52.連鎖して起こる
レーカの証言の裏取りは簡単だった。
なんせ、すぐ傍の房には、当の暗殺者部隊が放り込まれているのだから。
「……左様です。我らはモンテルジュ騎士領私兵団、ロミア様の領地をお守りする者どもです。」
肩を落としながら白状したのは、私兵団の長と名乗った人物だ。
実際の所、ロミアさんの領地はモンテルジュ伯爵家の本家から与えられたものであるのだが、その面積は非常に狭い。
ゆえに、私兵団はここにいる15名そこらという少数名で全員であり、平時はそれで事足りるのだという。
ふと、ここで気付いたことがある。
「あの、ちなみになんですけど、今って皆さんが領地の外に出ちゃってるじゃないですか。つまり、ロミアさんの領地に戦力が居ないことになっちゃうと思うんですけど、もしかして……。」
「……ええ。実は、我らが今回の作戦に従っている間、がら空きになった領地の方はネヴァンの者達が代わりに守護してくれるという手はずになっているのです……。100人近く送って来るとのことで……。」
「やっぱり……。」
おそらく、私兵団が暗殺者に姿を変えて今回の件に関与することになったのは、それが理由なのだろう。
ネヴァンが私兵団の代わりとなる人材を私兵団の6倍以上も送り込んできたのは、なにも親切心のためというわけではないはずだ。
領民より多いぐらいの戦力で領民たちを差し押さえ、ロミアさんや彼らが裏切らないように仕向けるための、言ってしまえば“人質”としたのだろう。
さすがのロミアさんも、恋人のために領民を裏切ることはできなかったのだろうか。それとも、ネヴァンに従わなければ領民だけでなく自身も危険に晒される、と危惧したのだろうか?
いずれにせよ、ロミアさんは裏切った。
騎士団を、この国を裏切ったのだ。
俺だって裏切られたし、師団長だって裏切られた。無二の親友に見えたウィリアムさんですら裏切られた。
何より、彼は最愛の恋人を裏切った。
未だ、俄かには信じがたい事だが、あれだけ仲睦まじく愛し合っていた彼女を、だ。
あの2人は野営行動中に散々『行為』に及んでいた。とはいえ、まさかロミアさんが2人の関係を『身体の関係』としか見ていなかった、なんてことはないだろう。
俺自身は童貞だし、彼女が居た歴も四捨五入で0に出来るレベルだ。
だが、そんな俺にでも、双方向の愛の深さは、言動や行動の節々から感じ取れるほどだった。それこそ『身体の関係』を度外視しても、だ。
そんなジュリエッタさんが、もしもロミアさんのことを知ったら。
最愛の恋人が国を裏切ったという事、最愛の恋人が自身を殺そうとした事を知ったら。
ロミアさんが別館の地下牢に送られた本当の理由を、ジュリエッタさんはまだ知らない。
知ってしまったら、どんな行動に出るか分からないからだ。
「……本当に、残念です。彼は騎士団でも貴重なゴーレム魔法使い。彼が使えないとなると、湿地帯の整備計画にズレが生まれ、村人たちが危険に晒されますので。」
さすがのグレイス書記官もどんよりと暗い表情でそう言った。なんだか言葉に人情みがないが。
まあ、顔を見知っている程度のロミアさんに感情移入は出来ないのかもしれない。
彼女から見た彼は、『貴重な魔法を持っているくせに騎士団を裏切った腹立たしい男』でしかないのだから。
書記官は何かを振り切るように頭を振ると、その勢いのまま鍵番騎士(発言が少ないために影が薄いが、いちおう控えてくれている)の方に振り向いた。
「こうなってくると、早めにロミア・モンテルジュ卿本人と“お話”する必要が出てきますね。別館の担当者には、準備が出来次第、報告をお願いしていたんですけど……。まだ来てないですよね?」
「うおっ!? ……失礼、そうですねぇ。自分も、面会中に訪問があるかもしれないと伺っていましたが……。」
ロミアさんの面会の予定が入っていたとは初耳だ。こんな話を聞いたばかりで彼にどんな顔で会えばいいのかわからない。
いや、そもそも俺も連れてってもらえるヤツなんだろうか?
