43.ラルポンの息子(?)
妙に聞き覚えのあるような声の導きに従ってドアを開く。
「うわっ、びっくりした。」
「こっちのセリフじゃい、年寄りの腰を抜かす気かよ。妙なタイミングで入ってきおって…。」
開いたドアの前には、なんというか威圧感のある格好の人物が立っていた。
話に聞いた通りの暗色のフード付きローブはゆったりと体型を隠しており、白い陶器の仮面は偽りの表情で顔つきを隠している。外見に関しては、若干仮面の下に見える肌が暗褐色であるということぐらいしかその人物の素性を知る手掛かりとなり得そうもない。
声は…うーん。執事の人の言葉では『歪んでいる』という話だったし、歪んでいるといえば歪んでいるように聞こえるけど……。
でも、こんな感じの地声の人が知り合いに1人居るんだよなぁ…。
さて、そんな怪しげな人物。
どうやら彼?彼女?は、俺が困惑して中々部屋に入ろうとしないのを待ちかねて、扉を開けてくれようとしていたらしい。しかしちょうどこちらがドアノブを押したタイミングでドアの前に立っていたものだから、至近距離で顔を合わせることとなってしまったのだった。
とりあえず謝罪しておこう。
「すいません、師団長。」
「はて、師団長? よくわからんが、ひとまずは部屋の中に入ってくだされ、クラーダ卿。」
これはどうなんだろう、黒だろうか。
なんとなく声色とか背格好とかからカマを掛けてみたのだが、どちらともとれる反応である。おそらく本人なんじゃないかとは思うんだけど、間違ってたらアレなので、ひとまずは保留しておこう。
持ち掛けられる話題も話題だろうし、立ち話もしづらいということなので、一旦席に着かせてもらうことにした。
「ふう、よっこいせっと。お忙しい所に呼びたててしもうて、申し訳なかったですのう。それで、師団長からの手紙は確認してもらえましたかいの? 内容が理解できたようなら、認識のすり合わせのために覚えている範囲で復唱してみてくださらんか。」
「あ、はい。」
この人物の正体の詮索はさておき、少なからずこの人物は『自身がラルポン師団長ではない』という体で話を進めてほしいらしい。意図はよくわからんけど何かそうせざるを得ない深い事情があると見て、それに乗ることにした。
「まずはネヴァンファミリア? ですっけ。その人らがヤタラ師団長たちを襲いに行くかもしれない、と書いてあったっす。あの、今んところ因果関係が分かってないんすけど、なんでなんすかね?」
「厳密には、ネヴァンが襲うのは第3師団長隊が任務を行っている“集落”じゃけどな。あと、『なんで』というのは、『何故、ネヴァンの者達が第3師団のお3方を落としに行くのか』、ということじゃろうか。ふーむ…。」
ここで“師団長の使者”氏は顎に手を当てた。この動作にも物凄く見覚えがあるのだが、それを言ったら無粋だろう。ところで、さっきのタイミングで名乗ってもらえば良かったなぁと今更ながらに後悔している。“師団長の使者”というのは呼びにくくて仕方がない。
「まあ、別嬪さんぞろいですからのう、男ならば軟派せずにはいられんじゃろうて。かくいうクラーダ卿の意中の娘もあの中におるんじゃなかろうか。フォーサイス卿なんぞは器量もスタイルもよいし、お前さんと仲良くしておると聞いておりますが。あと、いい脚しとるし。」
「…。」
暫くして返された答えに思わず沈黙してしまう。
なんかわからんけどはぐらかされたようだ。
さすがにナンパ目的で傭兵団が動くなんて話は冗談だろうと思うので、実態はあまり広めることの出来ないタイプの機密案件と見た。もしくは、この辺りで任務を行っている者には隔地にいる彼女らの事情をどうこうすることもできないのだから、余計な情報を与えて混乱させるのは避けようという配慮なのだろうか。
ついでに、へんなタイミングで黙ってしまったせいでジョークの後半に照れてるみたいに取られてないかが心配だ。いやまあ、たしかにオリビアさんはタイプだったりするけど。あの美脚は1つの世界だ。
…という話はどうでもいいとして。
