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46.敵襲2

 足音もなく現れたロングコート仮面。相手の素性が不明なため、とりあえず外見的特徴を仮の呼称としておこう。我ながらなんとも安直だ。


 彼もしくは彼女はひらりとコートの裾を翻すと、読めない足捌きで俺から5mほど離れた距離に飛び退った。すげえ、ニンジャみたい。感心してる場合ではないんだけども。


 とりあえず意味があるかは分からないが、屋敷を背に庇うようにして剣を構える。さっきのようなスピードですり抜けられたらこんなことをしたところで止めようがないだろうが、何もしないよりはマシだと思いたいものだ。



「妙な構えだ、この国の騎士の剣術ではないように見える。我流かな、それとも見様見真似の猿真似かな。」



 いつの間にか折れた刃を回収し終えていたロングコート仮面は、ニヤけた声でそう言ってきた。顔を覆うペストマスクとカラスの頭蓋骨の中間のような仮面の下の表情を容易に想像できそうな声だった。もうニマニマよ。


 声といえば、このロングコート仮面の性別は、外見からだけでなくて声からも判別がし難い。中性的というわけではなく、ただひたすら認識できないのだ。


 師団長との一件を通して、“認識を欺く魔法”が俺には効果が無いと分かっている。だが、それを踏まえた上でもこいつの声はどうも掴み所がなさすぎる。印象としては、自分の素性を紛らわすためにわざと変な声を作っている、といったところか。音とは空気の振動なので、その振動自体を狂わしてるのかもしれん。知らんけど。



「うーん、隙だらけだ。隙だらけだが、その隙は余裕にも見える。先ほども、アンタは私の一撃を完全に防いでいたね。かと言って、こちらの動きに身体が反応しているようにも見えなかった。」



 ベラベラと独り言を垂れ流すロングコート仮面は、恐らくこちらが見せつけている隙と同じくらいか、ともすればそれ以上に隙を見せつけ始めた。つまり、折れたナイフの刃と柄の部分を、まるで元通りにくっ付けようとでもしているかの如く合わせたのだ。


 こちらからすれば、急に手遊びでも始めたかのようにしか見えない。舐めとんのかワレェ、とでも言ってやりたいところだ。なんせ、破損した武器片どうしを元通りの位置に戻したところで、破損する前の状態に戻るわけではないのだから。魔法でも使えない限りは。


 ……いや、魔法、使えてもおかしくないんだった。


 ぽきんと折れた、というか俺が折った相手の獲物は、まるで時間を巻き戻したかのように元の状態に戻っていたのだ。



「クックック……。聞けば、この島では霊結晶が尽きて久しいのだったか。それなら、アンタがそれほどまでに驚くのにも無理はない。冥途の土産に教えてあげよう、霊結晶は固体の強度を増す物質なのさ。」



 うわ、ドヤ顔(ドヤ声?)腹立つ。


 ロングコート仮面はドヤ声でそう言って、元より()()()()()()()()かのように見えるナイフを掲げた。かと思うと、それをドロリと溶かした。そう、折れたナイフが直ったかと思いきや、今度は溶け始めたのである。なんで直したんだよ。手品か?


 溶けて液状化した刀身は金属光沢を放つでもなく、ただ無色透明に透き通って揺蕩うばかりだった。


 もしかしたら、魔法という概念があるこの世界には、俺の知っているそれにそっくりな別の物質が存在しているのかもしれない。だが、俺の知っている限りでは、刀身を形作っていた透明な液体の正体が、いわゆる“水”のように思えたのだった。


 水のように溶けた刀身は、かと言ってそのまま地面にぶちまけられるわけでもなく、直ちに意志を持ったかのように別の形を作り出した。サバイバルナイフじみた厚みの刃はより薄く伸び、押し出された厚み分の体積はそのまま刀身の長さへと変わった。


 短く頑丈そうなナイフは、いつしか、薄くて長い脇差のような姿に変わっていた。



「これから殺す相手に名乗るという道理はないのかもしれないが、敢えて名乗っておくとしようか。我が名はレーカ。最早、呼ぶ者もあまり居ない名だ。それとも、用心棒の『ヤタ』と名乗ればいいのかな。」


「ヤタ……?」



 ヤタ。それも用心棒。つい最近、聞いたような名前である。


 もしやこいつは、つい最近話題に上がっていた『なんとか』という犯罪組織の用心棒、ヤタなのではあるまいか。俺に訴えかけてきた亡霊、オーカ卿の仇とでも呼ぶべき相手その人なのではないか。……なんつったっけ、あの組織な。



「えーと、えーと、ああ! 思い出した、ウヴァン・ファミリア!!」


「……下品なワタリガラス(ネヴァン)のことを言っているのかね?」


「そうそう、それそれ!」



 王都周辺で何かと悪さをしているらしいネヴァンファミリア。ヤタラさんちに遊びに行った日の人攫いたちの元締めかもしれないネヴェンファミリアとかいう犯罪者集団だ。


 ……あれ? ェだっけ、ァだっけ。もうわからなくなった。わっしょいそいやっさ。



「ッ!! ほう、かかって来るのかね!! ……ヒョロい割には勇敢だな、魔法の出も随分と早い。」



 不意打ちのつもりで撃った炎弾はまあ、当然のように弾かれた。先ほどの氷のような剣によって、だ。ノーモーションのつもりではあったけど、プロの殺し屋にとってみればスローモーションかストップモーションだったのだろうか。ちょっとショック。


