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45.敵襲1

「てき、てきしゅ、て、敵襲!! 敵襲だああああ!!」



 正面玄関口の方から叫び声が上がる。噛みまくりのそれに続けて幾つもの足音が屋敷の周囲を取り囲む。



「第一の布陣です、総員所定の位置に!」



 他の使用人たちに指示を飛ばしたのはジュリエッタさんちの執事長。彼はそのフレーズが気に入ったのか、待機時間中に『総員所定の位置に』という言葉を何度も練習していた。たぶん、これが終わったら日常的に使うんだろうなぁ。


 さて、ここで彼の言う『第一の布陣』とは、暗殺者たちが攻め込んでくる際の陣形を予想したパターンのうち1つだ。第一番を振られているだけあって、いちばん可能性が高そうだと予想されていた配置である。


 ひとまずはシオウポン氏が持ち合わせていた即席防御魔法陣とやら(バリケード)で屋敷の周囲に防壁を張っている。あまり頑丈なものではないらしいので、それが破壊されるまではこちらが態勢を整える時間である。



「えっ、えっと、わたしはどうしたらいいんだったかしら…。お鍋でも被ってればいいのかしら?」



 ジュリエッタさんがわたわたとしているが、彼女はできれば何もしないでいてほしい。シオウポン氏の背後でじっとしていれば“万が一”ということが起こりえないだろうから。



「では諸君、手はず通りに。戦闘の心得が有る者は、自身を守ることだけに専念すること。間違っても、攻めに深入りするでないぞ。そして非戦闘員は儂の周囲に固まっておるように。間違っても、自分の身と引き換えに…なんぞと勘違いした行動を取らないこと。クラーダ卿は…その…。」



 勇ましく人々に発破をかけたシオウポン氏は、最後に俺の方を見ると、顔を赤らめて口をもにょもにょさせた。


 なんでこのタイミングで照れてんだよ。脱がせたのはそっちだろうに。いらぬ誤解が深まるからやめてほしい。


 さっき呪いの痣を確認された際、シオウポン氏=ラルポン師団長には色々と見られてしまったわけだ。あれ以来、向こうさんの態度がこんな感じになってしまったのである。百戦錬磨の第4師団長なだけに、男の方も百戦錬磨だろうと勝手に思っていたのだが…。


 一方、こっちもこっちで恥じらう美女に凝視された上にいじくり回されたもんだから()()()()()しまっても仕方あるまいて。羞恥プレイって言葉があるぐらいなんだぞ。


 そして、それが師団長の恥じらいを加速させ、その恥じらいがこちらの恥じらいも加速させ……、という謎スパイラルが起こっていたのだ。うーん、今後の騎士人生が気まずい。先方の実年齢? 知るかボケナス。


 まあ、今に限ってはそんなことを気にしている場合でもない。何も気づいていないようなアホ面で返事をしておくことにした。



「俺は外に出て迎撃ってことでいいんでよね。」


「でよね…?」



 普通に噛んだし誰かに揚げ足取られたわ。


 周囲を見渡して犯人捜しをすると、いつか見た白エルフのメイドさんが眠そうな目を泳がせていた。あの人は結局、どこの家のメイドさんなんだ。ニアさんがなにかとお世話になってるらしいけど。




 ▽ ▽ ▽




 キャプレット侯爵家とモンテルジュ伯爵家の執事の中には、何人か領地の自警団出身者や騎士学校卒業生・中途退学生が在籍しているらしい。つまり、騎士ほどではないにせよ常人以上の戦闘力を有する者がいるということだ。


 ふと思ったんだけど、執事を英語でバトラーっていうぐらいだし、戦闘ぐらいこなせないとご主人様を守れないのかもしれない。まあバトラー(butler)はbuttleであってbattleではないんだけれども。適当抜かしただけだ。


 屋敷の外に出てみると、そんな『腕に自信ニキ』たちが10名ほど、既に正面玄関に集まっていた。彼らは既に武器を抜いており、遠征中にすっかり見慣れてしまったクソダサ仮面の暗殺者たちと睨み合っていた。


 暗殺者たちはご丁寧にも正面玄関からご来訪なさるつもりらしい。さっき屋敷の周りを取り囲んでいたのはなんだったんだ。庭のしつらえでも見てたんか?