「次に、ロミアさんの行動について警戒しろ、ということでしたっけ。ネヴァンと組んで国家転覆を企んでいるのがジュリエッタさんのご実家じゃなくてロミアさんの方だったから、という話でしたけれども。これに関してはちょっとゴセツメイしときたいことがありまして…。」
「ああ、遅刻して懲罰房にぶち込まれとる、という話ですかな。それに関しては、ヤズカチクキアルフニクス長官からもう報告を受け取ったよ。……ラルポン師団長が、ですがのう。」
「あ、なるほど。」
最後の言葉だけ語気を強めた師団長の使者。この様子であれば、ロミアさんが懲罰房の看守係の職員さんたちに甘やかされていたことも聞き及んでいるのだろう。そういうことならばそれにはあえて触れるまい。
「…以上でしたかな? もう1つ、あったように思うんじゃがのう。」
「あー…エクスカリバーへの挑戦の件っすね。素人の意見ですみません。あれって意味あるんですか?」
「無意味なことをこの儂が、ああいや失敬。えー、師団長の指示が無意味なものだとでも?」
今のを誤魔化すことができると思ったんだとすれば、この使者さんもなかなかにキュートな性格とルーズなお口をお持ちということで。
揚げ足取りはそこそこに。手紙の項は先ほどグレイス書記官に指示された内容とまるまる同じであった。すなわち、リアクションに何らかの変化が起こるまではエクスカリバーの試練に挑戦してみるべし、ということだ。エクスカリバーからしてみても、無駄に魔力を消費して俺に嫌がらせをし続けることはできないので、近いうちに答えを出さざるを得ないだろうという話だ。
ともかく、これら3つが師団長からの手紙に記されていた内容である。さすがにさっき確認したばかりなので誤認はないと思うが。
「ふむ。細かい所が省略されておったが、読み違えてはないようじゃ。結構、結構。では、本題に移らせてもらおうかの。」
どうやら使者さんもこちらの認識に及第点を出されたらしい。彼女(?)は徐に椅子を立つと、これまた徐にマントを脱ぎ始めた。
いや、結局脱ぐんかーい!!
気を遣って気付いてないフリをしていたのがアホらしい。そりゃまあ、変装の時点でだいぶん怪しいとは思ってたし、あれだけ杜撰な会話内容だったのだ。気付くなという方が無理だろう。
使者が頭の後ろに両手をやり、白い陶器のマスクを留めていた紐を解く。
どうやら師団長の使者を名乗ったこの人物は、ラルポン師団長ご本人が変装して………
………あれ?
「初めまして、クラーダ卿。儂はシオウポン。ラルポン師団長の息子じゃ。」
「ダウト!」
鋭い双眸をさらに細めて目礼した女性の素顔がマスクの下から現れる。その肌は浅黒く、それでいて瑞々しい。人形のように美しく整った顔と長く尖った耳は、彼女の種族であるエルフの特徴だ。顔つきはうちのメイドさんにどこか似ているが、それも血縁関係を考えれば当然の事だろう。師団長の血が入っているのなら。
そんな“師団長の息子”を名乗った人物をあえて女性として扱っているのは、男装していようともその体つきが隠しようもなく女性的だからである。胸のことじゃないよ。胸もすごいけど、輪郭の丸みや腰のくびれが男性のそれとは異なるという話である。
元々ボーイッシュな顔つきの方ではあるが、それでもその顔から古傷痕を取り除いたような美顔はどう見積もっても美女でしかない。メイクしたら多少は男っぽくなるかもしれないが、生物学上の男の顔ではない。
傷が無いので一瞬騙されそうになったけど、この人はやっぱり師団長ご本人だと思う。外見的な特徴もさることながら、先ほどの度重なる言い間違いを逃しはしない。
「…ん?」
といったところで師団長が首を傾げた。彼女はなぜか自分の顔を手鏡で多方面から確認したり、頬を引っ張ったりしていた。
暫くそうやって自身の柔肌を虐めていたラルポン師団長は、やがてこちらに向き直って口を開いた。
「クラーダ卿。貴君には儂の姿が、このシオウポンの姿がどのように見えておる。」
「はい?」
これはどういう質問だ。言葉としては単純だが、それでいて抽象的だ。
半分冗談のつもりで人物像的がどうとか話をしたら、何言ってんだコイツみたいな顔をされてしまった。ということで、馬鹿馬鹿しいが先ほど思った通りの事を理由として目の前の人物がラルポン師団長であると判断したと伝えた。