 とはいえ、睨んだ通りではあった。


 属性ゲーの常だ。炎と氷なら炎の方に分がある。こちらの炎魔法を弾いた相手の剣は溶解し、恐らく一瞬で100度を超したその着弾点は溶けた刀身を蒸発させた。


 ……さすがに殺す気ではなかったが、当たり所次第ではワンチャン相手を、人間を殺してしまっていたかもしれない。我が事ながら、倫理観があぶなくなりつつある。過ぎたる力が一般人を暴走させるのは転生モノあるあるらしいぞ。


 さておき、相手の武装を解除することに成功した。さっきわざわざ折れた刃先を再利用していた所を見るに、こいつの武器はよくわからん物質を溶かした水とかで、その『よくわからん物質』が無い限りはそれほど脅威にならなさそうだ。溶媒を分散させたし、無効化できたと思いたいが……。


 まあ、そんなに甘くはないよね、と。



「では、今度はこちらの番だ。覚悟は宜しかろうね。」



 熱で歪んだ柄をその辺に放り捨て、レーカと名乗ったロングコート仮面はコートの袖を振った。遠心力によってコートの皺が伸び、一瞬、萌え袖になった。微塵も萌え要素はないけど。


 萌え袖が再び元に戻った時、奴の両手ににはそれぞれ剣の柄が握られていた。 コートの袖は1次元上のポッケになってるんだろうか。だみ声でグッズの名称を読み上げてほしいものだ。


 さて、奴が両手をクロスするように、両手の柄を交互の袖へと突っ込むと、なんということでしょう。さっき蒸発させたばかりの剣よりもさらに長い刀身がズルリと現れたではないか。ズルリっつうか普通にズルイ。



「隙あり、だ。先に不意を打ったのはそちらなのだし、()()()に反するとは口が裂けても言えまいよ。」



 奴の姿がかき消える。次に目に映ったのは、鋭く尖った切っ先だった。刹那遅れて頭上から声を投げかけられたことに気付く。反射的に両目を閉じる。


 両瞼をタオルか何かで押されるような感覚と共に、浮遊感を感じる。一瞬の浮遊感の後、干してある羽毛布団に突っ込んだようなふわっとした感触に包まれる。何か硬質で厚いものが破壊されるような音が聞こえたが、たぶんそれは感触と同時に脳へと到達したものだったのだろう。



「ぐえ、重い……。」



 どうやら、一瞬で距離を詰めてきた暗殺者によって吹っ飛ばされ、そのまま近くの石壁に突っ込んでしまったらしかった。すなわち、上半身が腰まで壁に突き刺さってしまったということであり、体の表裏が逆になった壁尻シチュエーションという状態である。ギャグかよ。


 弱ったことに、崩れた壁の一部が良い感じに隙間を埋めて固定してしまったため、壁から上体を引っこ抜くことが出来ない。しかも、足が地面に着かない感じで囚われてしまったので、かなり腰に悪い感じだ。痛い。久しぶりに痛い。


 泣きっ面に蜂とでも言うべきか、石壁の向こう側、つまり上半身のある側には1軒の民家があり、広々とした庭を泳ぐ魚と目が合った。弁償案件だ。騎士団から経費が下りると良いのだが……。



「なんと、目ん玉までもが硬いとは……。ケツの穴からでも突っ込んでやるしかないのかね。」



 レーカは既に壁の向こう側、すなわち下半身が取り残されている側に迫ってきているらしい。言ってることが不穏だ。不穏すぎる。止めてくれ、内視鏡も通したことがないんだ。



「しゃあないよなぁ……。」



 寝静まった人々が飛び起きるような破砕音が轟く。いや、岩壁に突っ込んだ時点で音は出てるか。弁償費用が増えることになるだろうが、背に腹というか直腸は代えられない。何かされる前に炎弾で石壁をぶっ壊し、なんとか拘束を逃れることに成功したのだった。


 あわよくばショットガン的に飛散した石の欠片で敵がダメージを受けないかと期待したのだが、奴は既に射程圏外へと逃れ得た後だった。これも当たり所次第ではワンチャン相手が死んでしまう案件だ。だからもっと慎重に動けって、俺。倫理云々を差し引いても、こいつを殺すよりも生け捕りにした方が得なのだから。



「おおっと、危ない危ない。そちらがいかに頑丈でも、こちらはただの人間なのでね。クク、しかし、晶粉も安くはないのだ、早くくたばってほしいのだがなぁ。」



 再び武器が壊れたのだろう。レーカはぶつくさとぼやきながらも、再び袖に手を突っ込んで刀身を引き抜いた。



「……騎士の象徴はその幅広剣だと聞いたが、アンタは使わないんだな。故郷の連中もそうだったが、衛士というのはどうして剣を命とするのやら。それとも、自身が無いのかな?」


「え、いや、剣を使わなくても何とかなりそうだし……。まあ確かに、身分証みたいなもんだから壊したくないってのもあるけど。」



 自身の得意分野に引き摺り込もうとこちらを煽って来るレーカに煽り返す。今の所はエビ反りで痛めた腰ぐらいしかダメージを負っていないし、ポンポンと沸いてくる相手の武器も無限というわけではないようだ。この調子であれば、事態が動くまで耐久することが出来るだろう。


 とはいえ、こちとら公務員だ。市民の皆様にこれ以上のゴメーワクをお掛けするわけにもいくまい。ケリを付けるのは早ければ早いだけ良いだろう。


 さて、どうしたものか。


 相手の攻撃がこちらに効いていないのは事実だが、そもそもこちらの攻撃は相手に当たってすらいないのだ。ほれ見ろ、鼻歌交じりに剣でジャグリングしてやがる。余裕かよ。そのまましくじって自分の指を切り落としてしまえ。

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