ロミアさんとは野営中も含めてずっと一緒に居たわけだし、俺が知らないだけで、俺にも何らかの嫌疑をかけられているかもしれないのだ。
まあ、昨晩の件があるので、けっこう“白い”自信はあるけども。
「まあ、色々とルーズな人達ですからねー、あそこの人たちって。うーんん、んううん。」
奇声を挙げつつ、ぐにょーん、と仰け反るように伸びをしたグレイス書記官。めちゃくちゃ柔らかいな、この人……。確か非戦闘員なはずだが、それとこれとは話が別なんだろうか。
まあ確かに、既に何時間も働きづめだ。体が固まるのもわかる。身にしみてわかる。文字通りに。
時計を見ればもう午後5時。もうすぐ駐屯地の定時なはずだが、この様子だとまだなんかやることがありそうだ。緊急とはいえ、ブラックだなぁ……。
そういやニアさんに連絡入れてないや。
昼も忙しくて軽いのしか食べられてないし、今日こそは晩飯を楽しみにしていたのだが……。
早く上がりたいなぁ、せめて休憩が欲しいなぁ、という目を書記官に向けてみる。
伝わったのか伝わっていないのかはわからないが、アイコンタクトを取ろうとしたことは通じたらしい。
グレイス書記官は片眼をバチーンと瞑ると、荷物を片付け始めた。
「さて、私達はそろそろ切り上げましょうか。次番の方に伝えといてください。『もしも今後、別館の担当がこちらにいらっしゃったら、私の執務し」
「書記官!! こちらにおられますか!?」
と、こちらが帰ろうとしていたグッドタイミングである。
すっかり顔馴染になってしまったヴェルフェスタ卿が、血相を変えて地下牢に飛び込んできたのである。
彼は通路と階段を区切る格子の前で立ち止まると、慌てて房から飛び出した鍵番騎士に敬礼を向けた。
「っと、失礼。防衛兵団のヴェルフェスタだ。通していただくが、宜しいな。」
「え、ええ。」
開いてるんだから入りゃいいのに。律儀な人である。
「ご苦労様ですー。ヴェルフェスタ卿がお使いにいらっしゃるとは聞いていませんでしたが、別館の方でも何か問題が?」
やはり見事な敬礼とそれにそぐわぬふにゃふにゃした挨拶を掛けつつ、グレイス書記官が対応する。
このタイミングで来たのだから、やはり面会の件なのだろう。
しかし、どうも様子が変である。
ヴェルフェスタ卿は時間管理に厳しい防衛兵長陣営に属しているので、ルーズすぎる別館職員たちにブチ切れているのだろうか。
いや、とてもそれどころではなさそうだ。
「問題などという問題ではないのです! 脱走です!! 地下牢に囚われていたモンテルジュが居なくなっているのです!!」
「はいぃ!?」
ぶったまげて叫ぶグレイス書記官。この人、こんな大声出せたんだな……。
「って、脱走すか!?」
同じ位デカい声出たわ。
聞き間違いでなければ、ロミアさんが牢屋から居なくなっている、というように聞こえた。
それはつまり、ロミアさんが牢屋から居なくなっているということで、言い換えればロミアさんが牢屋から……
……?
「って、脱走すか!?」
「なぜ二度も……? それはさておき、クラーダ卿もおられたか。ご苦労様です。」
「あ、はい。お疲れ様です、ヴェルフェスタ卿。」
こんなん混乱するなという方が無理だ。
ロミアさんが殺しの計画に関わっていた可能性が高い、というだけでも驚いたのに、あの地下牢から脱獄したというのである。
これは、殆ど自分の罪を認めたと見るべきではないか。
証言もしていないのに、尋問が来る前に逃げ出すということは、尋問を受けられないからだ。
尋問を受けられないのは後ろ暗いところがあるからであり、その後ろ暗さというのはおそらく……である。
「って、脱走ですか!?」
「まだやるんですか、この流れ……。遊んでいる場合ではないのですがね。」
今のは俺のじゃなくてグレイス書記官だ。悪乗りやめてください。
所謂『てへぺろ』的な謝罪を済ませた彼女は、神妙な顔で口元を指で覆った。
「いや、脱走……、あまり考えられなくて。だって、あの牢でしょう? 古いように見えてかなりしっかりしてますし、構造上、魔法攻撃には耐性を持たせているはず。」
聞けば、別館の地下牢は外周都市の刑務所の牢屋ぐらい頑丈に作ってあるらしく、脱獄を防ぐために物理衝撃や魔法による概念攻撃に対する強度を持たせているのだそうだ。
俺の知っているロミアさんはそれほど攻撃魔法の威力に秀でていないし、そもそも使える魔素の量が少ないので、出力も低いはずだ。彼にはとても壁を壊せそうにない。