「な、ナイスバデーとな!? と、年寄りを揶揄うな、若造が。しかし、ふーむ…。そうか…。」
ラルポン師団長は動揺している。俺が言った要らん事とは関係なく、何か別の所で引っかかることがあったらしい。あと、体つきが女性らしいと言っただけでナイスバデーとは一度も言っていない。ナイスバデーだとは思うけど。
「…いかにも、儂ゃラルポンじゃ。訳有って王都から離れておるのじゃが、その事を公にするわけにはいかず、道中はそのマントとマスクやらで変装をしておった。闇夜に紛れれば、見咎められることも少ないからのう。」
というわけで容疑者が自白した。
どうやら彼女は別の用事のために移動している道中、こちらの様子を見に村へと立ち寄ったらしい。わざわざ師団長が自ら俺たち4人、いや、ニアさんを含めて5人の様子を見に来るというのも妙だとは思ったが、聖剣のゴチャゴチャの事を考えれば最優先事項ということだ。
「ところで師団長、“道中は”というのは?」
「ん、おお。カリバーフォード村に入るとなると、さすがにいつまでも顔を隠したままでは居れんからのう。なんせこの村は自治が独立しておるからな、守護の騎士たちの警戒も厚いんじゃよ。勿論、それはそれで良いことなんじゃが、怪しい恰好でゴネて事を荒げるわけにはいかん。」
「確かに。さっき執事さんに怪しまれてましたよ。」
「そうじゃろう。であるから、別の顔を用意する必要があったわけじゃ。そういった者を信頼させるためには顔を見せるのが一番じゃからな。そこで、儂は自分に幻惑の魔法を掛けた。幻惑の概要については知っておるな?」
幻惑の魔法といえば、ついさっき“手紙”が“別の何か”に偽装されているのではないかと疑ったくだりで少し触れた。一般的に有名な幻惑の魔法とは、物体の外見を変化させる魔法のことである。物体の見かけ上の形や大きさなどを第3者に錯覚させることが出来る魔法だが、実際の形や大きさが変化するわけではないのが重要なポイントだ。
ラルポン師団長はこの一般的な幻惑の魔法と声色を変化させる魔法を併用して他人になりおおせていたいたらしい。顔の傷痕に関しては物理的なメイクで隠したようだが。
…ん? とすると、どうして俺にはラルポン師団長のありのままの姿が見えたのだろうか。声もいつも通り、煙草焼けした爺さんみたいな声のまんま聞こえたし。
「うむ、これはあくまでも仮説じゃが…。お前さん、どうやら無意識のうちに変装破りの類をバラ撒いとるんじゃなかろうか。その肉体の頑強さに同じくして、息をする様に自身を害する魔法のアンチマジックを発動しとるのではないかと思う。ただ、そう考えると魔素消費が激しすぎるようじゃ。一体全体、どうなっとるのやら…。」
ここで驚きの事実発覚。先述したような俺に害を与える魔法の類は俺には効かないらしい。
この世界に転生、じゃなくて転移したあの日から感づいてはいたが、俺にだけあまりにも有利な能力(?)が身についているようだ。思えばあのスキルもどきもそうだけど、ジョニキが大好きだった『りたい系』ファンタジーの主人公宜しくな状態である。掘ったらまだ何か出てきそうで怖さすらある。
というわけで、使者の正体がこの上なく信用のおける人物であることが分かった。とりあえずは適当なカバーストーリーを拵え、ジュリエッタさんたちにはそれを共有しておくことにした。
基本的に皆さん、師団長に息子が居たという話にいたく驚いていた。実際に師団長にご子息がいるのかどうかはともかく、そういう話は誰も存じていないようだった。
ただ、なぜかその中に例外的な人物が1人。
「あら。お久しぶりですね、シオウ兄さま。」
「おお、ディアラか。元気にしとったか?」
ニアさんのみは、シオウポン氏、すなわちラルポン師団長が幻惑の魔法で化けた姿と面識があるようだった。
こうなってくると、実際にシオウポンという人間が存在しているのか、はたまた師団長が日ごろからシオウポンという“顔”を利用してきているのか分からなくなってくるところだ。




