないわよね?」

「あ、えと、その」


 間近から漂う甘い香水の匂いがさらに私をくらくらさせる。これ私が男だったらどうなっていたんだろうと心の隅で思いながら彼女から天井の照明へと視線を逸らした。


「私のお膳立てを無駄にしてないよね?」

「……」


 いや無駄も何も、私、頼んでないし。


 ブレーキの壊れたダンプカー(だっけ?)の異名を持つ優子さんが問答無用で食事をセッティングしたのだ。そのせいで三浦部長へのお弁当を作る練習ができず本番に至らざるを得なくなったというのに……私、怒ってもいいのかな?


 優子さんが問い詰める。


「どうなの? 大人しく白状しなさい」

「あ、えーとですね」


 たぶん私の目は泳いでいるだろう。


 それはもう競泳だってできるレベルで。


「あなたの返答次第で新村くんへのペナルティもあり得るんだからね。もしまーちゃんを泣かせるようなことをしたら……」

「ゆ、優子さん?」


 途中で言葉を切った彼女から笑みが消える。表情は笑ってないのに小さな笑声が漏れた。


「ふふっ、どんなお仕置きにしようかなぁ」

「……」


 あ、あっちの世界に行きかけてる。


 優子さんがぶつぶつ言い始めた。


「あれよね、新村くんのことだからいきなりラブホに連れ込むなんて無粋はしないわよね。するにしても絶対にワンクッション置くだろうし、まーちゃんが嫌がるなら無理はしないだろうし。それともするかな? まーちゃん可愛いから新村くんの理性じゃアテにならないかな?」

「……」


 あれ?


 もしかして私、地味にピンチだった?


 優子さんのトリップは続く。


「レストランを出てから夜景のきれいな場所でムードを盛り上げて、ついでにまーちゃんを抱き締めて、可能なら唇も奪って、勢いのあるままその後は……ムフフ。あのあたりはちょっと足を伸ばせばラブホもあるのよね。あ、でもあれかな。新村くんまーちゃんをお持ち帰りしちゃうかな? それはそれで彼らしいけど何だかまーちゃんのイメージに合わないんだよなぁ。ほいほい男の家について行っちゃうような子に育てたつもりもないし」

「……」


 優子さん。


 私、優子さんに育ててもらった覚えはないんですけど。


 私はそっと手を優子さんの肩にかける。乱暴にならぬよう腐心しながら彼女の身体をグイと押した。


「私、ただ一緒に食べてきただけですよ」


 聞こえてなかったっぽいのでゆさゆさと肩を揺らしてみる。


 もう一度言った。


「新村くんとは食事しただけです」


 はっと優子さんの目が見開かれた。


 再び私と目が合う。


 小さく苦笑いした優子さんが言葉を接いだ。


「相手は新村くんよ。それはないわ」

「えっ」


 私は驚いて声を発してしまう。優子さんの言葉の意味が単純なものではないような錯覚をした。そのくらい含みのあるセリフだった。


「あのね」


 優子さんが壁ドンをやめる。


「私、うすうすわかっていたのよ。新村くんっていろんな女の子に手を出していたけどまーちゃんにだけは軽々しく手を出さなかった。本気の相手だからこそ不用意な真似をしたくなかったのね」

「そ、そういうものなんですか?」

「新村くんはああ見えて結構慎重よ。まあ、行けると判断したらガンガン攻めるけどね」

「ええっ」


 私は昨夜のことを想起する。


 彼は告白を断られていてもなお私にロックオンしていた。


 振り向いてもらえるよう頑張る、とも言っていた。


 私は優子さんをじっと見る。


「……」

「ん? なぁに?」


 ブレーキの壊れたダンプカー(だよね?)の特製は部下の新村くんにも受け継がれているのかもしれない。


 一歩後ずさろうとして背面が壁だと思い出した。


 喉の奥がきゅうっと違和感に満ちて言葉がせり上がってくる。彼女にもはっきり告げるべきだと思った。うやむやのまま放っておいてこれ以上引っかき回されたくない。


 でも、優子さんの気分を害さないように言わないと。


「あの、優子さん」


 おずおずと切り出した私に彼女は「うん?」と応じる。


 その反応に少し不安になって声が小さくなった。


「私、新村くんとは付き合えません」

「何で?」


 こてんと首を傾げて優子さんが頭に疑問符を付ける。


「あなたたち両想いじゃない」

「いや、私は別に」

「あーそうか。そうよね、まーちゃんらしいと言えばらしいけど」


 何かに納得したように彼女はうんうんとうなずく。


 私はまた嫌な予感がした。


 しまくっていた。


「まーちゃん」


 優子さんが数秒の間を置き、言った。


「もっと自信を持っていいのよ」

「はい?」

「まーちゃん、自分に自信がないから新村くんを諦めようとしているんでしょ? それなら心配しなくていいわ。だって、まーちゃんは私が太鼓判を押せるほど可愛いもの。それに新村くんだってまーちゃんにぞっこんよ」

「あ、いや、そうではなくて……」


 言いかけた私を優子さんは遮った。


「大丈夫、私がついているんだからどーんと構えていなさい。何しろ私はブレーキの壊れたダンプカーなキューピットなんだから。まーちゃんの恋もばっちり成就させてあ・げ・る」

「……」


 あぁ、これは駄目だ。


 私は鼻息を荒くして決意を新たにする優子さんを見ながら胸の中で嘆息した。


 この人、全然わかってない。


 ブレーキどころかアクセルもハンドルも壊れまくってるよ。

 


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