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序7.

(なん)て呼ぼうが勝手だけど、一応名乗っておくよ。俺の名前はサ…じゃなくてクラーダだ。お前のことはグラバーって呼べばいいのかな?」


『…。』



 何の考えも無しに巨大な飛竜の前に立ったサクラダ。

 彼はひとまずグラバーとの距離を詰めることにした。



「返事してくれないと変なあだ名付けるぞ。そうだなぁ、『ぷりぷりぱいなっぷる』とかどうだろう?」


『……矮躯ナル者共ニ名乗ル名ナド無シ。』



 数百年生きた竜とはいえ、『ぷりぷりぱいなっぷる』と呼ばれるのは嫌だったらしい。

 無言を貫こうとしていたグラバーはついつい口を開いてしまったのだ。



「それで、グラバー。どうして俺たちが乗ってる馬車を襲ったんだ?」


『………。』


「うおっ!?あっぶね!!」



 質問を投げかけたら尻尾の攻撃を投げ返された。

 奇跡的に見切る事が出来たので、サクラダは後ろに飛びのいてそれを躱した。



『…小賢シイ。』



 偶然のようなものだったとはいえ、まさかあっさり躱されるとは思っていなかったようだ。

 苛立ちの混じった声でグラバーは唸った。



「コザカしいも何も、急に攻撃してくる奴にそんなこと言われる筋合いはねえよ…。わかったわかった。言いたくないんならそれで良い。じゃあ、次の質問だ。」


『…フン。』



 再び振るわれる尻尾。

 質問を続けようとしていた(おり)だっただけに油断しており、今度は躱すことが出来なかった。

 巨大で質量を伴った固く鋭い尻尾がサクラダの脇腹上部あたりを打ち据える。


 常人であれば叩かれた方向に背骨が折れてもおかしくはない。

 むしろ、乳首を結ぶ対角線で真っ二つになってもおかしくないような鋭い一撃だった。



「いてっ!?」



 だが、無傷。


 サクラダは無傷であった。


 脇腹をピコピコハンマーで叩かれた程度の衝撃は感じたが、痛いと口にしてしまったのは例によって条件反射のようなものである。


 しかし、一方で。



「ぎゃあああああああっぶねえ!?」


「か、間一髪でした…。」


「オリビア卿、ありがとうございます……。」



 後ろで3騎士たちが何やら騒いでいる。


 振り返ってみると、ヤタラとアイラを庇うように剣を構えたオリビアが立っていて、彼女の立っている少し後方に奇妙な金属の大剣の刃のようなものがオリビアたちの左右にそれぞれ2つ落ちている。


 鉤のようにいびつに曲がったその刃は一方の面が平らになっており、鏡のようにギラギラと月(モーントというらしい。なぜドイツ語なのだろう?)の光を反射していて少しだけ眩しい。