 できればお引き取り願いたいところだが、彼らの手に握られた弓と火矢がご用件をお伝えしやがってくるので勘弁してほしい。


 ちなみにこの火矢というやつ。ファンタジーじみたこの世界でよく見る割には、火器であるだけに取り扱いが難しいらしい。風を上手く読まないと矢を射た勢いで火が消えかねないし、誤って自分が火傷したり弓の弦を焼き切っちゃったりするらしく、発射の際には注意しなければならないのだそうだ。


 どう考えても後衛の安全圏から落ち着いた状態で使うべき武装なのに、なぜ彼らは皆してそれをチョイスしてしまったのだろうか。そもそも、せっかく魔法のある世界なのに、よりにもよってそんなアナログな手法を…。


 ともかく、ざっと見える範囲で火矢の数を確認する。彼らが遠征中から大幅増員したりしていなければ、ここで揺らめく15の炎でちょうど全てだろうか。


 こちとら『火遊びは危ないからやめなさい』とママに言い聞かされて育ったもので、それらを片っ端から水魔法の弾で消火していく。フリックエイムが得意で良かったと感じる瞬間だ。まあ、弾の当たり判定がバレーボールぐらいあるってことの方が理由としてはデカいんだけど。



「…!?」



 この手の曲芸は遠征中の襲撃の際にも見せたはずなのに、暗殺者たちの間には動揺が走っているらしい。それこそ2の矢も継げないほどに。なんでやねん。



「じ、次弾装填!」



 そして信じ難いことだが、彼らのボスの選択は遅れた2の矢、新たな火矢を用意させることだった。あまりにも悠長、いくらなんでも段取りが悪すぎる。


 これにはバトラーたちも拍子抜けである。しかし、戦闘知識がある分か、守るべき者が後ろにいるからか、彼らの判断の方がよっぽど単純明快だった。



「今だ、突撃!!」



 指示を出したのはやはりジュリエッタさんちの執事長。隙があれば攻め込む、攻撃の基本であるけども。


いや、確かに相手が隙だらけなのが悪いんだけど、さっき謎のエルフお兄さんに頂いたばかりの忠告は何処に行ったんだ。


 悪く言えば曖昧な、良く言えばフレキシブルな陣形を組んで暗殺者たちの襲撃に備えていた執事たちは、一転してその陣形を崩壊させた。各々がめいめいに直近の暗殺者の下へと走っていき、拳やら武器やらを叩きこんでいる。血の気がありすぎる……。


 暗殺者たちも慌ててそれに応戦している。火矢をほっぽり出し、室内戦用に準備していたであろうお揃いの剣を抜いて執事たちを迎え撃っている。


ところで騎士団で多少の勉強をしたから分かるようになったのだが、先手を取った執事軍の剣技はまるで貴族の剣舞、不意を打たれた暗殺者軍の反撃もまた剣舞だ。これでは部活動の打ち合い稽古である。


 嗚呼、シオウポン氏から生け捕りにするようにと言われているのに…。今の所は両者が拮抗しているためにどちらからも死人は出ていないが、この調子だといずれは誰かが死んでしまうかもしれない。


 というか、俺はいつまでボーッと突っ立ってるつもりなのか。とっとと指示を遂行しなければ。


 それにはひとまず執事たちを落ち着けなければならない。



「執事の皆さん、ちょっと下がってください! プラン通りに行きます!」


「はっ、そうでした…! 申し訳ございません、クラーダ卿!!」



 頭に血を上らせて真っ先に相手の先陣を殴り殺しに行った執事長だが、こちらの声を聞く余地が残っていたようで何よりだ。既に目を回して頬を腫らしている暗殺者の1人を地べたに放り出した彼は、苦戦していた若い執事の助けに向かっていった。


 いや、違うんよ。こっちが求めてるのはそういうことじゃないんよ。何が分かったんだよ。



「あのう…、皆さん。誤射したらアレなんで、下がってもらえると…。駄目だ、だーれも聞いちゃない。」



 戦いは人を昂らせ、昂った人はさらなる闘争を求める。そのうち新作が出る。何のだよ。


 ともかく、こうなってしまっては作戦通りに事を進めることができやしない。作戦、すなわち執事たちが自身の身を守りながら敵を誘導し、そこを俺が一網打尽にするという陽動作戦的なアレを行う予定だったのだが…。