彼お得意のゴーレム魔法を利用すれば何かうまいことできるのかもしれないが、それにしたって対策されていないとは思えない。
それに、である。
「何より、監視もあるじゃないですか。いくら“パッパラパア”のあの人たちだって、罪人の監視ぐらいはちゃんとするでしょう?」
そう。書記官の代弁してくれた通り、別館には何人もの騎士が詰めている。文官らしき人もいたが、脱走者が出た際に対応する腕の立つ戦闘員もちゃんと配置されているのだ。
ヴェルフェスタ卿はパクパクと深呼吸すると、暗い瞳を上げた。
「……壊滅です。」
「壊……今、なんて?」
信じがたい言葉が聞こえた気がする。
「別館に詰めていた41名のうち、38名分の遺体が発見されています。何れの死因も同様の刃物による切創です。遺体が発見されていない者のうち、2名は湿地帯方面に逃げた痕跡が。おそらくは沼に捕まってしまったのでしょうな……。」
「そ、そんな……。」
書記官が絞り出すような声で言った。
「発見されていない1名はグーテナハト卿、別館の管理責任者です。……これは個人的な意見ですが、奴は文官のくせに剣の腕が立ちますからね。あの惨状を作り出したのは奴なのではと思うのです。モンテルジュの脱走を手助けしたのでは、と。」
グーテナハト卿と言われてもパッと顔が浮かんでこないが、たぶんあの中性的なエルフのことだろう。言い方が悪いが、裏切りそうな雰囲気あったもんなぁ。
「つまり彼もネヴァンとグルだった、と。何か、証拠があったのですか?」
「奴の机に3重底が見つかったのです。2段目にはカモフラージュするように高価な宝石類が、本命の3段目に、その、ネヴァンの印章やら指令書やらが入っていたのです。」
「そう、でしたか……。」
ほぼ真っ黒である。ヴェルフェスタ卿の推測にも無理はない。
「現地には既に兵長閣下がご到着しています。本題ですが、閣下より伝言です。グレイス書記官にご協力を願いたい、と。また、可能であればクラーダ卿もお連れしてほしいとのことですが……。」
そう言って、ヴェルフェスタ卿は俺たちの顔を伺った。
こういう状況に慣れている書記官はともかく、俺は酷い顔をしていると思うが、どうだろうか。
やはり、ヴェルフェスタ卿の瞳に映った俺は青い顔色をしている。いや、ヴェルフェスタ卿の瞳の色が青いだけか。
顔色はともかく、表情が明らかにビビっている。
ヴェルフェスタ卿は困ったように微笑むと、俺の両肩に手を置いた。
「……荒療治かもしれませんが、現場に慣れる良い機会だと思うようになさい。l騎士という仕事柄、いずれ慣れなければやっていけませんからね。」
慰めてくれるとかじゃないんだ。我慢しろってんだ。
どうやら、言葉とは裏腹に拒否権は無いらしい。
「兵長は『6時半ごろまでにいらっしゃっていただけると幸いです』、というふうに仰っておりました。あまり余裕はありませんが、少しでも休憩なさるとよろしいでしょう。クラーダ卿だけではありません。書記官殿もずいぶんとお疲れのご様子ですから。」
「あら、そうでしょうか。」
まるで『自覚がない』と言いたげに肩を竦めた書記官は、自分の頬をむにむにと揉み解した。
そして、捲れかけている激ミニスカートを今更のように直すと、房の出口へと歩き始めた。
「クラーダくん。せっかくですし休憩がてら、一緒にご飯、どうですか?」
「い、いやあ……。」
多分、今食べたら後で吐くことになっちゃう。
会社人的には付き合いというものもあるのだろうが、会社人じゃなくて騎士だから許されると信じたいところだ。
「ま、まあ別に良いですけどね。別に、1人でおいしいもの食べてきますけどね。」
ちょっと寂しそうな背中には申し訳ないが、食事はまた別の機会ということに。
というわけで、6時までは休憩時間ということになった。
正直、空腹以上に眠くてたまらない。仮眠をとるためにいったん帰ることにした。
「そうですか……、今日も遅くなられるのですね……。」
「本ッ当に申し訳ないです。」
そして、屋敷ではニアさんが、よりにもよって来客があるのかと思うぐらい豪勢な食事を作って待っていた。
食事が出来ないのだと(機密に関わらない程度に)事情を説明したらすんなりと納得してくれたが、しょんぼりと料理に覆いを掛けていくその姿に、心が痛くてたまらなかった。
帰ってきてから、必ず、いただきます。
2022/9/8
現在、古い話のレイアウト調整中です。それに伴ってちょっと表現をいじったり誤字を直したりしています。
節穴なので、たぶんまだ誤字を見逃していると思います。