 鏡のような面を上に向けているのは、オリビアの右側に落ちている刃である。


 左側に落ちている刃は、尖った側が地面に突き刺さっている。

 それゆえに鏡のようになっている面の反対側もよく見ることが出来たのだが、そちらの面は非常になだらかな丸みを帯びている。

 表面の質感は少し曇っており、地面に刺さった先端に近いほど、赤錆に侵食されているように見える。



『グ、グヌウウウウウウウ!?オ、オノレ、オノレエエエエエエ!!』



 急にグラバーが騒ぎ出した。

 再び彼の方に目を向けると、彼は尻尾を高く振りかざして今にもサクラダに叩きつけようとしているようだ。


 …なんだか、尻尾のいちばん先端に生えていた、鉤型の巨大な棘が無くなっているように思える。


 たしか、オリビアさんの左右に落ちている2つの刃のようなものをくっつけたぐらいの大きさの金属の棘だったと思うんだけど…。

 どこに行ったんだろ。


 サクラダは首を傾げた。



『フン!!』



 そんな無防備なサクラダ目掛け、再び振り下ろされる尻尾。


 先ほどよりも速度と殺意の籠った連撃に晒され、サクラダは思わず尻もちをついてしまった。



「ちょ、ちょっと…!多いし鋭いし早い…!アイラ卿、お願いします!」


「任せて!」



 後ろの3騎士たちもなにやら頑張っているようだが、どれほど気になろうともグラバーが攻撃を止めてくれないので身動きをなかなか取りにくい。


 痛くも痒くもないのだが、服がどんどん削り取られてしまうのだけは困った。



「く、クラーダ…!待っていてください、すぐ助けに行きますから…!」



 オリビアが息を切らしながらそう言った。

 ヒュンヒュンと何かを振り回す音が聞こえるが、きっと剣を振っているのだろう。



『グ、ググゥ…!!』



 グラバーの打撃は苛烈さを増して行く。


 だが、打撃の速度に反して攻撃のダメージはどんどん下がっているように感じる。


 初めは足つぼマッサージのポチポチに触った時のような刺激があったのに、次第に梱包シートのプチプチで撫でられるような感覚になっていき、とうとう湿った生肉で擦られているような感触になってきた。



『グ、ラアアアアアアアア!!!!』



 ひときわ大きな鳴き声を上げたグラバーは、尻尾をこれまで以上に高く振り上げた。


 そうして、一瞬力を貯めたのち、それをものすごい勢いでサクラダの頭部目掛けて振り抜いた。


 ブチン。


 太い繊維を引きちぎるような音が鳴り響き、肉の塊が宙を舞った。



「く、クラーダさんッ!」



 アイラが悲痛な叫び声を上げる。


 べしゃり。

 湿った音を立てて地面に落下した肉塊は、ちょうどヤタラの目の前に赤い水溜まりをじわりと広げた。


 異様に頑丈なサクラダの身体とて、頭部や首の辺りは弱点となりうる。


 特に、細い首などを重たい鈍器で高速で振り抜かれた日には、頭が吹っ飛んでしまってもおかしくはない。



『ゴ、アアアアアアアッッッツ!?!?!?』



 再び絶叫するグラバー。


 彼は短くなってしまった尻尾を抱え込むように蹲った。



「ワイバーンの血、くっさ!」



 顔にべったりとついた血を拭ったサクラダは、それに鼻を近づけて顔を顰めた。



「な、なんで無傷なんだよ…?」



 化物を見るような目でこちらを見てくるヤタラは、呆然とそう呟いた。


 そう、グラバーの尻尾程度ではサクラダの肉体に少しの傷も与えられなかったのである。

 

 メタルホーンドレイクの棘は硬度の高い金属で出来ており、様々な武具の原料として使われるという話だ。


 だが、どういうわけかその硬いはずの棘の悉くが、サクラダに触れるたびにスティック状のプレッツェル菓子にデコピンしたときのようにポキポキと折れてしまったのだ。


 そして、極めつけに一番最後の一撃である。


 サクラダの頭を吹っ飛ばそうと巨大な飛竜の本気の力で振り抜かれた尻尾は、とうとうサクラダの頑丈な体を破壊することは出来なかったのである。

 むしろ逆に、自身の質量と速度で千切れ飛んでしまったのだ。


 ヤタラの傍に落ちた尻尾の先端(先端とはいえ非常にでかい)をよく確認してみると、人の横顔のような形に凹んでいるところがある。


 そこを起点として尻尾の甲殻に亀裂が入っており、切断面の開始点になっているのだ。


 サクラダが顔をはめ込んでみれば、ほら。


 このフィット感である。


 これぐらいフィットする美容マスクがあればさぞかし売れるのではないだろうか。


 何?

 美容マスクの真価はフィット感だけではない?

 すまんが使ったことないので知らん。



「って、クラーダさん!?」



 突然の奇行に面食らったアイラが駆け寄ってくる。

 そして、大杖でサクラダの尻をぶっ叩いた。



「ぶへっ!?」



 なんならグラバーのものよりも強いのではないかという一撃で、彼の顔はさらに尻尾の肉へと埋め込まれた。

 せっかく拭いたのに…。



「体と頭は大丈夫なんですか?!その……また丸出しになってます!」



 何処からともなく取り出してきたタオルをサクラダに押し付けたアイラは、そう言って目を逸らした。



「えっ……、いやん。」



 確かに、グラバーの攻撃に晒され続けた彼の服はズタズタだ。

 服の下の青白い肉体が無傷なのが気味悪いほどにズタズタだ。


 ダメージジーンズ的概念として割り切るにはあまりにも丸出しなので、とりあえずは血を拭ったタオルを巻いておくことにした。



「ずいぶん硬いとは思ってたけど、まさかこれほどとは…。」



 呆れた顔でのそのそと歩いてきたヤタラは、バチバチと火花を散らす剣の形をした光を周囲に5本ほど漂わせている。



「眼福…ではなくて、さすがは我が弟子(クラーダ)。よくぞ耐えました。グラバーの尾を斬った功績を陛下にお伝えすれば、きっと陛下も貴方の事を取り立てて下さるはずです。」