 仕方ないので、敵暗殺者だけを各個狙撃していかざるをえない。これはゲームではないし、FPSだったとしてもFF(フレンドリーファイア)があるタイプなんだから、誤射は免れないといけない。そうは言っても、当の味方が作戦を忘れてめいめいに暴れているせいで動きが読めず、なかなかに骨が折れる作業である。さらにその状況で生け捕りとなると……。



「えー…。ワンダウン、ツーダウン、スリーダウ…あっぶね。」



 とは言ってみたもの、ヘイトが分散している分、一方的に狙い撃ちすることが出来るところだけは楽でいい。パーティを組めるタイプのMMO的な作業感が否めないが、これもbot撃ちだと考えればいい経験だ。的も操作キャラもどっちも生身だけど。


 ふくらはぎ辺りに俺の必殺『不可視のこむら返り弾』を受けた暗殺者たちは、『水を飲まずに寝た時に足がビーンと痛くなるアレ』によく似た痛みに悶絶しつつ、1人、また1人と倒れていった。


 それにしても、魔法というものはどうしてここまで簡単に狙いを定めることが出来るのだろうか。


 俺もFPSにおいては『エイムに自信ニキ』に分類される人間だ。自慢だけど。とはいえ、それはあくまでも3D然した2Dゲーム画面の中での話でしかないのだ。


 しかし、これはゲームではない。画面の中には存在しえない、本当の意味での奥行や簡易化された演算処理ではない空気抵抗、そして、その他予想もできないような外的要因すらも存在しているものがこの現実であるべきはずなのだ。


 何が言いたいのかというと、『FPSのプロゲーマーだからと言って、撃ったことのない実銃のエイムまで良いはずはないよね』って話である。これに限っては俺の実力を差し引いた後に残るであろう、何らか他の要因が介在しているような気がしなくもない。乗馬や剣術の際に感じたように、何かの法則によって支えられているのかも…。


 なんぞと考えながら暗殺者たちを撃ち抜いていると、気付けば的は残り1つとなっていた。敵の人数が減るにつれて執事たちにも落ち着きが戻ってきたらしく、こちらのことを化物でも見るかのような目が増えてきた。いや、なんでだよ。


 とにかく敵は最後の1人である。既に戦意を焼失しているらしいその男は、じりじりと壁のように詰め寄って来る執事たちに気圧されながら、なおも不敵に笑った。



「そ、想定よりは随分と早かったが、時間稼ぎは済んだ。……居るのだろう、ヤタ殿? ここからは貴公の仕事だ。」



 男は何処か明後日の方向へと声を張り上げると、その場に足を止めた。観念したという風には見えないが。


 そんな男との距離を慎重に詰めつつあった執事たちも、その様子に警戒して足を止めた。


 執事たちを代表し、執事長が縄を持って男の方へと歩みを一歩進めながら口を開いた。



「……? 何を言っているのかは知らんが、さっさと観念したまえ。殺しはしないが、お嬢様の命を脅かした罪は重……」



 あっ、今気づいたけどフラグだこれ。なんかボス級の奴が出てくる感じか。


 急に糸が切れたように倒れる執事長。突然意識を失った司令塔に、動揺が走る周囲。


 そして、彼らもすぐに倒れ伏すこととなったのであった。


 えっ、マジ? 死んでないよね……?



「な、何が……いてっ。」



 思わず無警戒に近寄って彼らの息を確かめようとした所、首の後頭部寄りの辺りにコツンという衝撃が走った。いつも通り条件反射的な『痛い』が出てしまったが、軽く丸めた紙くずを投げつけられた程度の衝撃だったので実際に痛かったわけではない。



「おやおや……。アンタ、やり手じゃあないか。確実に当てたと思ったんだが、一体どういう絡繰りで凌いだのかな?」



 思わず右手で首筋を撫で、その手のひらを見つめていると、その気配を悟る間もなく何者かが俺の目の前に立っていた。相手が何者なのかを認識するよりも前に、そいつは銀色の光を俺の首元目掛けて振るってきたのだった。



「えっ、びっくりしたぁ……。」


「そりゃあ、こっちのセリフだよ。なんで、霊結晶入りの刃が折れるんだい……。」



 まあ、効かなかったんだけどね。


 首元に飛んできた銀色の光、ナイフは俺の首に当たって真っ二つに折れると、借屋敷の生垣の中へとすっ飛んでいった。


 悠長にそれを拾いに向かった下手人は、含み笑いしながらそのやたら気取った長いコートを夜風になびかせたのだった。

3カ月ぶりらしいです。

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