 金属を斬りすぎたせいで刃がボロボロになったブロードソードを鞘に納めたオリビア。

 彼女は、何処からともなく新たなブロードソードを取り出しながらサクラダに笑いかけた。


 ただし鼻から赤い線が伸びている。



「えぇ…。ど、どうも?」



 オリビアの鼻血に引いたのと、この状況のわけのわからなさにサクラダは首を傾げた。


 交渉しようとして話しかけたグラバーが急に攻撃をしてきた上で自滅し、何故かよくやったというふうに褒められている。


 ヤタラから異世界転生というワードを聞いた時点で予想していたことではあるが、サクラダの身体は作り替わっている。


 異様なまでに皮膚組織や筋細胞が頑丈になっており、RPG風に言うのであればVIT値がカンストしてしまっているようである。

 ATKが高くなった(きんにくがついた)わけではなかったのが残念だが、死ににくくなったというのであればまだマシなのかもしれない。



「さて、グラバー。」



 5本の火花を散らす光剣(オリビア曰く電気魔法らしい)をガトリングガンの銃口のようにグラバーに向けたヤタラ。

 青白く光を放つそれはよほどの高電圧なのだろう。

 触れるとインドぞうでも数秒で気絶してしまいそうだ。



「こちらには貴公に傷を与えられるだけの武装がまだ残っているということがお分かりいただけたのではないかな?」


「グラバーが自滅しただけっすよね…?いてっ。」



 ハッタリと言えば言いすぎだが、ヤタラたちはサクラダとグラバーが対峙している間に態勢を整え、グラバーに誇示するための『目に見えた戦力』を用意していたらしい。


 生身のサクラダが鋼のように硬いグラバーの鱗や棘に傷を与えたという事実に加え、魔素や武装がまだまだ戦えるだけ残っている3人の騎士が控えているという事実。

 実際には馬車を破壊された際に大部分の物資も失われたために余裕がないのだが、そこはハッタリで通すのである。


 これらの条件が整った今であれば、ちっぽけな人間を見下していたグラバーも交渉の土俵に立ってくれるのではないだろうか。


 表情が分かりにくい金色の眼でヤタラをギロリと睨んだグラバーは、彼女の後ろに控えるアイラ、オリビアの順に視線を巡らせた後、腰に巻いたタオルの位置を調節しているサクラダを一際強くねめつけた。



『………小癪ナル小娘。』



 軽く口を開いたグラバーはノータイムで小型の火球を形成すると、ヤタラ目掛けてそれを放った。

 馬車とマーウーを焼いた炎よりも直径は小さいが、その時の炎がオレンジだったのに対し、この炎は黄色だ。


 黄色い炎は約3500℃。

 人間の骨が焼失する温度が約1600℃であるから、人に向けて放つにはあまりにも火力が高すぎる。


 そんな黄色く熱い炎は、アイラの貼った防御障壁によって弾かれてしまった。


 曲面に沿って広がった炎の一部が空気中に掻き消え、一部が地表に生えていた水分の含まれた新鮮な草を燃やした。


 オリビアが水魔法を使って速やかにそれを消す。


 一瞬、太陽(ソルというらしい。なぜラテン語なのだろう?)のような明るい光で照らし出された草原は、再びモーントの仄暗い光によってぼんやりと照らし出された。


 高温の八つ当たりの残滓は焦げた草と土である。



「満足したか?御覧の通り、防御手段も充実してるぞ?」



 ヤタラは腕を組みながらグラバーを見据えると、ニヤリと笑った。

 憎たらしくも美しい笑顔だった。


 シュルシュルと息を吐いた赤銅の老飛竜は、口の端から捻くれる炎のような形をした真っ白な魔素を漏らした。



『………我ニ何ヲ望ム?』



 そして老人のような低い声で唸ると、交渉の席に座ったのだった。

『ぷりぷりぱいなっぷる』はこれを書きながら食べたパイナップルの缶詰が妙にプリプリしていて気味が悪かったから思いついた名前です。


ポイント評価等いただけますと非常に励みになります。

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